第35話
王都郊外の離宮にある、宏壮だが薄暗くもの寂しい室内は、長らく一人の住人によって占拠されていた。
その人物の名は、国王ゲオルグ・グラディウス。
本来ならば、彼こそが玉座にて王冠を戴くべき人物であった。
しかし、生来の身体の弱さが、彼を病床に縛り付け、病室という名の檻から出ることを許さなかった。
王権は彼の配偶者の手に渡り、力を失ったゲオルグの歓心を得ようとする酔狂な者も現れることなく、いまや誰からも一顧だにされることもない、形骸化した空疎な存在と化していた。
未来永劫、誰に必要とされることもなく、生ける屍と化して無為の日々をこの病室ですごし、ただ死を迎える日を待つばかりの運命だと、彼自身が諦観のうちに受け入れたはずであった。
そんな彼の病室に、珍しく来客の姿があった。
「――父上。ご決断を!」
「……」
病床の前にひざまずく三人の男が、無言のままベッドに横たわる人物の、生気のない無機質な視線を浴びつづけている。
沈黙を続ける、形式上の最高権力者を前にして、彼らのうちの誰も口を開かず、ひざまずいた姿勢のままでひたすら返答を待っていた。
「……」
「…………」
「……20年……」
どれだけの時間が過ぎただろうか、病床の王はようやく干からびた枯れ木のような口を開いた。
「20年間、一度として王たる権威を与えられず、今になって、それすら取り上げようというのか?」
「……陛下」
「……余はいったい、何のために生まれてきたのであろうな?」
病床の王の発言を受けて、三人の中でもっとも年若い者に視線が集中した。
この場で発言が許されているのは、彼のみであった。
「父上。私の不甲斐なさをお許しください。ですが、いまここで決断せねば、現状はより悪化していくばかり。それどころか、改善の糸口さえ絶たれてしまいます! 私の名誉にかけて、決して陛下を蔑ろに扱わないことをお約束いたします! どうか! どうか私に機会をお与えください!」
王太子ローデリヒが父王に向かって懇願しているのは、王位の継承に関するものであった。
要は、『さっさと位を譲れ!』と迫っているのである。簒奪者のそしりを免れない行為ではあったが、王妃ベアトリクスと対決するためには、王太子の肩書きだけでは足りなかったのである。
――王位継承の決断。
早すぎれば、王妃ベアトリクスによって察知され、握りつぶされるだけだろう。しかし、王妃一派を宮廷から一掃するためには、必ずどこかでやらなければいけない儀式でもある。
そして、今がまさにその好機であった。
――いや、やるなら王妃が失策を犯した今しかなかった、と言い換えたほうが、おそらく適切な表現であろう。
忍耐が試される沈黙がローデリヒの肩に圧し掛かる。
もし父王が彼の申し出を不快に感じ、誰かにその意を伝えたなら、彼は王太子の身から謀叛人として処罰される立場に突き落とされるのだ。
重圧の中にあって、彼は、返答をうながすという誘惑と戦い続けた――そして、その忍耐は正しく報われたようであった。
「……好きにするが良い。いまさら何かが変わろうと、余の知ったことではない」
「――感謝いたします。さきほど申しました通り、父上のことを決して蔑ろにせぬことをお約束いたします。どうかご安心ください」
「ならばもう行け。王たらんとする者が、いつまでもこのような場末の一室で無為の時を過ごす贅沢は許されておらぬであろう」
「はい。ではいって参ります。そして父上のことも必ずお救いして見せます!」
「……ふむ、期待はせぬが、やるだけやってみるが良い」
「はっ!」
うながされるようにローデリヒは立ち上がり、二人の側近、財務卿ヴァイス伯爵と将軍パラダイン辺境伯を従え、深々とした一礼を残して王の病室を辞した。
――その手には王の署名の入った二通の書類が携えられていた。
最後の決戦に必要な武器は、すべて彼の手元にそろった。
あとは決戦の場に足を運び、仇敵との対決に決着をつけるのみであった。




