婚約
第二章二十六 「純情」
「伊勢・・おはよう! さぁ、今日は信玄様の最後の講演よ。早く講堂にいくわよ」
幸が伊勢を講堂へと連れていく。
信玄の最後の講演ということもあり、すでに大勢の人が集まっている。
「伊勢、もう席はないみたいだね。信玄様の人気はやっぱりすごいな! また、いつものように私たちは、立ち見でいきますか」
「幸ったら・・でも本当にすごい人だね」
二人が講堂に入り、しばらくすると信玄の講演が始まった。
信玄は、見事な語り口で皆をうっとりさせ時間を忘れさせる。
「今日が、最後の講演です。これまで海外の事など色々とみなさんに話して来ましたが、これを持ってすべての講義が終了です。最後に皆さんから何か質問等ありましたらお受けしたいと思います。何か、質問はありますか?」
信玄の問いに一人の女学生が手をあげる。よく見ると信玄に手紙を渡そうとして断られた女学生だった。
「信玄様に質問です。信玄様はよく海外に行かれるのですが、結婚される場合、相手の女性にはしっかり家庭を守る良妻賢母を求めますか? 信玄様の理想の女性像はどのようなものですか?」
「おや、おや・・随分、唐突な質問ですね」
「信玄様のような方には、良妻賢母の女性が似合うと思いまして・・・」
「ちょっと、伊勢。あの子、あんたと信玄様が付き合ってると聞いて、わざとあんな質問してるんじゃない。あんた・・この女学校の落ちこぼれだもんね」
幸の言葉が、胸に突き刺さる。黙ってうつむきながら信玄の言葉に耳を傾ける。
「新しい女性が私の理想です。確かに料理も裁縫も上手な人であれば良いですが、そのようなことが出来なくても気になりません。一緒に楽しい時間を過ごし、語らい、笑い・・・女性でも怖がらずに海外を見たいという勇気のある女性が私の妻となる人です。・・・・みなさんも知っての通り、私はここの生徒である伊勢さんとお付き合いをしています。今まで隠していたわけではありませんが、私たちは先日、婚約しました。ですから・・私の理想の女性は、伊勢です」
堂々と結婚宣言されると、さすがに伊勢の顔も真っ赤になる。
「キャー。イヤー。やっぱり噂は本当だったのね。」
「伊勢・・信玄様はやっぱりかっこいいね。こんな大勢の前で宣言しちゃうんだもんね」
幸が興奮して喜んでいる。
この日、信玄と伊勢の婚約が、皆に知れ渡った。
ー翌日ー
町外れの寂れた宿。
昔は、街道で人の出入りも多く賑わったこの場所も今では人通り少なく、街灯の明かりも薄暗い。
日が暮れた夕闇の中、人目を忍んで男女がやって来ては、朝早く、人目を忍んで帰っていくというそんな宿に成り下がっていた。
部屋は、薄暗い行灯が灯され、客が来る前には、布団が敷かれている。
男は、部屋へ入るなり激しい欲情を抑えきれず、連れの女を布団に組倒し、乱れた裾から女の太ももを弄る。着物の帯を乱暴に解いて女の乳房を甘噛みし早急に女を求める。
そんな男に対して、女が不機嫌そうに話しかける。
「もう・・今日は、どうしたんだい。もう少し、優しくしておくれよ」
「志乃、お前もこんなに欲してるじゃないか」
「そりゃそうだけど・・なんか今日は激しすぎやしないかい」
「お前とは、芸者の時からの付き合いじゃないか。お前があの年寄りの公爵に引き取られた時だって、お前の体を満足させていたのは俺だろう。お前とは、体の相性がよい。これからもお前を離したりはしない」
「人の気も知らないで・・・都合のいいことを平気で言うんだね。信玄様の婚約者はうぶな生娘じゃないのかい。こんなことが知れたら大変なことになるよ」
「伊勢には、知られなければ良いことだ。あれはたっぷりと時間をかけて、俺好みの女にしていく」
「なんだい。まるで、源氏物語の光源氏のつもりかい。困ったお人だよ、信玄様は・・・」
二人は、薄暗い行灯の元、禁断の恋を激しく燃え上がらせる。
深い闇夜は、すべてを飲み込むように更けていく。




