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第17話 

 オフィーリア陣営との対抗策にアーデルハイドは、『やられたらやり返す!』とか『倍返しだ!』などいう物騒な言葉と共に〝離間の計〞を進言した。


 一見過激に思えるアーデルハイドの策だが、実際に提示してきたのは懐柔と引き抜きであり、敵陣営内の両者を対立させて潰し合わせるといった類のものではなかったので、クラウスも素直にうなずくことができた。

 騙され利用されようとも、根っこの部分で騎士道から離れられないのは、彼の人格形成に、騎士道が不可分なまでに食い込んでしまっている証左であろう。


 懐柔する相手としてアーデルハイドが名を挙げた人物こそ、シェーンバッハ侯爵令嬢のナターリエであった。

 ちなみに、ナターリエを選択(チョイス)したアーデルハイドの感性(センス)の冴えに、これからパラダイン辺境伯領で改革の陣頭指揮をとることが決まっていたルーカス・バエティカが絶賛といっていい評価を与えていた。


 ルーカス・バエティカは、クラウスたちが通っていた王立学院の元教師でありアーデルハイドがスカウトした人材である。

 彼は、いまでこそ家督を息子に譲ったとはいえ、伯爵家の当主を務めていた〝元領主〞という肩書きを持っていた。

 だが、彼の肩書きでそれ以上に重要なのは〝元副宰相〞の方であろう。

 彼は行政はおろか宮廷内の内情にもくわしく、侯爵令嬢ナターリエを味方につけることの意義を誰よりもよく知る人間だといってもいい。

 そんな人物の評価を軽視することなどできるはずもなく、アーデルハイドの計画は誰の反対も受けずに実行されることが決まった。


 ――ただし、ひとつだけ誤算があった。


 ナターリエを引き込むのは本来ならクラウスの役目になるはずだったのに、千載一遇の機会はアーデルハイドの前に現れてしまったのだ。



      *   *   *


 

「……オフィーリア様のバックには王妃殿下が控えています。つまり、ほぼ学院内で無敵ともいえる権勢を持っているってことです。例の一件で勢いこそやや衰えたものの、最大勢力であることには変わりないですし、取って代わるような勢力も見当たりません。第二の勢力はそれ以上のダメージを食らいましたからね。オフィーリア様にけんかを売るなら、そのつながりを断ち切るか、バックごと葬り去るかのどちらかしかないでしょうね」

「それならつながりを切るのが手っ取り早いんじゃないのか?」


 アーデルハイドは鼻で笑った。


「クラウス様もすいぶん無謀なことをおっしゃる。そんなことをすれば、命がいくらあっても足りないですよ。王妃殿下にとってオフィーリア様は権力を掌握するための最良の手駒。実子であるローデリヒ殿下よりも、重要度は高いぐらいなんですから!」

「そうなのか? でもローデリヒ殿下は王太子なんだぞ?」

「王太子だからこそですよ。いまの宮廷では、実質的な権力を王妃殿下が握っています。ですけどこの国では――建て前に過ぎないとしても――統治権も人事権も王の方にあることになっていますから。ですから、王妃殿下としては王を傀儡にするための手駒が必要になってくるんです。ローデリヒ殿下が自分以上の影響力を持たないようにするためにね」


 ここら辺の事情は、例の事件の概要を説明したときにバエティカから聞かされたものだったが、アーデルハイドもまったく同意見であった。


「そこまでするのか?」


 一方のクラウスはいまだに疑心暗鬼だ。

 完全に目が醒めるまでには、まだ少し時間がかかりそうだと、アーデルハイドは苦虫を噛み潰したような渋い顔をした。


「王家というのはそういう人種だって身をもって学んだはずでは!? もう忘れたんですか!? クラウス様は許婚を殺害するように使嗾され、私はその罪を被せられかけたんですよ!? もしクラウス様が煽られるままにシャルロット様を亡き者にしてしまっていたら、私は殺人犯として不名誉な死を賜っていたでしょうね」

「信じられん! 本当にそこまでするのか!?」

「で・す・か・ら! 騎士道の常識で考えてはいけないと、何度も忠告したでしょうが! そして実際そのとおりになった! これ以上馬鹿なことを繰り返すなら、今度はパラダイン家そのものがクラウス様の敵に回ってしまいますよ!?」


 アーデルハイドのあまりの剣幕に、クラウスのほうが矛を収め引き下がった。

 こんなところで不毛な言い争いをして、味方を敵に変えてしまうなど、愚か者の所業である。

 クラウスだって、どちらとも確信を持っているわけではないのだから、いまここで結論を出そうとする必要もないはずなのだ。


「わかった。軽率だった」

「ほんとにわかってるんでしょうね?」

「ああ、とにかくあいつらのことは別の生き物だと思って付き合うことにする。それでいいだろ?」

「……まあ、とりあえずはそれでいいでしょう。で、対抗手段として私たちがとるべき手はいろいろ考えられますけど、そのうちの〝離間の計〞を採用しようと思っています。どうですか?」


 今度はクラウスが苦虫を噛み潰した顔になった。


「前も聞いたが……お前がそれを採用しようと考えたのは俺がやられたからか?」

「それもありますけど、どうしても味方に引き入れたい人物がいるんですよ」

「だれだ、それは?」

「シェーンバッハ侯爵令嬢のナターリエ様。よく知ってるでしょう」


 その名前にすぐに思い当たった。


「ああ、あの明るくて人当たりのいい女性か」

「クラウス様からはそんな印象なんですね」

「違うのか?」

「いえ、大まかな為人(ひととなり)はそんな感じでしょうね」

「――それだけではないというのだな?」

「そうです」


 アーデルハイドはナターリエを選んだ理由を説明した。

 それは、アーデルハイドが王立学院に入学してから、しばらく経ってからのエピソードであった。


 ――ある日、人気のないところに呼び出されたアーデルハイドは、ナターリエから『あまり人目につくところで、クラウスにかまうな』と忠告された。

 その当時は、よくあるやっかみかと思ってスルーしてしまったが、後でよくよく思い返してみれば、あれはアーデルハイドを冤罪から守ろうとした行為ではないかと考えを改めることにした。

 冤罪をでっち上げるならクラウスにつきまとっている姿がより多く目撃されたほうが都合がよかったはずだ。


 そうやって先入観を取り除いて彼女の行動を観察していると、いろいろ見えてくるものがあった。

 彼女はオフィーリアの意に反する行為を、自らの良心に従って自発的に起こしていた。


 趨勢によって河岸を変える者は、こちらが劣勢になったときにすぐに裏切るであろう。そんな者は味方にするに値しない。


 だからこそ、落ちぶれたような姿を見せるクラウスから誠実さを感じ取ってくれるようなら、彼女の為人(ひととなり)は偽善などではない本物だろうと思ったのだ。


「ですから、『天網恢恢疎にして漏らさず』です。これから、誠意を持って彼女とは向き合ってください。勧誘する必要はありませんし、オフィーリア様を貶めることもしないで! ただ、誰に対しても誠実に接してくれさえすればいいんです。おそらくそれで正しく伝わります」

「わかった。言われた通りにしよう」




 ――二人の間でそういうやり取りをかわしていたにもかかわらず、いつの間にかアーデルハイドとナターリエこそが、友情で結ばれる間柄になっていた。


 人の世はままならぬもの。そう実感するアーデルハイドであった。

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