第19話
王都において中心的な位置を占めるのは、当然のことながら王が住む居城であり、広大な庭園を含む宮殿には国の重鎮たちが集い、国策に係わる職務をこなしている。
王城の広大な敷地のすぐ外側の一画には、各領主たちの別宅が壮麗さを競うように立ち並んでいた。
パラダイン家の屋敷もその中に含まれている。
装飾の目立たない、質実剛健さを優先させた建物は、華美な建築物がもてはやされる界隈ではかえって異質であり、逆の意味で目立っていた。
そのパラダイン家の門の前に、一台の馬車が止まった。
出迎えたのは、一組の若い男女であった。
「ようこそお越しくださいました、バエティカ先生」
馬車の扉が開いて、上品な身なりの男が車内から姿を現した。すでに初老に差しかかろうとする年齢のはずだが、二人が二年前の最後に会ったときよりむしろ若返って見えた。
「お久しぶりでございます。クラウス様、アーデルハイド様」
上機嫌に返される再会の挨拶の言葉には、生気と自信が漲っている。どうやら充実した日々を送れているようでなによりだ。
秋雨の中、挨拶もそこそこにクラウスたち自らが先導して客人に屋敷内に入ってもらい、そのまま応接室まで案内する。
部屋の中央に置かれた低いテーブルを挟んで、お互いが向き合うような位置関係になるような形でソファに腰掛けてもらえるよう促した。
バエティカに先んじて腰を下ろし、微笑を浮かべたクラウスの目に、悪戯っぽい光が走った。
「私たちのことは学生時代と同じ呼び方でかまいませんよ、先生」
「――そうかね?」
クラウスと向き合う〝バエティカ先生〞と呼ばれた男は、やや口元を吊り上げ、上品な装いに似合わぬ挑戦的な雰囲気をまとわせはじめる。
こちらに向けた、それこそ叛乱でも起こしそうな不敵な笑みは、学院で教師をやっていたときには決して見せなかった類の危険な香りを漂わせていた。
「ではそうさせてもらおう。クラウス君、ちゃんと真面目に授業を受けているかね?」
「ええ、そりゃあもう……反省していますよ。先生が在籍していた頃の自分がいかに駄目な生徒だったか、身にしみています」
クラウスは微笑を苦笑に変えながら、軽く頭をかきつつ反省の言葉を口にした。
「そうか。自分でそれに気付けるのは救いがある」
「いえ、周りのおかげですよ」
「それでもだ。変われない者も多いのだ。君は立派だよ」
クラウスは、目の前の人物から初めてかけられた褒め言葉に戸惑いつつも、ありがたく受け止めることにした。少なくともこの人物は、歓心を買うためにご機嫌取りをするような低俗な人物ではない。
ならばその言葉には偽りではない真実の価値がこもっているはずであり、決して蔑ろにしていいものではない。
「そうですね。他ならぬバエティカ先生の褒め言葉ですし、素直に受け取っておきます。それで、パラダイン領のことですが……」
「改革はほぼ順調に進んでいる。いまなら王家の御家騒動があっても、ゆるぎない態勢が整っている」
バエティカから挑戦的な雰囲気が一掃し、数え切れない数の役人を書類ひとつで動かす、副宰相であったころの顔が姿を現した。おそらくこちらがバエティカの本来の姿なのだろう。
妥協を許さない厳しい姿勢は、いち学生に対するというより、まさしく次期領主と対峙する行政の最高責任者にふさわしい在り方を示していた。
「何をしたんですか?」
事務的でありながらも、牙を隠そうとしないバエティカに負けじと、クラウスも正面から向き合う気概を見せた。学院に入学したて頃には考えられないような姿勢である。
「生産性の向上と流通のボトルネックの解消だな。具体的には農業改革と街道整備だ。パラダイン領は幹線道路こそ立派だが、それ以外が貧弱で物流が上手く流れていなかった。そのため、領内で貧富の差が拡大してしまっていた。各地を結ぶ交通網を整備したことで、その問題を解消し、物不足を起こさず改革を断行することが出来た。原資として発行した為替手形も上手く機能してくれた。おかげで物流の停滞はかなりの部分で解消された」
「農作物の生産性の向上のほうは、時間がかかると聞いていましたが?」
「軍の鍛錬に託けて、土壌改良を急いだのと、農具の改良で一人あたりが耕せる農地の面積が増えたおかげで、従事する者が失われてそのままになっていた休耕畑も活用できるようになった。あとは地質的に向いている四圃輪栽式農法を取り入れることにしている。その際に農場の整理が起こるだろうと予測されるので、戸籍と土地登記を徹底させているところだ。それももうすぐ完了だろう。大規模農場経営という新しいスタイルの変わるための法整備もほぼ終わった。場所によってはすでに実りが出始めている」
「よくそこまで思い切りましたね」
「今の説明だけでわかるのか。よく勉強したな。だが逆だぞ? 辺境伯領というのは王家から独立した権限を有しているというのに、いままでそれを活かそうとしてこなかったほうが問題なのだ」
「それは……申し訳ありません」
殊勝に頭を下げるクラウスをバエティカは笑い飛ばした。
「クラウス君が謝ることでもないが、まあよい。領政が軍事に傾きすぎていたのは、立地と情勢によるところも大きいからな。だが、世界の情勢はいつまでも同じではない。時代に合わせて変えるべきところは変えていく必要性があった。今回はいい機会だったということだ。事が起こる前に何とか間に合ってよかった」
「ありがとうございます。先生には感謝しかありません」
クラウスは再び深々と頭を下げた。
次期領主として、領政改革の立役者に敬意と感謝の念を捧げるのは当然のことである。
クラウスの真意を正しく受け止めたバエティカだったが、彼もまた、ただ受け取るだけでなく、心からの気持ちを返した。
「いや、わたしもこの年になって再び生きがいを与えてくれたおぬしらには感謝しかない。あらためて礼を言わせてもらおう」
それは嘘偽りのない、彼の真情を伝えるものであった。
その後も、大きく年の離れた二人の男たちの間で、領政に係わる実務的なやり取りが続いていく。
そんな二人のやり取りを、アーデルハイドは眩しいものでも見るように目を細めて眺めていた。




