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第12話 

「――と、舞台裏ではこのような思惑が交錯していたわけですが、お分かりいただけましたか?」

「いや、わからん! もちっと丁寧に説明してくれんか?」


 今回の件における各陣営の思惑を懇切丁寧にまとめ上げたアーデルハイド渾身の調査報告を、主君であるクラウスは〝わからん〞の一言で一刀両断にした。


 間髪入れずに下された身も蓋もない返答に、アーデルハイドは鈍器で殴られたような強烈な頭痛に見舞われた。

 ただし、アーデルハイドを打ちのめしたのは、理解できなかった、という頭の出来に関してではなく、砕けきった言葉遣いのほうであった。


「――口調! まったく! 言葉遣いぐらいしっかりしてくれませんか!? あなたはいずれパラダイン家の当主となられるのですよ!?」


 クラウスが色恋沙汰に疎く、他人の負の感情に鈍感なことはもう十分思い知らされていたため、そちらはあえてスルーしておこうとの判断だった。

 ――だが、


「別にいいだろ? いまは家の者しかいないんだし。誰も咎めたりしないよ。それに、お前相手にお上品な言葉遣いしてたら、背筋に震えがきちまうだろ!」


 悪びれもせず言い切るクラウスに、アーデルハイドは盛大に頭を抱えてしまう。


「駄目だこいつ……まるで成長していない……私がわざわざ騎士の地位につけられた意味がわかってますか? いつまでも幼馴染のままではいけないと、けじめの意味もあったんですよ!?」

「その結果、いらん隙ができたよな? それはどう考えてるんだ?」

「ああいえば、こう言う!」

「でも事実だろ? 変える必要がないものは、無理に変えないほうが絶対いいって!」

「屁理屈を! しかも一理あるから性質が悪いですね。――まぁいいでしょう。でも、この場だけですよ?」


 ハァ、と小声で愚痴をこぼしてから、いくら苦言を呈しても効果がないと、ついに諦めの境地にたどり着いたアーデルハイドは、気を取り直して説明しなおした。


「要するに、です。王太子殿下をめぐって公爵令嬢と男爵令嬢が火花を散らしているところに、思いっきり巻き込まれてしまったんです、私たちは! まったく間抜けにもほどがありますね!」

「いやにあっさりした説明に変わったな。やればできるじゃないか」

「一度、詳細な相関関係を頭の中に通してますからね。そこから単純化したほうがわかりやすいかと思いまして。」


 クラウスは納得顔になり、素直に称賛の言葉を贈った。


「たしかに、さっきのよりぜんぜん良いよ。よくわかった。でも質問させてくれ。男爵令嬢ってシャルロットのことだろ? あいつ、俺の許婚だったじゃないか。なんで公爵令嬢(オフィーリア)と王太子を取り合ってるんだよ」

「婚約を解消したとたんに、あいつよばわりですか!?  まあいいんですけどね。私もあの子嫌いでしたから」

「いきなりぶっちゃけたな!?」

「感性が合わないんですよ、仕方ないじゃないですか」


 ある意味シャルロットは、性格的にアーデルハイドとは正反対だといってもいい部分があった。

 簡単に言えば、自身の大部分を占める、心の在り様の差である。

 シャルロットにとっての愛が自らに捧げられるものならば、アーデルハイドの忠誠心は、自らが捧げるもの――根本からして違うのである。


(――しかもシャルロット様のそれは、()()()()もかくやという底なし……)


 その違いはどうしようもなく受け入れ難いものであり、それがアーデルハイドが彼女を苦手とする原因でもあることは、彼女自身にも自覚があった。


 そしてそれはアーデルハイドにだけ当てはまるというわけでもない。

 間違いなくオフィーリアとも水と油だろう。

 それが今回の騒動の根本の原因である限り、おそらくまた同じような問題が引き起こされであろうと、アーデルハイドが危惧する根拠でもあった。

 

「もしかして、婚約に反対していたのはそれが理由だったのか?」

「クラウス様とも合うわけないと思っていましたし? 実際そうなったでしょう?」

「なんでそんなことわかるんだよ!?」

「私たちの間にどれだけの付き合いがあると思ってるんですか!? それこそ物心ついた頃からの腐れ縁じゃないですか」


 アーデルハイドの父は、戦場ではクラウスの父の副官を務めていた腹心の部下の一人であり、彼らの信頼関係は篤く、絆は固かった。

 公務を外れたところでも家族ぐるみでの交流があり、その延長でアーデルハイドとクラウスの関係も、昔から兄妹と呼べるほどに親しかったのだ。


 二人が学院に入学が決まった後、上下関係をはっきりさせるためにアーデルハイドはパラダイン家に仕えることが決まり、クラウスの騎士となった。

 そのことで急に距離が出来たように感じたクラウスは、アーデルハイドに苦手意識を持つようになり、冷たく接するようになる。

 結果的にそれが学院の同級生たちに妙な誤解を与える遠因となった。


(王立学院に通うために上京してから、急な環境の変化に平常心を保ち続けられなかった。クラウス様の言い分も考慮すると、元を(ただ)せばそのあたりに問題があったのかも……反省すべき点ですね)


 今回はそれをオフィーリアが利用しようとして墓穴を掘る羽目になったが、もらい事故のような形でクラウスも盛大に自爆することになってしまったのは、自業自得というべきなのだろうか?


