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何だかすっきりしない。
雲野の自殺行動、その事案は氷室先生に原因があったということで解決したけれど、なんだろう……この、蟠り……とまでは言わないけれど、何だかちゃんと着地地点に着いてない気分。感覚的にはゴール(終点)の手前でゴールキーパーにボールを止められたような感じ。それも、弾かれるっていうんじゃなくて、がっちりキャッチで止められる感じの。
あれから。
あれから──僕らは中庭で解散した。
けれど、僕は、氷室先生と雲野の二人が帰ったあと──中庭に神崎さんと二人残ってしまった僕は、帰ろうという気分にはなれず、何とはなしに屋上に行こうと思った。神崎さんはというと、そんな僕の後ろを黙って付いてきた。
そうして今。
僕と神崎さんは、B棟──雲野が飛び下りた屋上に来ていた。肩を並べて二人、揃って屋上から月を眺めた──なんてロマン情緒に浸るようなシチュエーションになることはなく──僕は落下防止の塀に寄りかかって体を休め、僕の後を付いてきた神崎さんはというと雲野が飛び降りる直前まで立っていた場所──落下防止の塀の外側──に立ち降り、向こうを見て背中を塀に持たせ掛けた。僕が「危ないですよ」と注意しても神崎さんは「大丈夫だっつの」と聞く耳を持たなかった。
グレた学生ですか、アンタ。
「──すっきりしねぇなぁって思ってるだろ」
不意を突くように心を読まれ、僕はビックリして神崎さんを見た。
「……何だか確信犯みたいに言いますね」
「そりゃ、確信して言ってるからな──っつーか『犯』は余計だろ」
軽くつっこまれた。
「まぁ、すっきりしない理由が分かってるから確信して言ったんだけどなー」
そう言って夜空を仰ぐ神崎さん。
それを立派な確信犯って言うんですよ。
言うんですよ。
「……それは、教えていただけるのでしょうか」
僕がそう言うと神崎さんが驚いたように目を見開いた。
? なんで?
「らぶちゃんが……興味を持った……だと……?」
「……………………」
何故驚く。
「いや、だってさ、らぶちゃんがヒトに興味を持ったとこ、初めて見たんだもん」
いい大人が言葉尻に「もん」をつけるのはやめて欲しい。
「……別に僕は他人に全く興味はないっていう人間じゃないですよ」
「えー? でも今までだったら多少すっきりしない話でもアタシにからかわれた時点で「ああそうですか」で終わってたじゃん。掘り下げることしなかったじゃん」
「じゃん」もやめて。
「そんなこと──」
ない、と言いかけて、果たしてそうだろうかと思い直してみる。
自分で自分のことをそうだと言いきれるだろうか。
自分で自分のことをこうだと思っていても、他人からみた自分はそうではない場合もある。
他人が自分のことをそうだと思っていても、自分からみた自分はこうだという場合もある。
果たして。
僕はどうだ?
んぺちっ
頬を軽く叩かれた。
「勝手に思考の横道に逸れんな」
「う……、ご、ごめんなさい」
思考の横道から引き戻された。
我に返って謝る。
「さっきの中庭ん時も思ったけどさー、らぶちゃん。その思考が横道に逸れるクセ、マジで直した方がよくね? いつもはどうしてんの?」
「いつもって……そんなに思考が横道に逸れることはないですよ──」
と言って気付く。
そうだ。
いつもはこんな風に思考が横道に逸れることはない。
昔も、あるにはあったけれどもそんなにはなかったと思う。
……………………。
思い返してみると──今も昔も僕がそうなるときは──神崎さんと一緒に居るときな気がする。
………………。
あー……もう、僕というヤツは。
無意識に気を緩めてしまうくらい、神崎さんのことが好きなんだ。
好きという自覚がありながら無自覚でも好きだなんて相当だな。
「ふぅん? まぁ、いいや。んで、そのらぶちゃんがすっきりしない理由だけどなー、それ、解決はしたけどこれからの対策を話してないから、なんだよな」
言われて──言い切られてきょとんとする。
……確かに。
雲野が自殺する理由は無くなった(解決した)けれど、これからどうするか(対策)は何も話さなかった。
──というか。
話す前に神崎さんがその場をお開きにしたんだけど。
僕がそう言うと神崎さんは。
「二人がこれからどうするのかは二人で決めることだからな。そこにアタシらが居たら話し合えるものも話し合えないだろ。だから一旦お開きにして、らぶちゃんにはアタシからアフターケアをしようと思ってなー」
…………雑なアフターケアですね。
「二人には前々からよく話し合えって言ってあったんだけどなー。まぁ、今回のことで二人とも話し合いが如何に大事か思い知っただろうし」
腕を組んで夜空を仰ぐ神崎さん。
「そう、ですね……」
っていうか明らかに僕、神崎さんに手のひらで弄ばれてる感があるんですけど。
……まぁ、いいか。
とりあえず──あの二人の解決策は『話し合い』だった訳か。
お互いの考えや気持ち、そういったのを言い合う──伝え合うこと。
想いを伝える。
考えてみるとそういうのって。
「告白から始まってるよな……」
想いを伝えて、想いを受け入れて。
それから始まるお互いを想い合って一緒に過ごす時間。
あの二人には幸せになって欲しいな。
僕には出来ないことだから。
「らぶちゃん誰かに告白すんの?」
いきなり隣の人が爆弾を投下してきた。
驚きすぎて返答するのに時間がかかった。
「……い……え、まずその相手が居ないので……」
弄られる予感がしつつも何とかそう応じる。
「いや、今のつまり具合を見ると居るだろ」
「…………」
「それに今の「告白」っていう独白がだな」
「……………………」
くっ、聞き拾っていたか……っ。
「誰なん? だれだれ? 教えてーな」
「軽そうなノリで訊きますね……答える気が失せます……」
そんなテンションで訊かないで欲しい。
「そう言われてもなー、これがアタシだしー」
………………。
反省する気、ナシですか。
「で? 教えてくれる?」
「居たとしても教えません」
「ちぇー」
神崎さんはつまらなさそうに口を尖らせる。
う……可愛い。
「むー、まぁ、いいや。その想いの寄せ先がアタシじゃなければ」
言って、神崎さんは一息吐いた。
「え?」
僕は思わず声をもらした。
「ん?」
神崎さんが反応して僕を見る。
お互いに見合って一拍。
「なに? らぶちゃん──」
僕の表情を見た神崎さんの空気が変わる。
「らぶちゃん、まさか」
「────っ」
言葉が出ない。
こんな。
こんな風に知られるなんて。
告白、どころじゃないこんな、こんな──
「……そっか」
神崎さんは持たせかけていた背中を起こす。
「らぶちゃんが好きなのはアタシか」
一歩前に出る神崎さん。
「そっかそっか」
もう一歩、前に出る神崎さん。
「か、神崎さん、それ以上は危ない──」
引き留めようとするも体が動かない。
「危なくねぇよ。だってアタシはさ」
神崎さんはくるりと体を返してこちらを向く。
「──もう、死んでるからな」
ふわりと。
神崎さんの体が向こう側へ傾いだ。
そしてそのまま倒れるように──僕の視界から消えた。
僕は屋上から全力で階段を駆け降りた──