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 ──自殺。

 それは『自分を殺す』の意。

 



 ……学校の屋上で夜を迎えることになるとは思わなかった。

 現在の時刻は午後九時を少し過ぎたあたり。学校の敷地内はその全ての明かりが落とされて、校舎は仄暗く静まり返っている。仄暗く、と表したのは、空にある月──満月──からの光が強く、闇に沈むはずだった屋上を仄かに照らし、全容を浮かび上がらせているからだ。

 僕は隣にいる神崎さんを見る。月明かりに冴えるその顔は、とても綺麗だった。

 この今あるシチュエーションでなければ、うっかり、思ったことを口にしていたかもしれない。

 そう、このシチュエーション。

 神崎さんがお手製らしい覗きパイプ(?)でB棟を見ている──否、見張っている、というシチュエーション。

 何故こうなったのかと言うと。

 自殺するかもこの子、と神崎さんが見定めた女子生徒──雲野真白──が、今日にでも行動に移すのではないかという懸念が神崎さんの中にあったようで、


 ──「自殺を考えている人間はいつでもその行動を起こす危険性があるからな。特に、感情に駆られてからが早い」──


 ──と、そういって僕を特別棟の屋上に引きずり込んだまま流れるように巻き込み、現在の張り込み現場に至るのである。

 しかして。

 僕にはとある限界が来ていた。

 なにしろ時間が時間だ。

 いい加減、お腹が空いてきた。

「神崎さん、お腹空きませんか?」

「ん? いや?」

 素っ気ない返事の神崎さん。

 僕の方を見向きもしない。塀を背もたれにして座り、覗きパイプを駆使してB棟の見張りに徹している。

「なに、らぶちゃんはお腹空いたの?」

 そのままの姿勢で神崎さんは言う。

「これだけの時間が経過していてお腹が空かない方がおかしいと思いますが」

 授業を終えた直後に近い時間から今に至るまでに五時間ほど経っている。飲まず食わずでのこの時間経過は厳しい。っていうか、貴女は大丈夫なの?

「あー、そか。気付かなくてごめんなー」

 そう言って、神崎さんはスカートのポケットを探り、何かを取り出して僕にそれを投げ寄越した。見ると『カロリーダイナマイツ』と書かれたパッケージの紙箱……所謂、栄養調整食品だった。

「アタシは要らないからそれあげる」

「……いつもこんなもの食べてるんですか」

「いや? 今日遊んだ子からもらったんだ」

 新しい味らしいぜ──と、会話しつつも覗きパイプから目を離さない。

 徹するなぁ……。

 僕は感心しながら貰った食糧を開封する。袋を破ると甘い香りが鼻を掠めた。スティックタイプのそれを一本取り出し、ひとかじりする。もぐもぐもぐ。あ、うまい。何味だコレ……あぁ、プレーン味か。…………ってプレーン味!? 新しい味って言ってたのにプレーンなのかよ! あ……でも箱にニューフレーバーって書いてある……マジかよ……。ニューフレーバーがプレーン味って結構な衝撃だぜ……。

 栄養調整食に驚かされながらも咀嚼し、神崎さんの様子を目だけで伺った。

 …………余所見なんて一切しないところを見ると相当、油断ならない感じなのかな……。いつ飛び降りが起きてもおかしくない、と神崎さんは考えているのか。うーん、そこまで切迫してるならここじゃなくてB棟で待機してた方がよくないか?

 ──って、あれ?

 そういやなんでわざわざ特別棟で見張ってるんだ?

「神崎さん。雲野真白が行動を起こすならB棟だと目星がついてるなら見張るのはB棟での方がいいんじゃないですか?」

 そちらで張り込みをした方が屋上に上がる前に確実に──未然に自殺を阻止できるはず。

「んー……それだとなー……都合が悪いんだよ」

 アタシ的にな──と、神崎さんは言う。

 ? アタシ的に?

