第1話
新作投稿します。
R15と残酷な描写ありは一応保険で入れてますが、基本的に会話劇がメインになりますので、警戒する必要はないと思います。
題名は仮です。
よろしくおねがいします。
ギィィィ……
王立学院の敷地内にある特別講堂の扉が、蝶番の擦れ合う音を響かせる。
自己の存在を声高に主張しているかのような耳障りな響きは、講堂内に集められた人々の耳目を刺激し、雑談を中断させて音のほうに振り向かせた。
舞台の幕が上がる直前の緊張感が、閉ざされた空間内を満たし、ざわめきが静寂に置き換わる。
重厚な樫の扉がゆっくりと開かれ、薄暗かった講堂内に柔らかな光が差し込んできた。はじめは糸を引くように細長く、次第に左右に広がっていくまばゆい光が、扉の前に佇むひとりの少女の影を、ゆっくりと浮かび上がらせていく――
逆光気味のシルエットのなか、入り口に佇む少女は、顔を上げ、扉のすき間から中の様子を確認した。
華美な装飾が施された、やたらと天井の高い荘厳な空間には、爵位持ちの貴族の子息女たちがずらりと並んでいた。
眼前に広がる光景は、足に鉛でも流し込まれたのでは、と錯覚してしまうほどの重さを、少女に意識させずにおかなかった。
ずいぶんと〝高貴な顔ぶれ〞が集っていることに、嵐の到来を予感せざるを得ず、集中する彼らの好奇の視線が、凛冽たる冷気を伴なって入り口に殺到し、彼女の足を床に凍着させてしまったかのようであった。
立ちすくむ少女の背中を、講堂の先へと歩を進めるようにと、無慈悲なかけ声がうながした。
「さあ行け!」
後方からかけられた冷ややかな言葉に、少女はこれから起こる虚栄と欺瞞に支配された喜劇の幕開けを悟った。
入場をうながす合図を受けて、覚悟を決め、部屋を分かつように敷かれた天鵞絨の絨毯の上を、少女は舞台の中央を目指して歩いていく。その姿は、さながら断頭台へと向かう死刑囚のようであった。
少女の名はアーデルハイド。
辺境領の騎士を父に持つ、下級貴族の娘であった。
王立学院には爵位を持つ貴族の子弟、令嬢のみが使用を許されている施設がいくつかあり、この特別講堂もそのうちのひとつである。
特別な身分の者しか入れないこの場所にアーデルハイドが足を踏み入れたのは、もちろんこの時がはじめてであった。
少女の質素な装いは、主演女優というには華々しさには著しく欠けるているが、それでも集められた観客たちは、待ちわびていた主役のようやくの登場に際し、感興が湧きあがりをしっかりと実感できているようであった。
その様子を壇上の高みから見ていたある人物が、満足そうに小さくうなずく。
彼女の名前は、ヴェントブルク公爵令嬢オフィーリア。
豪奢な衣装に身を包んだこの人物こそ、この舞台を企画した張本人であった。
* * *
――二年半前に王立学院に入学してから、視界の端に映るある光景が、つめの間に刺さったとげのようにオフィーリアの心を悩ませ続けていた。
それは男爵令嬢シャルロットという、比類なき美貌の令嬢という衣装をまとって彼女の前に現れた。
並みはずれた美貌で人目を惹き付けるシャルロットは、否応なく話題に上がってきてしまうため、無視しようにも、常に意識せざるを得ない存在であった。
人によっては羨望の対象であろう。
しかし、オフィーリアの視点に立てば、美貌などしょせん虚飾でしかなく、傍若無人な振る舞いで彼女の生きる世界に汚辱を撒き散らす、不快な病原菌という認識でしかなかった。
むしろその令嬢の存在が、彼女の崇高な学び舎を穢し、苦痛を伴なう不自由な牢獄に変えてしまっていた。
それでも、公爵令嬢として、なにより王太子ローデリヒの婚約者として、全生徒の注目を浴びる立場にいる彼女は、いつも努めて理性的に振る舞い、人前で癇癪を起こすような無様をさらしたりはしなかった。
ただ、シャルロットの婚約者である辺境伯令息クラウスが、自身の許婚の行動に憤りをつのらせているのでは? と感じ取ったオフィーリアは、手管を使って彼の嫉妬を影から焚きつけた。
ていねいに育てたクラウスの妬心は、ついに目障りな女をこの世から消し去ることを決断するまでに到った。
オフィーリアは、直接の関与をなるべく避け、アーデルハイドという身代わりの生け贄を用意して、彼の背中をそっと押すにとどめた。
あけましておめでとうございます