表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/82

異世界へ




(一攫千金当てたい。)


…ここ最近は、そう考えている。


 空きペットボトルと、多種の外れクジ券が散乱する汚く、薄暗い部屋で、じくじくとした暗い考えに取り憑かれている男がいる。

 高校を卒業して、よく分からない名前の専門学校を出て、最底辺の正社員になり、人間関係に疲れて転職を繰り返し、現在はブラック会社の工場勤務で小銭を稼いでいる。それなりに頑張って生きてきたはずだが、気付けば、こうなってしまった。


「た、頼む。」


 男にとって、今日は重要な日だった。最近、この瞬間の事だけを密かに考えていた。デスクトップパソコンを前に、祈るように、震える手でマウスをクリックする。「カチリッ」という小さな音が、部屋に響く。


「08,18,22,25,34,42」


 薄暗い部屋の光源は、パソコンのモニタ画面だけ。クリックすると6個の数字を当てる宝くじの当選番号発表画面へ移動した。バッバーンと響く、楽しげなサイトの音が、暗い雰囲気の部屋とミスマッチしていた。

 映された当たり番号と、手元のクジ券を照合していく。「カサカサ」と紙片をめくる音が響く。


「当たれ!これはダメ、これもダメ、焦るな。まだある、これは!惜しい正解4。いいぞ、近づいてきた。これは」


 何度も再確認したが、それ以上の当たりは無かった。


「○08,○18,×21,×23,○25,○42。6個中、正解は4個。ほぼ当たりなのに。せめて、あと1つ当たれば540万円だったのに。4正解だから、たったの5千円。あぁ?この数字!見覚えがある。。」


 そう言ってガチャガチャとパソコンのキーボードを触りだす。無数の演算結果があり、その内の1つがピタリと当たっている事に気付く。


「くそっ、こっちの演算結果なら全問正解が入ってたじゃないか。もう少し金があれば、買えてたのに!あああ!」


 キーボードで床をバンバンと叩く。なけなしの金をすったののか、暗い室内で、男の背中が、ぷるぷると震える。微妙な5千円だけしか回収出来無い当たり券を震える手で持つ、手の上に涙がポタリと落ちる。


「演算予測ラプラス666号の300枚買は、新しいだけで完璧さが足りない。冷静に考えれば、このラプラス53号の演算結果に、決まってたのに!」


 ガチャガチャと、パソコンのキーボードを叩いて数値を修正し、頭をガシガシと掻きむしる。どうやらこのパソコンで、賭けの予測演算をしていたようだ。男は、幾つもある予測演算の1つ1つに大層なプログラムの名前をつけていた。

 この男には、結婚して一軒家に住み奥さんと子供がいるそんな普通とされている未来は、現状、想像も出来無い。何処かで気付かない内にルートを間違えたのか、そんな普通とされている未来を夢見るためには、一攫千金を当てなければいけないと思っている。


(一攫千金当てなければ。)


 ガチャガチャとキーボードを叩いて数値を修正する音が響く。

 そんな事してる暇があるなら真面目に仕事しろよ?なんて言う人もいるが、頑張って稼げばいいなんて言葉は、30年前の幻想だ。ワーキングプアなんて言葉が溢れ、生活保護の方が優雅な暮らしができる。今は、そんな時代だ。それなりに頑張って生きてきたのだ。仕事もしてる。もう抜け出すには、一発でかいのを当てるより他に方法は無いのだ。


「くっ、ラプラス53号の予測演算結果で買っておけば、1億3千万円だったのに。それを元手に、さらに賭ければ今頃は。」


「いや、違う!ラプラス666号は、合っていた。なら、宝くじは、操作されていた!そう考えると外れた理由が、しっくりくる。くそっ、そういう事か。ならば、発想を変えて、一発逆転するには、異世界に行く方法を現実的に考えるべきだ。」


「行く、俺は、異世界へ行く…」


 人生負け組の男は、心が疲れており、正常な判断を失っていた。限界に達したのか倒れるように眠りについた。ここまでは、よくある日常である。



 だが、この日は違った。


 男が眠りこける横で、自動シャットダウンしていたパソコンが、ジジッと音を立てて起動した。突如、動画が流れだす。ゲームのような世界、飛び交う魔法、勇者、モンスター。やけにリアルな異世界の風景が、映しだされた。そして、女性が真剣な顔で何かを話しかけてきた。新作のオンラインゲームだろうか?この何年も前に買った低スペックパソコンには対応してないだろう。