「それってどういう──」



 ガチッ



 いきなり硬質な音が耳に届いた。

 昇降口の方からだ。

 続けて、ジャッ、ガチャン、ガチャッと似たような音が聞こえて、勢いよく昇降口のドアが開けられた。

 誰かが来た、と思っている間に駆け寄ってきたのは──

「──え?」

 その顔が判別できる距離に来た屋上への来場者は、氷室先生だった。

「えっ?」

 氷室先生も僕と同様に驚きの声を上げる。

「小金餅先生、どうしてここに?」

「氷室先生こそ──」

 そういって食糧を手早く片付けながら立ち上がろうとしたのを、神崎さんに肩を押さえつけられて止められた。何事かと神崎さんを見ると、彼女は覗きパイプを覗いたままで──

「──来た」

 と、短く言って、

「らぶちゃんは動くな。氷室センセはB棟の屋上を見ろ 」

 そう、手早く指示した。

 言われるままに、僕は立ち上がりかけた体勢そのままで停止、氷室先生は僕らから視線を上げてB棟の屋上を見る。

 氷室先生が息を飲んだのが分かった。

「真白……」

 氷室先生の口から生徒の名前が漏れる。

 やはり来たのか、雲野真白──

 ──ん?

 あれ? 今……氷室先生、雲野真白を下の名前で呼んだ?


 ピルルルルッ


 鳴り響いた機械音。

 それがケータイの呼び出し音だと気付くのに数秒を要したが、服を探って音源を求めながらすぐに「あ」と気付く。自分のスマホは社会科教員室に置いてきてしまっていたのだ。

 神崎さんも確かケータイの類いは持っていないと言っていたから、この音源は氷室先生──


 ピルルルルッ ピルルルルッ ピッ──


「……真白……」

 氷室先生がスマホを取り出して静かに応じた。

 塀を背にした僕からは全く見えないが、掛けてきたのはB棟屋上に居るであろう雲野真白、本人のようだ。

 そして今度ははっきりと僕は聞いた。

 気付いているのかいないのか分からないが……氷室先生は雲野真白を下の名前で呼んだ。

 ……それが、呼び慣れているように聞こえたのは僕の気のせいだろうか。

「真白……お前、なんで……」

『──…………─────………………』

 氷室先生の声は聞こえるが、雲野の声はよく聞こえない。もっとよく聞こえるように屈んだまま僕が身を乗り出そうとしたとき。

「らぶちゃん、氷室センセ掴まえとけよ」

「え?」

 聞いたことの無い神崎さんの低い声に、そちらを見ると、神崎さんの姿はそこに無く、覗きパイプが転がっていた。

 え?

「真白!」

 氷室先生が叫ぶ声に視線を戻すと、B棟に飛び移ろうかとする勢いで駆け出す氷室先生の姿が見えた。

「ちょっ──!」

 なに考えてんだ!

 僕は反射的に氷室先生にしがみつき、塀から乗り出しかけたその身を押さえた。

「真白……っ、あ……」

 生徒の名前を呼びながら氷室先生は脱力し、その場に崩れるように膝をついた。

 まさか、本当に飛び降りた?

 僕はB棟を見て血の気が引いた。

 神崎さんの台詞でそこに居るものだとばかり思っていた雲野真白の姿がない。

 ってことは──!?

 慌てて下に目を向ける。

 が。

 落ちたであろう──その場所どころか、月明かりに照らされた中庭のどこにも異常は見当たらなかった。

 彼女──雲野真白はどこへ?

 そして、神崎さんも一体どこに──

「あ」

 いた。

 視線を巡らせた先──B棟の左側。そのB棟と特別棟とを繋ぐ渡り廊下、その屋根の上に二人はいた。雲野真白は無事のようだ。

 無事で良かった……でもなんで渡り廊下の屋根上にいるんだ?

 僕が呆然と見ていると、神崎さんが動いて──雲野から何かを奪い取り、それを耳に当てた。

 氷室先生が手にしているスマホから着信音が鳴る。緩やかな動きで氷室先生はそれを耳に当てる。

『中庭に集合』

 神崎さんの短い声が、隣にいる僕にも聞こえた。

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