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第39話 

 正気を失い、連行されていった()公爵令嬢オフィーリアの姿が見えなくなると、衝撃から立ち直った人々の視線は、実の息子によって、近親相姦を告発された女に向けて一斉に放たれた。

 巷間に伝わっていた王妃ベアトリクスの為人(ひととなり)から、血も涙もない苛烈な反撃がくるのをを予想して、一点に集中する視線には、強い警戒心が込められていた。


 そもそも、オフィーリアへの追求は、この戦いの前哨戦に過ぎない。

 何年にも渡って築き上げた謀略の歯車は、すべてこのときのために準備されたものだといっても決して過言ではなかった。


 ――だが、予想に反してベアトリクスは何のリアクションも起こさなかった。

 オフィーリアを腕の中から取り逃がした姿勢のまま、呆然とした表情で固まってしまっていた。

 逆襲の牙をむくどころか、顔色をなくし、彼女の最愛の姪が意識を失くして連れ出されていった先を、ただ無言で眺めているだけであった。


 失ってしまわなければ、〝本当の価値〞がわからないもの、というものがある。

 オフィーリアの存在こそが、ベアトリクスにとっての()()に当たる、本当にかけがえのない大切な宝物だったのであろう。

 それは地位的なものだけでなく、精神的な面も含めてのことであることは、その受けた衝撃の大きさが物語っていた。


 ――因果応報。


 ベアトリクスの王家の血に対する執着が、回りまわって、最後の瞬間に彼女の首を絞めることになったのは、あまりにも辛辣な皮肉といえた。

 自身の半身として大切に暖めてきたはずの雛が、大空に飛び立つ前に地に墜ちてしまったのだ。ズタズタに傷つけられた翼は、二度と風を掴むことはあるまい。


 なにより、この事態を招いてしまったのは、ベアトリクス本人の『王家の血統に対する妄執』であり、怒りをぶつける相手はまさに自分自身であるのだ。

 それは、彼女にとってあまりにも辛すぎる〝報い〞であった。


 放心し、うなだれたようにしゃがみ込むベアトリクスは、いまや主の命令に従って動く機械人形のように、まったく抵抗の意思を見せず、ローデリヒの命ぜられるがままにされていた。


 それまで敵対勢力を鋭い牙で攻撃していた狼が、急に従順な子羊と化したような異様さ。

 その様子を眺めていた者たちも、どことなく居心地の悪さを覚えはしたが、結局危惧されていた混乱も起こらず、権力移譲の手続きは拍子抜けするほどつつがなく進行していった。

 もう一波乱あるだろうと身構えていた者たちにとっては、大きく肩透かしを食らった展開ではあったが、覚悟していた流血の事態が避けられたのは、なによりの僥倖(ぎょうこう)であった。


 ローデリヒが用意してきた、病床の国王ゲオルグ・グラディウスの署名が入ったベアトリクス自身の離婚の同意書と王位継承の書類に、言われるままに自分の名前を書き入れたあと、彼女はそのまま一言も口を開くことなく衛兵によって連れ去られていった。


 ただし行き先は牢獄ではない。

 抵抗の牙が折れてしまったことで、反抗の意思なしと判断されたベアトリクスは、もはや国の脅威とは見做(みな)されず――いずれは流刑が下され、どこかの孤島に送られるのであろうが――それまでの間は自室に軟禁されるだけに変更となった。


 宮廷闘争の最終決戦は、前半部分の衝撃の大きさに比べて、最高潮(クライマックス)となるはずの王権の交代劇のほうが、あまりにあっけなく完了してしまった。

 そのため、白昼夢での出来事を疑った者さえいたほどであったが、ともあれ、王妃ベアトリクスの天下は打ち倒され、今後は若き王太子ローデリヒがその地位に就くことが、これで決定的となった。


 近いうちに戴冠式が行なわれ、そこで王太子ローデリヒが即位し『国王ローデリヒ・グラディウス』が誕生する。

 それに合わせて、宮廷の顔ぶれが大きく刷新されることも、ほぼ確定した未来といえよう。

 その副産物として、あらたに登用される者の増加に伴なって殺到してくるであろう、自分を売り込んでくる野心家たちの対処(あしらい)に、しばらくの間は頭を悩まされるだろうことも、当然予想された未来ではあった。


 それと同時に、王太子ローデリヒと男爵令嬢シャルロットを結ぶ障害となっていた問題も、これですべて取り除かれることになった。


 ――新しい時代の幕が上がる――


 ただ、それがどんな時代になるのかは、これからの彼らの行い次第であろう。

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