「父はかなり長い期間、戦に明け暮れていたからな。知ってるか? お前の父上は戦功で子爵に推挙されたこともあるんだそうだぞ?」

「いまさらの話ですね。何でも曽祖父が子爵様だったとか。でもいまは一介の騎士にすぎないわ。領の統治なんか出来るわけないでしょう。ほんと、馬鹿らしい話」

「で、その代替として求めた要望がお前を学院に入学させることだったと」

「ええ、それに関しては感謝してるわよ。父にも伯爵様にも。でなければクラウス様は今頃、オフィーリア様の手駒にされてたでしょうからね。間違いなく!」


 学院に入る前の口調の戻ったアーデルハイドは、子供時代のふたりの関係に戻ったように、説教モードに切り替わっていた。


 はっきり言って、学院にきてからのクラウスは擁護のしようがないほど腑抜けていた。

 授業はさすがにまじめに受けていたが、それ以外の時間は課外活動と称して気の合う仲間とつるんで遊び呆けていた。

 アーデルハイドは、いちいち例を出してちくちくと痛いところをついていく。

 まるで、これまでの鬱憤をすべて吐き出そうというかのような容赦ない責めに、クラウスの方が先に音をあげた。


「う……それについては返す言葉もない。反省してるさ」


 素直な反省の言葉を口にするクラウスを、不審の目で見返す。


「痛い目に遭って、ようやく目が覚めた? 遅すぎでしょ!」

「わかってる。お前にも迷惑かけてしまった。もう心を入れ替えた」

「――そこまで言うんなら、まあ信じてみてもいいですけどね」


 さんざん溜まっていたストレスを発散してスッキリしたのか、それとも話を脱線させすぎたと自重したのか、アーデルハイドはその言葉でクラウスが腑抜けていたことへの追求を切り上げた。


「話を戻すが、シャルロットは最初から王太子が本命で、俺は当て馬にされてたのか?」


 アーデルハイドは軽く小首をかしげた。その瞳には否定的な色が混ざっていた。


「違うと思いますよ。クラウス様、入学当初はモテてたでしょ。あれでシャルロット様が勘違いしてしまったんだと思います、白馬の王子様からの求愛(プロポーズ)みたいだって。たしかに見栄えだけは、何も知らない女の子が憧れそうな局面(シチュエーション)でしたから、気分がよかったんでしょうね」


 その言い草はクラウスの矜持を傷つけてしまったようで、すぐに反駁の声が上がった。


「なんだ、その言い方!? それじゃまるで俺が見た目の雰囲気だけの男みたいじゃないか!」


 拗ねたようなクラウスの子供っぽい主張に、アーデルハイドはまるで取り合わず、軽く受け流した。


「外見に関しては褒めてるんだから、素直に喜べばいいのに」

「中身はどうなんだよ?」

「社交の先生になんて言われていたか、繰り返してほしい?」

「うぐっ」


 つい苦手な教師の顔を思い浮かべてしまい、クラウスは顔を顰めて反論を諦めた。


「……いや、いい」


 抗議が一段落したことを感じ取ったアーデルハイドは、そこから話をつなげて、当時のシャルロットの心情に踏み込んだ論評を開始した。


「つまり、実際に付き合ってみて幻滅してしまったんだと思うんですよ。でも、あの子の性格ではあからさまには言わずに、それとなく指摘するだけだったでしょ? 違う? それに気付けない時点で、クラウス様はあの子とは釣り合いが取れないだろうな、と」

「違わない。違わないけど、なんで言ってくれなかったんだよ!?」

「言ったでしょ、何度も! でも聞き入れてくれなかったのはクラウス様のほうじゃないのよ!」

「そうだったか?」

「そうなんです! あなたは、耳に痛い忠告に耳を塞ぎ、都合の悪い現実からずっと目を逸らしていたの! こう言ってはなんですけど、今回のことも完全に自業自得だわ。正直言って、私は今回のことでクラウス様に目を醒ましてもらうことが、パラダイン家に対する最後の奉公だと覚悟を決めてたのよ!?」


 アーデルハイドの真剣な眼差しに気圧されたのか、クラウスは素直に頭を下げてきた。


「それは……すまなかった。だが、おかげで目は醒めた。ならばもう現実を見なければな」

「そのことにだけは、今回の件を引き起こしたオフィーリア様に感謝しないといけませんかね」


 アーデルハイドは皮肉げに口元を歪めたが、あまり似合ってはいなかった。

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