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第20話 

 昨日から途切れることなく降り続く雨はいまだにやむ気配を見せようともせず、王都を滲んだ世界の中に沈めている。


 ――その日、思いもかけなかった来訪者がパラダイン家を訪ねてきた。


 同期生であると同時に主従でもあるクラウスとアーデルハイドの二人は、共に連れ立ってパラダイン家の屋敷に一時帰宅していた。領行政の最高責任者の地位に立ち、領政改革において辣腕を振るっている元恩師のバエティカから、現状報告と、今後に関する講義(レクチャー)を受けるためであった。


 そこで語られた内容は、改革の進捗に関するものがほとんどであったが、ついでとばかりに現在の宮廷の問題点と、おそらくこれから起こるだろう波乱の予想も、追加で聞かされることとなった。

 バエティカの予測では、王国の実質的な最高権力者である王妃ベアトリクスが、政治の表舞台から引退でもしない限り、嵐の到来は避けられないであろうとの話であった。


 ――予期せぬ来訪者がパラダイン家の門を叩いたのは、そんなときだった。


「……こちらにいらっしゃると聞いたものですから。ご迷惑でしたでしょうか?」


 外套(コート)越しにもわかる小刻みに震える体は、心身ともに冷え切っているであろうことを如実に示している。しかし、そんなことはおくびにも出さず、紫色に近くなっていた唇の間から出てきた言葉は、こちらの都合を尋ねるものであった。

 自分の都合より相手への配慮を優先する姿勢が、その為人(ひととなり)を雄弁に物語っていたが、気丈に振る舞おうとする健気さが、いまは痛々しさを助長してしまっていた。


 憔悴しきった姿からは、普段の華やかな明るさが完全に失われてしまっているとはいえ、その人物を見間違うことなどありうるはずがない。

 大き目の外套に(くる)まり、身を隠すようにして佇んでいたのは、オフィーリア派の最重要人物と見做されていた、シェーンバッハ侯爵令嬢ナターリエその人であった。


 ――秋雨が大地をぬらし、すべてを灰色に翳ませる世界は、まるで彼女の心情を映しているかのようであった。


「もう、どうしたらいいかわからないんです……」


 ひとりでは解決できない、なにごとかの悩みを抱えて苦しむ彼女は、だれかに(すが)らずにいられなかったのだろう。彼女はアーデルハイドの友人でもあった。

 降り続く雨の中、消え入るような声で悩みを告白する姿は、溺れかけの子供が救いを求めて必死に手を伸ばしているようにも見えた。




 ――おだやかで明るい性格で知られるシェーンバッハ侯爵令嬢ナターリエは、常に傍らに人の姿が絶えない人気者であった。

 人当たりのよさと、余裕からくるのであろう寛容さは誰からも好かれるものであり、トラブルの調整役として間に入ることを依頼される機会も多かった。


 彼女にとって特に仲がよかったのはヴァイオレット伯爵令嬢マグダレーナだけであったが、それでも彼女はオフィーリア派の要であると目されていた。

 オフィーリアとマグダレーナの距離が近いこと、そしてオフィーリアに足りない寛容さをナターリエが補っているというのがその理由であった。


 つまり、オフィーリアとシャルロットの対立に、もっとも心を痛めていたのが、間に入ってフォローする役回りのナターリエであったのだ。

 両者の破局を回避するために、湾曲な表現ではあるがお互いに自重を促したことは、それこそ一度や二度では済まない。

 オフィーリアには寛容を、シャルロットには節度ある行動を、彼女はそれぞれ求めていた。


 オフィーリアはそれでもナターリエの言葉を尊重してくれたのだが、一方のシャルロットはまったく態度をあらためるそぶりすら見せなかった。

 オフィーリアの寛容には限界があり、それは非常に狭い範囲でしかないことを、ナターリエはよく知っていた。

 破局を回避するために打つ手は、彼女にもそう多く残されてはいない。


 ナターリエがある頼まれごとをオフィーリアから依頼された時点において、そんな背景が存在していたのであった。



      *   *   *



「『これ以上シャルロット様が傍若無人な態度を改めないようなら、いっそ疵者(きずもの)にしてしまえ』と、そうオフィーリア様に言われたというのですね?」


 アーデルハイドが、ナターリエに確認を取る。


「ひどい話だな、それは! それが友人に対して行なう態度なのか!?」


 隣で聞いていたクラウスも、ここにいない人物に向けて憤慨の声をあげた。

 彼は最初、席を外すことを提案したが、ナターリエが一緒に聞いて欲しいと同席を希望したために、この場に残って聞いていたのだ。

 ――だが。


「冷静に! すぐ感情的にならない!」


 頭に血を上らせたクラウスに、すぐさまアーデルハイドのダメ出しが入った。


「いまは状況を整理するのが先です! 評価を下すのはそのあとで!」

「ス、スマン」


 アーデルハイドはクラウスに睨み効かせたあと、ナターリエに向き直った。


「ごめんなさい、話の腰を折ってしまって。続きを聞かせてもらえますか?」


 このちょっとしたやり取りは、ナターリエの心に少しだけ余裕を取り戻すきっかけを与えたようだ。

 ほんの少しだけだが、悪かった顔色に血色が戻りつつある。


「もちろん、そんなことは法に触れますから、オフィーリア様も本気で言っているわけではないと思います。ですが、このままでは、多くの人たちを巻き込んだ騒動を起こしてしまいかねません。私には、もうどうしたらいいかわからないのです」


 アーデルハイドが真剣な表情で聞き返す。


「ナターリエ様」

「はい」

「本気で言っているわけではないと、本当に信じていますか?」

「ええ……いえ、どうでしょうね。でも私は信じたいと思っています」

「……ほんとに?」

「本心です」

「……わかりました。ですが、ナターリエ様にとって辛い結末になるかもしれません。それはあらかじめ覚悟しておいてください」


 ……ゴクリ。

 かすかに聞こえたのどを鳴らす音は、ナターリエのものであった。


「私は……」

「ナターリエ様」


 返答に窮するナターリエを真っ直ぐに見据え、毅然とした口調で名前を呼ぶ。

 このやり取りだけなら、アーデルハイドのほうを上位だと勘違いする者が続出するだろう。

 当事者として、現実を受け止めようとする覚悟の差が、物腰に現れてしまっているのだ。

 アーデルハイドは真剣な表情を崩さないまま、はっとして顔を向けたナターリエに、容赦なく厳しい事実を突きつけた。


「お忘れではないと思いますが、私は以前、殺人の犯人に仕立て上げられそうになりました。つまり、オフィーリア様にとっては、これが初めてではないということです。未遂で済んだから……という言い訳は認めるつもりはありません。

 それでもナターリエ様が信じたいというなら、一度だけオフィーリア様に協力を仰いでみてください」

「私は、何をすればよろしいの?」

「その前に、聞いて欲しいことがあります。これは私の仮説で、もしかしたら真実とは違いがあるかもしれません。ですが、やってもらうことはこの仮説に基づいた解決策になりますから、頭に入れておいてもらう必要があります。よろしいですか?」

「わかったわ」


 大きくうなずくナターリエの決意を確認して、アーデルハイドは自分の考えを語り始めた。

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