時、満ちて
第1章九 「愛しい人」
「おいっ・・見てみろよ。謙信様じゃないか。謙信様がおなごを抱きかかえて馬に乗ってるぞ」
「あの、軍神が・・・・」
「あんな謙信様を見るのは初めてだ〜。あの美しい姫は誰なんだ?」
城下では、人々が驚きの眼差しで頭をひれ伏している。
「伊勢・・馬を降りて歩こう」
伊勢を馬から下ろし、賑やかな通りを歩き出す。
街は活気にあふれ、天秤さおで魚を運ぶものや威勢の良い物売りなどで人が溢れていた。
「すごい人ですね」
「お転婆が迷子になって野盗に狙われては困るだろう。しっかり捕まえておこう」
人目も憚らず伊勢の手を謙信がしっかりと握る。
伊勢は、恥ずかしそうにコクリとうなづき謙信に手を引かれながらついて行く。
「うわっ・・なんて綺麗な反物なんでしょう。」
呉服屋の店先へ思わず駆け出す伊勢・・・
「これは、越後上布で作られた反物だ」
「謙信様・・いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
店主が謙信に深々と頭を下げる。
「伊勢姫様・・どうぞこちらへ」
店主の妻が伊勢に手招きして、奥へと促す。
「あのっ・・謙信様・・これは・・?」
「伊勢・・越後一の反物で着物を作らせておいた。越後のおなごは、みな越後上布の着物を着るのだ」
「伊勢姫様・・謙信様の目利きのよさは有名なんですよ。いつもはご自分用のをお買い上げにくるのですが、姫様用の反物を購入すると聞いた時は、そりゃぁ、驚いたのなんの・・・」
「町の名産品の質を自らの目で確認するのは当然のことだ」
「そうだったんですね」
伊勢は、驚いたものの、頬を染めて店の奥に入って行った。
「謙信様・・謙信様が見立てた越後上布で作った着物は、とても美しい着物に仕上がりましたので伊勢姫様にきっとお似合いですよ」
店先で伊勢を待つ謙信に店主が話しかける。
いつもは笑うことのない謙信が満足そうに微笑んでいる。
「伊勢姫様に似合いそうな髪留めを取り寄せておきましたが、ご覧になりますか?」」
店主が店の奥からキラキラと輝く髪飾りをいくつか取り出してきた。
黄色い花をあしらった、ひときわ美しい髪飾りを謙信は手に取る。
「これを・・」
「かしこまりました」
謙信はそっと懐にしまった。
「謙信様・・・伊勢姫様の着替えが終わりましたよ」
店主の妻の後ろに、伊勢が恥ずかしそうに立っている。
「なんと・・お美しい!!」
店主のひときわ大きな声が響き渡り、店にいたものが皆振り返る。
「・・・おぉ。こんなお美しい姫君を見たことがない!!」
「謙信様がお連れになった姫は、天女のまばゆさを持った方だ」
「・・謙信様。お心遣い、ありがとうこざいます」
頬を染めた伊勢が頭を下げる。
「伊勢・・とても似合っているぞ」