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第22話 

「いまはそうです。ですから、オフィーリア様が変わればいい」


 それは、ナターリエでは決して思つかなかったであろう発想であった。


「……とてもそのようなこと」

「できないとお思いですか? ですが、それは〝わがまま〞というものです。王家に嫁ぐならそれなりの覚悟は必要なはずです。失礼ながら、オフィーリア様からはローデリヒ殿下に合わせようとした痕跡が見当たらない。それでいてシャルロット様の責任ばかりをあげつらうのはオフィーリア様の言う〝貴族の心得〞に反していると思われませんか」

「…………」


 言葉に詰まるナターリエに、アーデルハイドは容赦なく畳み掛けてきた。


「ローデリヒ様の心をオフィーリア様がつかめなかったのは、オフィーリア様自身に問題はなかったのですか? その解決を他人に委ねるのは、本当に高貴な血筋を引く者のすることなのですか?」


 アーデルハイドのような最下級貴族の娘が、公爵令嬢に対してここまで糾弾するのは、相当の覚悟を必要とするだろうことは、ナターリエにも容易に想像できた。

 彼女がオフィーリアに告げ口すれば、その時点で不敬罪に問われてもおかしくない暴言だからだ。

 だからこそ、その問いはナターリエも真剣に向き合うことを強要してきた。迂闊な答えはナターリエ自身にも返ってくる。

 返答によっては、オフィーリアのヴェントブルク家かクラウスのパラダイン家かの、どちらかと対立する覚悟をも考慮しておかなければならないであろう。


 ナターリエは居住まいを正し、アーデルハイドに正対する。


「あなたのおっしゃることは正論でしょう。ですが、正しくはありませんね」

「なぜですか? ローデリヒ殿下の嗜好を理解し、認めるだけでいいんですよ?」

「すべては仮定の話でしょう。それに私が指摘したところで、素直にオフィーリア様が受け入れると思うのですか?」


 それが逃げ口上の強弁であることは、ナターリエ自身も自覚している。

 そんな彼女の逃げ腰を叱咤するように、アーデルハイドは口調を強めた。


「ことの本質はそこではありません! オフィーリア様が王太子殿下が求める婚約者に相応しくありたいなら、殿下だけに変わることを要求するのはそもそも筋違いだと言っているのです。何かを得たいなら、自らもそれに見合う対価を支払うのは当然のことです。どうしても受け入れられないというのなら、そもそも王太子妃など最初から望むべきではありません!

 もっと言うなら、今のままではシャルロット様がいなかったとしても、おそらくオフィーリア様にローデリヒ殿下の愛情が向くことはないでしょうね!」

「……はっきり言いますね」

「お互いに友情を誓い合うときに言ったでしょう、真実の言葉を語ると。結局は、オフィーリア様がローデリヒ殿下のお心をとらえていないことが問題なのですよ。そこから目をそらしていては何も解決はしません」


 アーデルハイドは断言する。


「この問題はオフィーリア様とローデリヒ殿下の間で解決すべきなのです。他者を介入させる時点で間違っているといえます。逆に言えば両者が歩み寄りを見せない限り、問題はいつまでも解決することはないでしょう」


 ナターリエは、ついに観念してため息交じりに本音を漏らした。

 真摯に自分に向き合ってくれる友人に対して、自分の心を誤魔化すのはもう限界であった。


「……ええ、そうでしょうね。いまなら私もそう思いますよ」


 話はそこから、ナターリエ自身が芸術を理解する話に移っていく。オフィーリアを説得するには、まず率先して成果を見せるべきという理屈らしい。


「『彼を知り、己を知れば百戦(あや)うからず』といいます。相手のことを知らずして、どうして目的を果たせましょう? まずはナターリエ様が芸術の素養を磨くことから始められてはいかがです?」


 第一歩として提示されたのは、まずは芸術に触れてみることから。

 その時点でナターリエの顔に困惑が浮かぶ。


「ですが、誰に習えばいいというのです。私の身近にはそのような人は……」

「ローデリヒ殿下ご自身に教えを請えばよろしいではないですか。本来の目的は、相手をより知ることで距離を縮めようというのですから、目的に沿っているでしょう」

「ローデリヒ殿下にですか? ご迷惑ではないでしょうか?」

「それも含めて試してみればいいでしょう。これはオフィーリア様のために行なうことでしょう? ナターリエ様が迷惑がられてもそれはそれで意味のあることだとは思いません?」


 ナターリエは目を見開いた。

 オフィーリアの要求も、元を(ただ)せばシャルロットがローデリヒに近づきすぎていることから起こっている。ならばナターリエが、ひいてはオフィーリアがローデリヒの手を煩わせることは、一週回ってたしかに理に適った行為だと納得できるのだ。


「よくわかりました。私にはできない発想ですね。ですが、面白い助言です。考慮してみます」


 ナターリエの前向きな言葉に、アーデルハイドは今日一番の笑顔を見せた。

 その抜けるような笑顔は、降り続く雨を吹き飛ばすかのような非常に晴れやかなもので、ナターリエの心にかかっていた霧を消し去るだけの破壊力を秘めていた。


「うまくいけばオフィーリア様も続けばよいし、駄目なら他の手を考えればいい。ひとつの方法で解決すると思ってはいけません。選択肢は常に複数用意するものですよ」


 その通りであった。

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