冒険者視点
俺たちは今回、Bランクの依頼として、『深淵の森』を訪れていた。
深淵の森とは、魔力の元となる『魔素』が多い森で、出てくる魔物は他の魔物よりよっぽど強い。
そんな森で俺たちは"フォレストラビット"という魔物を狩りに来た。フォレストラビットとは、大きさが大体1メートルくらいの魔物で、ランクとしてはCにあたる。だから、比較的簡単な依頼だと思ったんだが…
「きゃあ!!」
「"フィーナ"!!」
フィーナはレイピア使いで、前衛だ。だが、今回は相手が悪かった。
「チッ!フィーナの治療を頼む!」
「ええ、まかせて」
フィーナの治療はリナに任せて、俺たちはバレットラビットに対峙した。バレットラビットはこの森のボスともいえなくもない。ランクはAだが、この森に生息しているバレットラビットは魔素を取り込んでいて、それ以上だと言われている。
「バケット!」
「言われなくても!」
俺とバケットでなんとか今はもっているが、それも長くはない。大剣を使う俺にとっては速いバレットラビットは相手が悪い。
「加勢するわ!」
リナが治療を終えたらしい。だが魔法もあまり効いていない。
「チッ!なんでこんなとこにバレットラビットが!」
「無駄口叩くな!」
確かにバレットラビットは本来もう少し森の深いところにいるはずだ。
彼らは知らない。ある女の子に追われてバレットラビットが逃げてきたことに。
「グハァ!」
「おい!」
くそっ!バケットまでやられちまった。最後の前衛の俺がやられれば、もう終わりだ。
…ああ。実力を過信し過ぎたな…
「ああ!もう!」
どこからかそんな幼い女の子の声が聞こえた。その瞬間草むらからなにかが飛び出した。それはちいさな女の子だった。
「…っ!おい、危ないぞ!」
そんな俺の言葉を無視するようにその少女はバレットラビットに突っ込んで行った。どこからか見たことの無い武器を取り出して、目にも止まらぬ速さで一瞬にして間合いを詰めた。
キィィィィ!
バレットラビットが気づいて後ろに避けるが、少女は慌てた様子もなくそのまま突っ込んでいった。
!ギィィ!!
どうやら避けるのは想定済みだったらしい。少女はまるで空を走るようにバレットラビットに近づき、首を切り裂いた。
「ふぅぅー…」
女の子はそのまま着地するとこちらに向き直った。金色の瞳に銀髪。よく見ると毛先にかけて色が変わっている。
「大丈夫?」
「あ、ああ…おまえさん、すげぇな…」
まるで俺たちを助けることなんて造作もないような様子で聞いてきた。
「…来て」
小さく、それでいて透き通るような声が響いた。
「え?」
俺は思わず聞き返したが、少女はそのまま背を向けて歩き出した。
「リーダー、とりあえず…」
「あ、ああ」
とにかくついて行くことにしよう。バレットラビットの死体はいつの間にか無くなっていた。
少女は振り返ることもなく、ただ、歩き続けた。しばらくして着いたのはただの岩にしか見えない所だった。すると少女はその岩壁に手を当てたと思ったらその壁が扉のように動いた。
「入って」
短くそう言って俺たちを招き入れた。入口もそうだが、なかはさらに凄かった。
「お、おう…」
「すごいわね…」
思わず声が漏れたが、それもそうだろう。なにせ中は岩の中とは思えないほど明るく、広かった。テーブルやソファ、キッチンまであった。
「ここに寝かせて」
「お、おう。すまねぇ」
少女はベットに案内してくれた。そのベットもとても綺麗なものだった。
「だいぶ怪我してるね」
フィーナを見てそう言った。確かに怪我は多いが止血は出来ているから、命に別状はないはずだ。
「よかった…」
そのことを確認したのかそう言った。それは本当にフィーナのことを心配しているのが分かるような言い方だった。
「ああ…ありがとな。助かったよ」
「本当に。でもどうして」
「どうして…それは私がこの森にいること?それとも助けたこと?」
確かにリナの聞き方だとそういう解釈になるな。
「そうね…両方ね。でもまずは助けてくれたことかしら?」
リナはまずそのことを聞くようだ。確かに俺もそれが1番聞きたい。
「それは、助けないと危ないと思ったから」
少女の答えはそんな簡単な理由だった。
「危ないって…おまえさんだって危ねぇだろ?」
「私は大丈夫。あれくらいなら前にも倒した」
「あれくらいって…」
あれくらい…つまりAランクオーバーの魔物を倒しているということか?確かにあれを見た限り戦うことには慣れてるようだったが…
「まぁまぁ。とりあえずお礼を言わないとね。ありがとね。確かにあのままだったら私たちはやられてたわ」
そうだな。まずはそこだな。
「ああ…おっと、まだ名乗ってなかったな。俺の名前はギル。冒険者パーティ【黒竜】のリーダーだ。冒険者ランクはAだ」
俺がそういったら少女はしばらくどこかを見つめて考え事をしていた。しかしすぐに
「すごいね!」
と言ってきた。そんなキラキラした瞳で見られると照れちまうな…
「まぁな」
「もう!次は私。名前はリナ。ランクはBよ。主に魔法で援護するわね」
リナがこのパーティにいてくれてほんとに感謝してるんだよな。治療も攻撃もできるから。
「おい、リナ。回復かけてくれよ」
「はぁ…先に自己紹介しなさいよ」
「あ、悪ぃ。俺の名前は"バケット"だ。よろしくな」
バケットはいつもこんな感じだ。どうせならリナとそのまま引っ付いちまえばいいのに。
「そんな適当な紹介して!……睡眠回復!」
「あ、ちょ!それ…」
この対応もいつもの事だ。
「次はあなたの名前を教えてくれるかしら?」
そうリナが言ったら少女はなにかを言おうとして口ごもった。言い難いのだろうか?
