第3話
窮地にあるはずの少女が、どこか達観したような態度をとったまま、いささかも取り乱していないことに、いったいどれだけの者が気づけていたであろうか?
「はい。私のものです。相違ありません」
肯定の言葉を口にすることに、アーデルハイドに後悔の気持ちはなかった。
もしここで真実を述べたとしても、信じるものはただ一人しかいないだろう。
だがその人物が名乗り出るはずがない――なぜならその者こそが真犯人なのだから。
そうであるならば、たとえ無実の罪をかぶされようとも、これが望むべき最良の結末なのであろう。
これは彼女自身も納得済みの行動であり、口元には微笑みさえ浮かんでいた。
犯罪行為の自白でありながら、恭しく肯定するアーデルハイドの不遜極まりない態度に、講堂内は色めき立った。
当然であろう。
一介の騎士の娘が男爵令嬢を害したと認めたのだ。
戸惑いや疑惑の目でこのやり取りを見守っていた者たちも、アーデルハイドの自白の前後で、敵意と憤激の炎で彼女を焼き尽くそうとしているかのような態度に変わっていた。
「――本当にシャルロット様は亡くなられたの?」
一人の令嬢がふとした疑問を口にした。
この学院は王都の中枢に近い場所にある。
もし白昼堂々殺人事件が起こっていたのなら、もっと騒然としていなければおかしいのではないのだろうか?
令嬢が発した率直な疑問は、劇の筋書きから離れたところで、観衆の沸騰しつつあった興奮に水を差す効果があった。
暖炉の中にまぎれた湿気った薪が出す煙のように、行き場を見失った義憤が不穏な煤と化して講堂に充満すると、澱が沈殿するように、拭い切れない疑惑が人々の心に積もり始めた。
「犯行についての詳しい説明をしてはもらえないのですか?」
「それは……」
裁判ごっこに興じていた主催者の一人は、投げかけられた疑問にうまく答えを返すことができなかった。
彼もまた他の者たちと同様に、現場を検分しておらず、犠牲者となった男爵令嬢の亡骸を見たわけでもなかったためだ。
オロオロと狼狽するばかりのどこぞの子爵の愚息を前にして、喜劇ではあってもせめて役に耐える役者を選ぶべきではないのかと、被告人に仕立て上げられているアーデルハイドですらも失笑せずにはいられなかった。
(……まったく)
――痛快な断罪劇として進行するはずだった舞台は、企画者の思惑を無視して喜劇となり、いまや笑劇と化し始めていた。
構想段階ではどんなに優れた筋書きだろうとも、演じる役者の力量次第で三文芝居に成り下がるというよい見本である。
教訓として他山の石とすべきところである――はたしてその機会がアーデルハイドに与えられるかどうかは別にしての話だが。
(……これは、さすがにあなたが何とかすべきでしょう、オフィーリア様)
アーデルハイドとしても、クラウスが容疑者から外れることが確定しないかぎり、この茶番劇が幕を下ろすまでつきあわなければならない。
オフィーリア、及び王室の権威がいくら失墜しようともアーデルハイドの知ったことではなかったが、自分の主君がその渦中に巻き込まれているなら話は別である。
アーデルハイドの心の声が聞こえたわけでもないだろうが、迷走の気配を見せ始めた舞台進行に、さすがにこのままでは、自身の立場までが危うくなると考えたのだろう。オフィーリアは皆の注目を集めるように、パンッ、と強く手を打ち合わせた。
彼女のその行為ひとつで、ざわつき始めていた講堂は、ふたたび水を打ったように静まり返った。
「――静まりなさい! 場所が場所だからこそ、大事にするわけにはいかなかったのがわかりませんか!? 幸いシャルロットの侍女が、犯人の装いからアーデルハイドの犯行と悟り、わたくしに伝えてくれました。だからこそ皆を安心させるためにも、こうして集まってもらったのです!」
歩みでるオフィーリアの視線が、うろたえる人々の眼を射抜いていく。
その群衆の動揺を一瞬で鎮めていくさまは、アーデルハイドですら感嘆せざるを得ない、公爵令嬢に相応しい堂々たる所作であった。
(さすがに役者が違うか……)
畏敬の念をあらたにした面々は、感銘を受けたように鄭重に頭を下げた。
「そ、そういうことでしたか。お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
オフィーリアは謝罪に鷹揚に応えた。
「わかってもらえればよいのです」
それだけ言うとそのまま後方へ引き下がり、進行を別の者に引き継がせた。
場は再びアーデルハイドを弾劾する流れに引き戻された。
(王太子の婚約者という肩書きは、伊達ではない……か)
アーデルハイドは妙に感心した。
と同時に、自分とクラウスを巻き込んだ元凶が、この公爵令嬢であるとの確信を持つにいたったのは、まさにこの時のことであった。