黄色い髪飾り
第一章十一 「運命」
謙信と伊勢は、林泉寺の和尚の元から城へ向かって馬を進めていた。
「・・・謙信様。あそこに桜の木が・・・。なんて綺麗な桜の花でしょう。少しの間でよいので、見ていきませんか?」
城へと続く道には、大きい桜の木があり美しい花が咲いていた。周りにはたくさんの蝶も舞っている。
謙信は伊勢を馬の背からおろし、桜の花と蝶を少しの間、鑑賞することにした。
「謙信様・・桜が綺麗ですね。たくさんの蝶も舞っています」
伊勢はひときわ大きく綺麗な黄色い蝶をみつけ・・・
「・・・謙信様・・あの黄色い蝶・・羽が綺麗ですよ」
「ここにある花のみつを求めて、やってきたのであろう」
桜の花と蝶を見つめる伊勢の瞳は、純粋な輝きで潤んでいる。
謙信には、桜や蝶などより伊勢の方がずっと美しいと感じていた。
風が桜の木から花びらを散らしている・・・
舞った桜の花びらが伊勢の髪にひらひらと落ちて来た。
「・・・伊勢」
「えっ・・」
振り向きざまに謙信は伊勢の唇をそっと奪う。
「・・・うっ。謙信様」
伊勢は、びっくりしているが、そっと目を閉じて謙信を受け入れる。
「伊勢・・お前は俺の心を一瞬にして捉えたのだ。最初に会った時、お前はまるで天女のようだった。戒律を破ってでも、お前を信玄に渡したくなかった。その心がどう言う意味を持っているか、俺自身もわからなかったが、今はわかる。・・・愛している」
「・・・謙信様」
謙信は、懐から黄色い髪飾りを取り出し、伊勢の髪につける。
「・・・これは?」
「先ほど買っておいたのだ。お前は、最初に会った時、黄色い花冠をつけていた。とても綺麗だった。花は散ってしまうが、この髪かざりは散ったりはしない。いつまでもお前と共にある。この黄色い髪かざりがあれば、俺はお前がどこにいても見つけることができるだろう」
伊勢の瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちる。
謙信は、伊勢の顎を持ち上げ、やさしいくちづけでその涙を拭う。
その時、一羽の蝶が二人のまわりを飛んでくる。
「・・・謙信様。蝶が・・・黄色い蝶ですよ」
「・・伊勢・・蝶は、輪廻転生のシンボルだと知っているか? 俺は生まれ変わってもお前を見つけだし、お前への愛が永遠だと誓おう」
「うふふっ・・・謙信様ったら。それならば、謙信様が私を助けに来てくれたことも運命だったのでしょうね。・・・では、約束ですよ。いつの世でも必ず私を見つけ出してくださいね」
涙も乾ききっていない潤んだ瞳で伊勢が答える。
「・・・伊勢」
そっと目を伏せた伊勢に謙信は優しく、くちづけする。
口づけは、潤んだ唇から首元にさがり、伊勢の首筋をついばむ。
「・・・だめっ」
とろける口づけに酔い、心の中では全てを受け入れる決意をしている伊勢ではあるがまだ純情な生娘である。
「今日のところは、許してやろう」
一度だけ強く伊勢の首筋をついばむ謙信が笑いながら伊勢の頭を撫でる。
謙信の甘く優しい口づけの跡が伊勢の首にうっすらと残された。
伊勢はどきどきした気持ちを謙信に悟られないように、そっと首筋に手を当てた。
うっすらと赤く染まった跡には、まだ謙信のぬくもりがしっかりと残っている。