「マリーナです」
考えていたということから、本名であるかは怪しいな…
「マリーナ…いい名前ね。さて、じゃあ次の質問に答えてもらえるかしら?」
次の質問、この少女…マリーナがなぜ深淵の森にいるのかということだ。
「目が覚めたらここにいた」
簡潔にマリーナはそう言った。
「そう…街には行ったことあるの?」
「ない」
街に行ったことがない、か…。俺たちは少し相談することにした。俺的には捨て子の可能性を主張した。街を知らないということからだ。リナは誘拐だった。確かにマリーナは可愛い容姿をしているから、その可能性はある。他には虐待とか言っていたが…正直分からない。
「とりあえず、今寝てる人が回復するまでは、ここにいていいかしら?」
「大丈夫だよ。家を勝手に変えたり、私に危害を加えなければ」
「それは勿論約束するわ」
その間にマリーナについて理解しておきたい。
「そう。じゃあそろそろ食事にしよ?」
「え?」
マリーナはいきなりそういうと、奥にあるキッチンに向かっていった。そこで色々調理をしているなと思ったら、いい匂いがしてきた。
「いい匂いね…」
「ああ…俺たちはさすがに貰えないから干し肉で我慢だな」
「ええ…こんなに美味しそうな匂いしてるのに」
どうやらバケットは起きたらしい。
俺たちはそう思っていたのだが、
「どうぞ」
マリーナは俺たちの分まで用意してくれていた。遠慮しながらもだして貰ったのだから少し口を付けると……美味しかった。とんでもなく美味しかった。
「お代わりもあるから大丈夫だよ?」
そんな俺たちの様子を見て、マリーナがそんなことを言ってきた。
「「「ホント!?」」」
「う、うん」
本当は1杯で済ませるつもりだったのに、3杯も食べてしまった。
「ふぁー食った食った」
「どんだけ食べたのよ!ごめんね?」
「ううん。私が好きで作ったんだから」
「それにしても美味しかったわ。具はなんだったの?」
あ、それは俺も気になる。
「うんと…ビックボアのお肉にジリル草にポアの実」
「「「ビックボアにジリル草!?」」」
「う、うん…おかしかった?」
おかしいどころの騒ぎじゃねえ!ジリル草は1本で金貨1枚はするんだぞ!ビックボアはAランクの魔物だが、倒すのが大変で、買取も高いんだそ!そんなのがはいってたなんて…
「そんな貴重なものがはいってたなんて…」
「別に気にしなくていいよ?まだまだあるから」
「「「まだまだあるの!?」」」
「う、うん」
まだまだあるって…やっぱりマリーナは捨て子の線が濃厚だな。ここまで常識をしらないのはおかしすぎる。
「ふぁぁ…もう寝よっか」
「あ、ええ…」
見たところマリーナは5歳かそこらだろう。眠くなるのは当然か。
「ベットはみんなの分あるから、好きなの使って」
周りを見てみるとフィーナが寝ているベットと同じものが何個かあった。
「あ、ああ。ありがとな」
「うん。おやすみ」
「ええ…おやすみなさい」
ああ…もう俺も色んな意味で疲れた。クリーンをかけてもう寝よう。
ベットは今まで寝た中で1番寝心地がよく、すぐに眠ってしまった。