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第18話 

 王立学院で、ひいては王国全体でも大きな話題となった、辺境伯嫡男クラウスと男爵令嬢シャルロットの婚約破棄から二年の月日が過ぎ去った。


 翌日の講堂での擬似裁判も含めたあの事件が大きな転換点となり、その後の学院内の勢力図は大きく様変わりしていた。

 それまでも派閥争いのようなものは存在していたが、さほど深刻なものではなく、どの派閥に所属する生徒も普通に学生生活を送っていたのだが、あの婚約破棄騒動は、そんな学院内の微温的な空気を一変させてしまったのだ。


 大きく変わったうちのひとつは、大規模な派閥の組み換えが起こったことである。

 それ以前は、ローデリヒ+オフィーリアvsクラウス+シャルロットという構図だったものが、いまや、オフィーリア+淑女連合vsローデリヒ+シャルロットという形へと変容していた。


 これは、婚約破棄のあとクラウスの力が削がれたことが大きい。

 今でこそ、上位を窺おうかというところまで成績を伸ばしたクラウスだったが、内政科に進級した当初は、予想されたとおり授業についていくので精一杯であり、落第すれすれの最底辺を彷徨う彼に、憐れみの視線を向ける者さえ後を絶たなかった。

 派閥を構成していたほとんどの者が落ちぶれた彼の元を去り、もはや集団としての体をなしていなかった。


 ほかには、派閥間の対立が先鋭化してしまったことが挙げられる。

 むしろ学生たちにとっては、こちらの方がより深刻な問題であったろう。ここで選択を間違うと、将来の出世に関わってくる可能性が高く、より真剣にならざるを得なかったという事情もある。

 だがそれ以上に重要なのは、例の婚約破棄騒動でオフィーリアがシャルロットに敵意を持っていることが明らかになってしまったことであった。


 対立するふたつの勢力は、表面上でこそ平穏を装っていたが、薄皮一枚の下にはドロドロとした怨念が煮えたぎっており、いつ紳士淑女の仮面を食い破って顕現してもおかしくないほどに沸騰寸前であったのだ。




 ――一方で、派閥の抗争とは別の次元で意外な評価を伸ばした者もいる。

 騎士ハラルト・クロースの娘、アーデルハイドこそがその筆頭に位置する存在であった。


 クラウスの騎士であることを公表したアーデルハイドは、宣言どおりに騎士科へと進級した。そこで彼女は、一年以上もの間、実技でも座学でも一度たりとも首席の座を明け渡すことがないという好成績を残していた。


 下級貴族である彼女に対するやっかみも少なくなかったが、それらから身を守る鎧も当然のように装備していた。

 それが、現在進行形で深めつつある侯爵令嬢ナターリエとの交流であった。


 いつ頃から始めたことなのか、今となってはもはや知る由もないが、ナターリエが私用で外出する場合、アーデルハイドに護衛を依頼する機会が増えていた。

 身分差、あるいは他家の騎士という部分に疑惑の目を向ける向きもあったが、少なくともアーデルハイドが騎士科に進級する以前に、すでにそうしていた痕跡が残っていたため、特に問題視されることもなかった。

 ナターリエの先見の明に称賛の眼差しが送られたと同時に、後ろに控える有力者(ナターリエ)の影を気にしてなのか、アーデルハイドも視線に悪意を込める以上の嫌がらせを受けずに済んでいた。


 また、すでに所属先が決まっていた彼女は、将来の伴侶となる相手を求める生徒たちの競争から外れていたために、嫉妬の対象から微妙にずれていたという点も大きかった。

 というより、中性的な顔立ちの美形であることも手伝って、彼女自身が、ある意味同級生たちのアイドル的な立ち位置に収まってしまっていた。


 ――特に姫と騎士にも喩えられるナターリエとの関係は、、同期生たちの想像力を掻きたててしまうらしく、根も葉もない怪しげなうわさが後を絶たないほどであった。


 騎士科に所属する生徒は、王立騎士団の略装を模した制服を着用することが義務付けられているのだが、制服に男女の差がほとんどないため、一部の女生徒は、男女係わりなく絶大な人気を誇っていたのだ。

 なによりアーデルハイドの男装は、じつに良く似合っていた。

 そのことに気付いていないのは、アーデルハイド本人ぐらいであったろう。


 怪しげなうわさを巡っては、平気そうなナターリエに対して、一方のアーデルハイドはけっこう閉口しているようであったが、表立って不快を表明するようなことはせず、いまのところは静観を決め込んでいるようであった。

 もちろんエスカレートするようなら何かしらの対処は施すのであろうが。


 このように、水面下ではいろんな思惑と策謀が、くもの巣のように張り巡らされていたが、表面上は平穏な毎日が続いていた。




 ――そんな学院生活も卒業を半年後に控えたある日、内政科のクラウス・パラダインと騎士科のアーデルハイド・クロースがそろって授業を休んだ。


 秋風が、未練がましく居残る残暑を洗い流しつつも、本格的な秋の到来にはまだ少し猶予がある、そんな季節の変わり目の一日。

 前日の夜から降る雨のことぐらいしか意識にも上らない、代わり映えのしない日常の中の一場面(ひとこま)


 誰の関心も集めることがなかったこのささいな出来事は、ある一部の者たちにとっては、非常に重要な意味を持っていた。

 あらゆる思惑に動機を与え、明確な意思をもって大きくかき回し、自分の望む通りに導き誘導していく。そのために――


 ――バラバラだった運命が指向性をもち、ひとつの結末に向けて収束する――


 この、二人の欠席がその前兆だと知る者は少なく、結末を予測できていた者はさらに少なかった。

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