 それは、異世界からの招待状だった。挑戦権を得たのだ。宝くじより低い当選をしたのだ。


 男の強い妄執が、因果律を捻じ曲げ、引き寄せた。掴めれば、この底なし沼の泥のように果てしなく暗い生活から抜け出せるかもしれない。



 ピロンッ


 スマホに1通の招待メールが届く。


 ただ、眉間に皺を寄せて、悪い夢に、うなされるように寝る男は、まだその予兆に気付かない。



 カーテンの隙間から射し込む、陽射しが眩しい。時刻は昼になろうとしていた。焼ける陽射しに焦がされて目覚める。


「夜勤、行かないとな。」


 憂鬱(ゆううつ)な顔で、ぼさぼさの長い髪を()いて、欠伸(あくび)をする。ふと、スマホの着信アイコンに気付き、メールを開封した。


「え?メール。あースパムか。なになに、異世界からの招待状?先着1名、豪華チート付。ぷっ笑っちゃうよね。」


 普段もならこんな怪しいメールのリンク先なんか開かないが、なぜかタップしてしまった。きっとやけっぱちな気分だからか。


「なんだ、これ?」


 リンク先にあったのは、ただの1枚の写真だけ。他には、何の宣伝も説明も無い。だからこそ、目的の分からない異質なメール。


 写真には、トラックに轢かれそうな女児が写っていた。女児の無防備な表情、迫るトラック。右下には、日付と時刻。明日の10:30。女児に見覚えは無いが場所は見たような気がする。


「テンプレなら、少女の身代りになって、異世界転生?、、ありえない。」



 錆びついた自転車を漕ぎ、職場の工場に向かう。その日は、そのメールが気になり上の空で仕事をした。何をやったのか覚えていない。

 いつも一日のほとんどは、覚えていない。過ぎ去ればあっという間だ。忘れたい事が多すぎるのだ。失敗を謝って、調整をしての繰り返し。対策を立てても似たような失敗が続き、何度も何度も謝る。すいませんは、口癖だ。仕事を終えて帰途につく頃には心が疲弊している。


 仕事が終わり、眩しい朝日に目をしかめながら、会社の門を出る。いつもならゾンビのように疲れてる。だけど、その日は普段とは少し違った。守衛に元気良く挨拶してしまい、驚いた顔で見返されるほどに。



「今日は、なんか心が軽いな?」


 いつもより早い退社。今日は何かが違う。なぜか心が疲弊していない。宝くじが外れたから?いや、諦めはついたが、これは違う。変なメールのせいか?と考えたが、男には理由は分からなかった。


 実は、理由は単純で、昨夜は一度も謝ってないのだ。他人の尻拭いを一切していない。普段は無意識のうちに先回りで損な役回りを引き受けたり、巧妙に押しつけられた他人のミスを代わりに謝って円滑に処理していたが、変なメールの事で頭がいっぱいになり上の空で、自分の仕事以外はしなかったため、いつも多発していた他人のミスを全てスルーしただけだった。


 普段とは違い、陰ながら処理する男がいなかっため、戦場のように忙しくなりギスギスして、工場の空気は最悪だった。それと反比例するように、自分のノルマは普段通りノーミスで終えた男は、普段とは違い、するっと定時で1人だけ退社したのだった。


「昨日のメール、やっぱり気になる。写真は、あの場所だよな?今、9時15分。今からなら写真の時間にも間に合いそう。」


 馬鹿げた考えが閃く。異世界転生なんて、酷い妄想だ。だけどギャンブラーなら、行くべきだろう。


「そう!宝くじだって買わなきゃ当たらないし、何も無くても、タダだし。行きますか、異世界!」


 普段なら心が疲弊しているため行かなかっただろう。きっと、チャンスを掴めなかった。だが、この日は元気だった。好奇心に誘われ、



 運命は、分岐した。



 普段と違い、世界に色がついている気がする。あまり良く覚えていない場所を走るからか、新鮮だ。


「思ったより、遠かった。運動不足を実感するよ。はい、到着。この辺りだと思う。」


 メールの写真と見比べながら、該当の場所を探す。わくわくする。99%デマだ。きっと、何も起こらない。分かってるけど、この大きい釣り針に、かかってやるか。

 あの変なメールは、何人かに配信されたのかもしれないが、ネットでは大騒ぎしても、現実に行く人間なんていないだろう。学校とか仕事とか遊びに休憩、来ない理由を作る方が現実的だ。くだらない事をしている自覚はある。


「良く似てるけど、ここじゃ無いのか。ここも、違う。結構似てる風景が多いな」


 案外、似たマークが多い。この辺りにしかない目印なので、近いのは間違いない。


「おっ!ここだったのか。」


 小一時間かかり、やっと見つけた。写真の情報がエグすぎる。お店の看板が営業時間にならないと出てこないとか知らないよ。最初にスルーした場所だった。証拠写真を写メ。場所は、ピタリと一致した。11時25分。時間も良い感じだ。


 時刻は、写真と同じ11:30。


 それまで、謎が解けて今日はスッキリ寝れるなんて思っていた気分が、一転し、吹き飛ぶ。写真と同じ女児が、のんきに前方から歩いてきたからだ。さっきまでは、タチの悪いスパムメールだと信じていた。しかし、もし、仮に、未来の写真なら、スパムより、悪質だ。男に、緊張が奔る。


 まさかな?


