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 神崎さん曰く。

「アタシはもう死んでる、とか言ったけど、それはそれで正しくはねーんだよな。かといってちゃんと生きてるってワケでもねーけど」

 ……とのこと。

「えーっと……どういうことなのか全く分かりかねるんですけど……」

「別に解らなくてもいいさ。アタシだって分からねーし。ただ、死んでんのか? 生きてんのか? どっちだ? って訊かれたときに、どちらとも言えないってことだけは分かる。……昨日のアタシを見たら──らぶちゃんだって分かるだろ?」

「………それ…は……」

 思い出して僕は言葉に詰まった。

 ──昨夜。

 屋上から身を投げ出した──投げ出すようにして自ら落ちた──神崎さん。

 僕が地上に降り着いた時には、彼女の体は地面に横たわり、赤い血溜まりを作りつつあった。地面に横たわるその体に駆け寄って膝をついたところで彼女は──目を開けた。

 屋上から落ちたのに。

 落ちた先がコンクリートの地面であったのに。

 神崎さんは。

 瞼を開いてしっかりと。

 僕を見た──見上げた。

 神崎さんと目が合った。

 目が合った瞬間──僕は動けなくなった。

 そんな僕を神崎さんは見つめて。

 そんな神崎さんを僕は見つめ返して。

「らぶちゃん──」

 僕を呼んで神崎さんは徐に血溜まりから身を起こした。ぴちゃり、と水音をたてて血液が神崎さんの髪から滴り落ちる、その音と姿がやたらと強く耳と脳裏に残った──残っている。

「──こんなアタシはヤめとけ」

 僕の目を真っ直ぐに見てそう言う神崎さんの目からは何も読み取れなかった。

 けれど、神崎さんの僕の気持ちに対する返事と、神崎さんの言いたいことは分かった。

 察して余りある程に──分かった。

「……本当にどっちか分からないんですか? その、神崎さん本人も」

「うん、分からん」

 あっけらかんとして言う神崎さん。

 死んでいるのか生きているのか。

 生きてないのか死んでないのか。

 本人にもそれが分からないなんてことがあるのか。

 けれど、本人がそう言っているのだし、僕も昨夜のアレを見ているから本当のところはどうなのか判断がつかない──判別がつかない。

 しかしそれでも。

「──でも、存在はしてるんですよね」

 姿は見えるし。

 体は触れるし。

 声は聞こえる。

「存在? あー……うん、そう……だな、アタシはここに存在して居るな」

 改めて認識したように、神崎さんは言った。

 僕はその神崎さんの台詞を聞いて心の中で頷いた。

 貴女は居る。

 ここに居る。

 ……………………。

 神崎さん。

 僕は貴女を思うことを諦めないでいようと思います。

 貴女が存在して居る限り、想いを寄せ続けます。

 それが──片想いでも。

「貴女が貴女として存在してくれるなら──それで充分です」

「……なんか気持ち悪いセリフだな」

「なんでですか」

「物分かりが良すぎて」

「貴女に嫌われたくないからですよ」

「アタシがらぶちゃんを嫌う? はん、そりゃ不要な杞憂だな、まずまずをもってしてありえねーよ」

 天が落ちてくる心配をするようなもんだろ──と、神崎さんは言いきった。

 ……この人、僕を振ったんだよね?

「それは……安心しました」

 これ以上は何を言っていいか分からん。

「らぶちゃん」

 言って、神崎さんは右手を僕に差し出す。

「これからもよろしく、な」

 その顔は何か色々言いたいことがあるように見受けられたけれど、僕は黙って差し出された手を握った。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 気恥ずかしいけれど、これも何かの区切りだろう。新たな関係性を築くにあたって必要だと思い、握手を交わす。

 そうして一拍見つめ合って。

「そういやあの二人、どうだった?」

 神崎さんが思い出したように彼らのことを訊いてきた。

 一瞬、気恥ずかしさを誤魔化すために言ったのかと思ったが、なんだか神崎さんらしくない誤魔化し方だったので、これは普通に気になったから聞いただけなんだろうなと判じて、僕は握力が緩んだ神崎さんの手を離して答える。

「今日一日見てましたけど、二人とも険が取れて穏やかな感じでしたよ。神崎さんに言われた通り、お互いに話し合ったんじゃないですかね」

「らぶちゃん…………ストーカーしたの?」

「違います」

 彼らに付きまとって観察したワケじゃあない。

「教員室や授業で見かけたときに様子を伺ったんですよ」

 氷室先生は教員室で確実に会うし、雲野は授業で会う。

 二人とも、その表情や雰囲気から影が取れているように感じた。あれを、晴々しい──もしくは清々しいというのだろう。

 蟠りが解けた、そんな感じだった。

 言うなれば、『幸せそう』──だった。

 一緒に居ても居なくても、見えない『幸せ』を共有している──そんな『信頼』が二人にはあった。

「…………そっか。幸せそうだったか」

 そう言って、嬉しそうに顔を綻ばせる神崎さん。

 ふんわりと柔らかく微笑んだその顔は穏やかで──みとれてしまった。

「──さてと。じゃ、見廻りに戻るか」

 気持ちを切り替えたらしく神崎さんはそう言って伸びをした。

 そこでハッと僕は我に返った。我を忘れてみとれていたのが恥ずかしくなった。

「……神崎さんの場合はうろつく、の間違いじゃないですか?」

 照れを察される前に隠そうとそんな風にツッコミを入れると。

「うるさい」

 と、軽く睨まれた。

 …………。

 そう反発するってことはうろついてるだけ(に見える)っていう自覚、一応はあったの……?

「らぶちゃんももう戻れよ。放課後だけど、やることあんだろ?」

 表情を元に戻して神崎さんが言う。

「そうですね、明日の授業の準備もありますし──戻ります」

「おう。じゃあな──」

「はい。それじゃあ──」


 ──また明日。


 僕と神崎さんはお互いに言い合ってから別れた──。

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