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第5話 

「待つのだ! 止まれ!」


 強い制止の声が、講堂内に響き渡った。


 この擬似裁判が、オフィーリアが主導する脚本にしたがって進行する出来レースであることは、もはや誰の目にも明らかであった。

 にもかかわらず、わざわざ公爵令嬢の不興を買うリスクを犯してまで異を唱える愚か者はいったい何者なのか?

 (いぶか)しみつつ声の発生源に振り向いた者たちは、発言者の正体に声を失った。


 制止の声を上げたのは、それまで沈黙を守ってきた被害者の婚約者、パラダイン辺境伯家嫡男クラウス、その人だったのだから。


「なぜ止めるのです? クラウス様?」


 その声には隠しようのない不機嫌さが宿っていた。


「この女の罪は明らかでしょう。なにか問題がありますか?」

「彼女を犯罪者のように引き立てる権限はあなたにはないはずだ!」

「権限ですって!?」


 幕引きのタイミングで水を差された格好のオフィーリアが、棘のこもった視線をクラウスに送った。

 本気で苛立っているのだろう、口調は完全に詰問調になっている。


「彼女がクラウス様の婚約者を襲ったことは、彼女自身が自白したではありませんか。これ以上何が必要だというのです?」

「自白?」


 幾つもの疑問符を頭に浮かべたクラウスは、オフィーリアに対して、事態が飲み込めていない自分の理解力の足りなさを隠そうともしていないようであった。


(……ついさきほどの私の覚悟はなんだったのだろう……?)


 あれは本気でわかっていない顔だ、とアーデルハイドは頭を抱えたくなった。

 彼女の苦悩を共有してくれる者は、残念ながらこの場にはいない。


「彼女が認めたのはその服が自分のものということだけであろう。シャルロットを害したとは一言も言っていないのでは?」


 アーデルハイドの内面の消沈に気付くことなく、クラウスは指摘を続けた。


「――なぜ、あなたは彼女に罪を着せようとするのだ?」

「ですから! この衣装の持ち主こそが犯人だと言っているのですわ! お聞きになっていませんでしたの?」

「聞いていた。だが、その理屈は成立せぬだろう。たしかにそれはアーデルハイドのものだろうが、殺人とは何の関係もないはずだ」

「おかしなことを言いますね。目撃者がいるのですよ?」

「ではこちらも聞き返すが、なぜ目撃者がいる? 人目を盗んでシャルロットの居場所に潜り込めるような隠密術の持ち主が! 奇妙な話ではないか」

「目撃者がいるのはおかしいと言われますが、同じ学院で生活しているのですから、侍女が主人と行動を共にしているのは不思議ではないでしょう。なにが問題なのです?」

「そういう意味ではない! シャルロットが襲撃されたというなら、その者はなぜ目撃者ごと殺さなかったかという意味だ!」

「そんなこと、わたくしが知るわけありませんわ!」


 オフィーリアは混乱している。

 当然であろう。

 アーデルハイドですらこんな展開は予想していなかった。

 なぜクラウスが彼女(アーデルハイド)を擁護しているのだろう?


「おやめくださいクラウス様。私のことはよいのです」

「良いはずがなかろう!? 無実の者が目の前で処罰されようとしているのだ。それを黙って見過ごす騎士道はない!」

「いえ、ですから……」


 アーデルハイドはクラウスを宥めながら、全身の力が抜けていくのを感じた。

 駄目だ。

 このままでは駄目だ。

 こんな単細胞の脳筋が権謀術数渦巻く宮廷で生きていけるわけがない。


「クラウス様。よくお聞きください。襲われたのはあなたの未来の奥方でしょう? たしかに私はマルケス男爵令嬢とクラウス様の婚姻には、反対の立場で意見させていただきました。恥ずかしながら配慮が足らず、忠言申し上げていた場面を部外者に聞かれていたこともあるようですが。ですがどんなに軽薄とはいえ、あの女はクラウス様がご自身で選ばれた婚約者だったではないですか。もう少し省みられてはどうなのです!?」


 舞台における主導権を、被告のアーデルハイドと被害者の婚約者であるクラウスのふたりが、当初の意図とは違った形で握り始めている事実を、変わり始めた空気が講堂全体に伝えていた。

 そんな不穏な流れを断ち切るべく、オフィーリアの工作員その1(マグダレーナ)が介入した。


「――ちょっと、あなたたち何の話をしてらっしゃるの?」


 必死にまくし立てるアーデルハイドをさえぎって、横合いから口を差し挟んだ。


「クラウス様! オフィーリア様の裁定に異議を唱えるつもりならば、それなりの根拠を示していただかなければ納得できませんわ! 他の者たちもそうでしょう」

「そうですわ。何の根拠があってこの(ひと)が無罪だとおっしゃるの? 私たちにも納得できるように説明していただけませんか?」


 さきほどは躊躇(ためら)いを見せていた工作員その2(ナターリエ)もマグダレーナに追随する。

 ここまでの舞台を作り上げてしまった以上、アーデルハイドが罪をかぶらない限りオフィーリアにまで火の粉が飛んできてしまう可能性が高い。

 彼女たちの立場上、それだけはなんとしても避けなければならないのだろう。


 だが、そんな思惑も筋金入りの脳筋には通じない。


「根拠ならある。なぜならシャルロットを襲った賊とされるのはこの私のことなのだから!」

「………………はっ?」


 ……一瞬、世界が凍りついた気がした。

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