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第21話 

 アーデルハイドが言うところの〝仮説〞に、クラウスは聞き覚えがあった。

 それもそのはずである。アーデルハイドがナターリエに語ったのは、かつてクラウスに語ったことの焼き直しに過ぎないのだから。


 ――だが、初めて耳にしたナターリエの衝撃は、如何ばかりであったろう?


 アーデルハイドの説明を聞くうちに、戻りつつあった顔色が、再び青白く生気のないものに変わり始めていた。その様は、まるで虚無の底に引きずりこまれたかのような、無力感に打ちひしがれているようであった。


(……シャルロットさんの為人(ひととなり)……そんなこと、考えもしなかった)


 ナターリエが肩を落としつつも気丈な態度を保っていられるのは、侯爵令嬢としてのプライドというより、正面から自分に向き合ってくれている友人に対して、礼を失した姿を見せられないという矜持が彼女を支えているからであろう。

 ただ、取り乱したりはしなくとも、心中の落胆までは止めようがなかった。


(私がやってきたことは間違いだったというのかしら。いえ、それどころか逆効果だったということ?)


 思い当たる節はある。


 かつて、『いち騎士の娘が辺境伯家の嫡男にしつこく付きまとっている』との苦情を真に受け忠告を与えてみれば、実は二人は主従の関係にあり、身の程知らずと白い目で見られていた娘は直言を恐れない忠臣であった――その二人こそ目の前にいるアーデルハイドとクラウスのことなのだが――シャルロットに対する忠告は、そのときと同じ過ちを、再び犯してしまっていたということなのであろう。


 ナターリエは、過去の己の失敗から何も学んでいなかったという事実を突きつけられて、深刻な自己嫌悪に陥ってしまう。


(アデルさんの言う通りね。反省すべきは私のほうなのだわ)


 ナターリエがシャルロットに求め続けてきたのは、『貴族とはかくあるべし』という振る舞いである。


 だが、その貴族らしい振る舞いとは、いったい何なのだろうか。

 まずその部分に認識の齟齬があるようであった。

 『貴族とは、皆の模範となり寛容を示しつつも、人々を導いていく存在であり続ける』、それがナターリエが思い描いていた貴族像であり、すべての貴族がそれを目指すべきだと思っていた。


(それは間違った考え方だったのかもしれない)


 自らが思い描く理想像が先にあり、無意識のうちに他者にもそうあることを求めていた――たったいま指摘されるまで、そのことにまるで気付かなかった。

 そう、ナターリエがシャルロットに示したのはあくまで寛容でしかなく、アーデルハイドのようにシャルロットの視点に立っての考察ではなかったのである。


 傲慢であった。恥ずべき行いであった。


 いつの間にか、上から目線で自分の価値観を他人に押し付けていい気になっていた、そう指摘されたと受け取ったナターリエは、羞恥心が刺激され、顔色を悪くしてうつむくばかりであった。


(だけど、不都合な真実から目をそらしていては、義務を放棄するのに等しい)


 ナターリエは恥を忍んで過去の行動を飲み込み、違った視点からシャルロットの行動に光を当ててみた――奇しくもそれは、アーデルハイドがナターリエの真の価値に気付く契機となった行動と、まったく同じものであった。


(他者が自分に向ける好意への偏愛。地位も年齢も貧富も美醜にすら左右されることなく、等しく価値を見出し応える。そこに優劣はなく、比較されるのは、唯一愛情の表現のみ)


 アーデルハイドが語ったシャルロットの為人(ひととなり)。言われてみれば、確かにその傾向は普段の彼女の行動から見て取れた。

 そんなシャルロットの心にもっとも響く愛情を示した者こそ、王太子ローデリヒであったとアーデルハイドは言う。


 ナターリエの胸中にひとつの答えが浮かんでいた。


「……惹かれあう二人のためにオフィーリア様は身を引くべきだと、アデルさんはそうおっしゃりたいの?」


 だが、ナターリエの意に反してアーデルハイドは大きく横に首を振った。


「その二人が結ばれるためには、いくつかの障壁(ハードル)が存在します。ローデリヒ殿下を廃嫡して新しく王太子を立てなければなりませんので。ですが、そのやり方はオフィーリア様の日ごろの主張とは正反対の、王室を乱す行為にほかなりません。ゆえにその方法をとることはできません、却下です」


 その論法にナターリエは首をひねった。なぜそんなややこしい話になるのだろうか?

 ナターリエの疑問にアーデルハイドはこともなげに答えた。


「オフィーリア様を次の王妃にと望んでいるのは、ベアトリクス王妃殿下だからです。オフィーリア様が王太子殿下の婚約者という地位にあるのではなく、オフィーリア様の婚約者になる者が王太子という地位につくのです」


 驚きに目を見張るナターリエにかまわず、アーデルハイドは説明を続けた。


「いまの宮廷は王妃殿下を中心に回っています。そして、オフィーリア様は王妃殿下の姪にあたり、考え方も近い。どちらを残して置きたいかを考えれば一目瞭然でしょう」


 アーデルハイドの説明にクラウスも同意する。


「ナターリエさん、これが現実ですよ。信じたくないのもわかりますが、ローデリヒ殿下を追い詰めているのはオフィーリア様ご自身です」


 二人の言い分に、ナターリエは納得できなかった。それだと王太子の婚約者という地位を守るために、一方的にオフィーリアが忍耐を強いられることになるのではないか? そんな危惧がナターリエの心に警鐘を鳴らしたのだ。

 何しろ、オフィーリアの寛容は、それほど大きな容量を誇るわけではないのだ。忍耐の堤防はすぐに決壊してしまうだろう。

 学院に入学以来、ずっとオフィーリアの近くにいたナターリエには、その未来が容易に想像できたのだ。


「こういうこと? オフィーリア様のお願いは叶えられない、叶えないほうがいいものだと、そうおっしゃりたいの?」

「それも違います。方法ならあります」

「ですが、たったいま話してくださったではないですか! ローデリヒ殿下とオフィーリア様、お二方の価値観は違いすぎだと! ローデリヒ殿下にはシャルロット様が相応しいと!」


 この程度の反論は想定済みだったのだろう。食って掛かるナターリエに、アーデルハイドはあくまでも冷静な口調を崩さなかった。


「いまはそうです。ですから、オフィーリア様が変わればいい」


 こともなげに返されて、ナターリエのほうが呆気に取られてしまった。

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