 悪い予感は、的中した。


「マジか、嘘だろ…」


 写真と同じ状況だ。このままだと、女児がトラックに轢かれる。動け、動けよ。中二病だった時、脳内で無敵だったハズだ。思い出せ。その為に、ここに来たんだろう。勇者になるんだ。だけど、鈍りきった体は動かない。まとわりつく空気は鉛の様に重い。辛うじて動き出す。自転車を投げ捨て、もつれるように走る。近付けた。手を伸ばす。でも、届かない。間に合わないっ!


 勇者になれない。


 俺は、勇者になれない。


 なれなかった。


 そうだ。勇者なんてもう随分前に、諦めたんだった。俺は、勇者じゃなくてもいい、モブおじさんでいいんだ。少しだけ、主人公をサポートするモブおじさんでいいんだ。だから、だから、誰か助けてよ!


 その時、悲痛な叫びに応えるかのように真の勇者が、現れた。視界の影から、少年が飛び出し女児を引っ張り、体を入れ替える。男は、体勢を崩した女児を、受け止めた。


 トラックの衝突音。転がる少年。遅れて、耳障りなブレーキ音。

 女児は、助かった。おじさんの手の中で、震えている。


「ありがとう、勇者。」


 ほっとして、不謹慎だが、そんな言葉を漏らした。代わりに撥ねられた少年を羨望の眼差しで見つめる。願わくばこの少年が、異世界に行ければいいのにな。

 いや、現実世界のラブコメルート突入なのか、助けた少年と助けられた女児。数年もすれば年も吊り合う。最初からおじさんの入るスペースなんて無かったのだ。普段ならリア充爆ぜろとか暗いオーラを出すが、今日は晴れやかだった。素直に称賛を贈りたい。

 おっ、いかん、いかん。早く救急車を呼ぼう。大人の役目を果たすかなと現実に頭を切り替えようとした。


 その時、


 軽い頭痛、そして視界が歪んだ。



 現実が歪んだ。


 目の前には、見慣れたスマホのアプリのアイコンが空中に漂っていた。



「痛っ、え?なんだこれ?」


 手元を見ると、スマホから、次々とアイコンが意思をもったかのように溢れだしていた。画面から出る瞬間に質量を得るのか、スマホから抜け出す時に、重さの感覚がある。間抜け面でその様子を見ていたが、電話のアイコンが、よじよじと抜け出し空中を自由に歩きだした事に気付く。


「頼む。お前は逃げるな、電話をかけさせてくれ。早く救急車を呼ばないと。」


 使えなくなったスマホを捨て、空中に浮かんで逃げた電話のアイコンを必死で掴もうとしたが、するりと逃げられた。何やってんだ。

 早く捕まえて病院へ電話しないといけないのに、空中に浮かんだアイコンを捕まえる?。ん?捕まえたけど。俺は、何をやってるんだ。


 あっ!


 電流が走るように、唐突に理解した。これは異世界転生の流れだ。今、世界は分岐している途中だ。知らないはずだけど分かる。分かってしまった。この後は、神が出てきて、女児を助けたお礼に、チートスキル付与の流れだろう。空気には、情報がある。日本人には、それを読む能力がある。これだけ濃密に流されたら、米国人ですら状況を理解するだろう。


 そして、異世界に招待されたのは、目の前で倒れている少年。それは、いい。そこまでは許容しよう。何も出来なかったおじさんにその権利は無いから。問題は、なぜか巻き込まれている事だ。近くにいすぎたからか?


「ちょっ、俺は関係ない。異世界に行く資格なんて無いんだー。」


 捕まえた電話のアイコンが、手の中で、ピチピチと跳ねる。無限に、時が引き延ばされる感覚の中で、神さまに会ったら事情をどう話そうかとかなどと考えたが、それは余計な心配になった。


 なぜなら、途中で振り落とされたからだ。巻き込まれ、異世界へ転移はしたが、神様の元まで案内するまでの吸引力は無かったらしい。どんどん遠ざかる少年。


「せめて、最後まで巻き込んでくれー。」



 コースアウトしたかのように、適当なポイントへ落下する。異世界へは転移した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 同行者に突き落とされたりとつぜんの巻き込まれではないことは、よいかも。 冒頭の主人公は好感度ゼロだったが、中盤から盛り上げた。 [気になる点] 今後。 [一言] どうなるかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