情熱
第1章八 「甘いささやき」
「馬を用意しろ! 」
謙信は、千葉 采女に手紙を送っていた。
〜伊勢姫の心配はいらない。客人として丁重に扱っている。伊勢は馬が好きだと聞いている。伊勢の愛馬である天馬をこちらに送ってほしい。親元を離れ、気が滅入っているようなので伊勢に送りたい〜
伊勢の父・千葉采女から届いた真っ白い天馬と謙信の愛馬・詮が厩舎から城門へ連れてこられていた。
「伊勢・・伊勢はおるか」
ふくが慌てて謙信殿に返答する。
「伊勢姫様はご気分が悪くお休み中でございます」
謙信は気にせず、伊勢の部屋へ入って行く。
香を焚いていた伊勢は驚きを隠せない。
「伊勢・・気分はどうだ? 顔色は悪くないな。伊勢に見せたいものがある。歩けるか?」
「・・謙信様? どうなされたのですか? 伊勢は、病気などではございません」
「そうであったか・・それは良かった。じゃ、俺についてこい」
謙信は、ふくをちらっと睨み有無をも言わせず、伊勢の手を取った。
謙信にしっかりと手をつながれ城門まで連れてこられた時・・
「ヒヒーン」
馬の嘶きが聞こえた。
「天馬・・天馬じゃないの。どうしてお前がここにいるの?」
「俺が引き取ったのだ。この馬は良い面構えをしている」
「こちらの馬は・・?」
「これは、俺の馬だ」
天馬と仲良くじゃれあっている馬はクリーム色をしており、陽に輝いて黄金色にもみえる。
「もう・・お前たちは、仲良くなったのか」
謙信が馬たちを見て笑う。
「可愛い・・・。お口のまわりだけ黒いのですね」うふふっ。
「この馬の名は詮。 どうだ・・これから俺が城下を案内してやろう」
謙信は、伊勢を抱き上げ天馬に乗せる。
「そうか・・着物では一人で乗ることはできないな」
謙信は、伊勢を胸に抱きかかえるように天馬に乗り込んだ。
「・・・謙信様」
「城下までの我慢だ。行くぞ、天馬!」
走り出す天馬のたてがみが、太陽の光でキラキラと輝いている。
謙信は、左手で手綱を握り、右手は伊勢をしっかり抱えている。
伊勢は頬を染めて、謙信を見つめている。
伊勢の美しい髪が揺れ・・
「伊勢・・俺が怖いか?」
「・・・いいえ。怖くなどありません」
「そうか」
たったそれだけの短い言葉だけで、二人の心は温かくなっていた。