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桜の花びら

第二章二十五「セレナーデ」


いつものようにフルーツパフェを可否茶館で食べた後、信玄は伊勢に美しい桜並木を見せるため、この場所へ連れて来た。付き合い始めてしばらく経つが、伊勢の心は閉ざされたままで、今だに遠慮がちに信玄の横を歩く。


信玄は、そっと伊勢の手を握りしめる。

少し驚いた様子を見せるものの、伊勢は信玄の手を振り払おうとはしない。


春の柔らかな風が、ひらひらと桜の花びらを舞い散らしている。

ふと、伊勢の顔をみると、何かを思うように、繋いだ手とは違う手の平で桜の花びらを捕まえようとしている。

花びらは伊勢の手に落ちることなく舞い散っていく。

何度捕まえようとして手を伸ばしても・・・花びらは伊勢の手のひらに落ちることはない。


見ていると、伊勢の柔らかな髪に桜の花びらが舞い降ちていく。


「伊勢・・」


振り向いた伊勢の髪から花びらを拾い上げる。


「まぁ、桜の花びらったら・・私の手では捕まえられないのに・・・」


微笑む伊勢は、少女の顔ではなく、すっかり大人の女の顔にみえる。


信玄は、伊勢の髪を撫で、そっと引き寄せる。

近づいて来た伊勢。信玄の切ない思いがこみ上げてくる。

抑え込んでいた情熱の波が溢れだし、その柔らかな唇にそっと大人の口づけを交わし愛を伝える。





信玄との初めての口づけは、伊勢の心をかき乱す。


「・・・信玄様」


「伊勢、もうすぐ卒業だな。・・・・卒業したらすぐに・・一緒になろう」


信玄に求婚されることは、なんとなくわかっていた。



・・どうして、私の心は、こんなに乾燥しているんだろう。

信玄様は、ずっと待っていてくれた。誰よりも優しく私を守ってくれる人。

それなのに・・。


幸にも言われた通り、謙信様とのことは、忘れるしかない。忘れて前に進むしかないのはわかっている。




信玄は伊勢に微笑みながら語り出す。


「伊勢。一緒にサンフランシスコへ行こう。シルク貿易の仕事で来月からアメリカに行くことになっている。エミリーにも会えるぞ。お前自身の目で外国を見ることが出来る」



こんなにも優しく私を包んでくれる人は、この人しかいない。

わかってはいるのに・・すぐに"はい"と言えない。

自分でも・・もどかしく、悲しい。


そんな伊勢の様子に気づいた信玄。


「結婚はアメリカから帰国してから盛大にしょう。今は、結婚すると約束してくれるだけでいい」


私には、この人の優しい愛を断る理由が見つからない。


「結婚は・・帰国してからでも良いのですか?」


「ああ、勿論だ。婚約してさえいれば、お前の両親もサンフランシスコ行きを許してくれるだろう」



何を迷っているのだろう。


もう、謙信様はいない。


私の思いは届くことなどない・・・。


幸にも信玄様と向き合うと約束した。私の夢は・・・外国に行くことだったはず。

信玄様の胸に飛び込んだら・・私の迷いもいつかは消えて、信玄様を愛することが出来るようになるとみんなは言う。きっと・・そうなのかも知れない。何を迷っているのだろう。私は、迷うことなどないはず。


謙信様は、もう・・・私を愛してはいないのだから・・。



「信玄様、私は・・・まだ・・」


伊勢の口に手を寄せる。


「わかっている。それでもお前を愛している。夫婦になれば、二人の時間はたっぷりある。お前は、必ず俺を愛するようになる。だから、時間をかけて、俺を見てくれないか。そして・・お前の愛を俺にくれ」


こんなにも・・私を愛してくれる人。断ることなどできるはずもない。


「こんな・・私でも・・本当に良いのですか?」


「伊勢・・愛している。誰よりもお前を・・愛している」



涙が溢れてくる中、そっとうなずく。


伊勢の流す涙は、嬉し涙なのか・・・それとも、悲しい涙なのか・・伊勢自身にもわからずにいた。

ただ・・ただ・・なぜか涙か溢れて来た。


「伊勢・・」


信玄は、情熱的に伊勢の唇を奪う。

合わせた唇は、涙の味がする。

大切な宝物を扱うように、やさしく抱きしめ伊勢の心をほぐしていく。


「俺が、お前を幸せにする」


二人は、この日初めてお互いの心に触れ合い、伊勢は信玄の愛おしい思いを受け入れる決意をする。


「伊勢、二人で幸せになろう。お前には笑顔が似合っている。俺はお前を悲しませないと幸さんとも約束した。だから、これからお前が泣くときは、嬉し涙の時だけだ。いいか、伊勢。俺が、お前を絶対に守ってみせる」




春の桜は、ひらひらと舞っている。

風は、頬を吹き抜け・・・(とき)を刻んでいく。


胸の内、変わらずにいることなど誰も知らずに・・・


また・・桜の花びらがひらひらと散っていく。




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