前世の約束
第二章二十 「絶対に渡さない」
何時間もの沈黙の後・・・
手術室から緑の電灯が消え、絶の手術は終了した。
絶は、呼吸器で口を塞がれ意識ない状態で病室に運ばれて来た。
「先生・・」
「命の心配はありません。足の骨折もいずれは治るでしょう。しかし、背中を強打したために、骨髄を損傷しています。歩くことは困難かと・・」
「先生・・・絶は・・歩けなくなるというのですか」
言葉に詰まりながら問いかける。
「残念ながら・・」
「うぅぅ。なんということだ」
泣き叫ぶ、近衛公爵。・・・・立ち尽くす謙信。
手術から数時間か経った頃・・・
絶が、麻酔から目を覚ます。
「絶・・・」
近衛公爵が話しかける。
医者が呼ばれ・・絶の診察をする。
絶は、目覚めた当初・・状況を把握することが出来ずにいたが、麻酔の目覚めと共になぜ、病室にいるのかを理解する。
「先生・・・私は・・・」
「絶さん。あなたの足は骨折しています」
「・・先生。私・・・足の痛さを感じません」
「そうですね、絶さん。あなたは骨髄を損傷しています。痛みを感じないだけでなく、これからは歩く事も困難になると思われます」
「えっ・・先生、今なんとおっしゃったのですか?・・・歩けないとおっしゃったのですか・・・嘘ですよね。そんな・・・うそです・・いや〜〜っ!」
悲しい現実を突きつけられ泣き叫ぶ絶。
近衛公爵と謙信は、言葉なく頭をひれ伏した。
謙信は、毎日伊勢のお見舞いに来ている。
そんな謙信を絶は、冷たく遇らう。
「私が歩けなくなったのは、あなたのせいです。あなたが私を突き飛ばさなければ・・」
絶の言葉にうなだれる謙信。絶の苦しみは、怒りとなり、謙信に激しく投げつけられる。
あの夏祭りの日から影家が、伊勢の家に来ることはなくなった。
伊勢は、不安な心から食事が喉を通らなくなっていた。
「伊勢・・・このままじゃ、私の方がおかしくなりそうだよ。こんなに痩せちゃって・・。私と一緒に、今日、学校が終わったら・・・絶さんのお見舞いに行くわよ」
幸は、伊勢を心配して一緒にお見舞いに行く事を提案する。
「幸・・私には何も出来ないの」
「ばかだね。何も出来なくてもいいの。今のままじゃ、あんたが死んじゃうよ。いい・・どんな状況で謙信様が伊勢に手紙をくれなくなっちゃったのか、ちゃんと確かめないと・・・。食いしん坊のあんたがご飯も喉を通らないんだよ。これじゃ、生きてても殺されてるのと同じだよ」
「幸・・私・・怖いの。謙信様が・・もう私から離れてしまったようで・・・」
「伊勢。このままじゃ、ダメだよ。ちゃんと現実を見て前に進まなくちゃ。どういう理由にしろ、ちゃんと何が起こってるのか自分の目で確かめなくちゃ。私たちは・・強い、明治の女なんだから・・ね」
「・・・幸」
幸と伊勢は、絶が入院している病院にお見舞いに行く。
謙信は、今日も絶の病室に来ていた。
「謙信様・・私をこのような体にした責任を取ってくれますよね。これから先・・一生、私の足となってくださいね。絶対に、私を捨てたりしないで。私は、もう・・歩くことができないのだから・・もし離れたら、私は死にます」
「絶さん・・責任は取ります。どの様な理由にせよ、あなたを傷つけたのですから・・・」
「謙信様・・私はずっとあなたを待っていたのですよ。こんな体にしたのは、あなたです。私と結婚してください」
「絶さん・・私の一生をかけて償います。でも・・結婚だけはできない」
「なぜ・・・伊勢なの・・伊勢が好きだから結婚してくれないの」
「絶さん。あなたのそばで、いつでもあなたの望みを叶えると約束します。でも・・・心だけは・・自分に嘘はつけない」
絶が窓際のベットから、外の景色に目を向けると伊勢と幸が歩いて来ているのが目に入る。
伊勢になんか・・絶対に謙信様を渡さない。
「謙信様、今は夫婦にならなくてもいいわ。でも条件があります。あなたは私のもの。私が望んだらいつでも、口づけをして私を慰めて。そして、あなたと私の関係は、絶対に誰にも話さないで」
「それが・・君の望みなのか」
「そう。私の側にずっといて。私はあなたの口づけだけで・・満足できる」
「・・・」
断ることなど出来ないと・・頭では理解していたが、頷くこともできない。
絶はそんな状況を弄んでいる。
「謙信様・・断ることなどできないはずよ。お願い。今・・私に優しく、口づけをして」
目を閉じる絶。謙信は、感情を押し殺し・・絶に優しく・・・口づけをする。
ドアは、開かれていた。
「伊勢・・行くわよ」
「・・うん」
「・・・・失礼します。お見舞いに来ました」
幸と伊勢が病室に入る。
病室の窓から入る日差しは眩しく・・謙信と絶を一つのシルエットにしている。
二人の重なり合う唇は、時間が止まったかの様に燦々(さんさん)と光を放って浮かび上がっていた。
「・・・・・」
持って来た花束をその場に置き去りにして、走り去って行く伊勢。
謙信は伊勢の横顔をハッキリと見た。
「・・・伊勢、待て・・違う・・」
追いかけようとする謙信の手を絶が捉える。
「行かないで」
絶の手を振り切る事などできない。
激しい憤りの中・・・
「絶・・伊勢を追っては行かない。だが・・今は一人になりたい」
「ダメ。どこにも行かないで。私にはあなたが必要なの」
「伊勢。まって・・・伊勢」
幸が、伊勢のあとを追いかけてくる。
「伊勢・・・」
伊勢を強く抱きしめる幸。
「こんな時は・・・我慢しないで、思いっきり泣いていいんだよ」
「・・・幸・・・」
幸に抱きしめられながら・・伊勢は思い切り泣いた。
子供の様に・・・声を出して泣いた。
涙は枯れることなく溢れて来る。
「・・・伊勢。いっぱい泣いていいんだよ。いっぱい泣いて・・涙が枯れたら、きっと謙信様を忘れられるよ」
「・・・・うん。好きな女にしか口づけしないって言ってた謙信様が・・・絶さんに口づけしてた。・・私・・・私・・やっぱり振られちゃったんだよね」
溢れる涙で嗚咽する伊勢を強く抱きしめる幸。
「・・・頑張ったね、伊勢。今日は、うちに泊まっていきなよ。思いっきり泣いていいからさ」
「幸・・・ありがとう」
嗚咽しながら幸の腕に抱かれる伊勢。
「おい、謙信。どういうことなんだ」
「政宗。伊勢を・・・頼む」
「お前、本気なのか」
絶の状況を聞き、驚く政宗を前に、謙信は静かに決意をつぶやく。
「お前のせいではないだろう。それなのに・・」
「今、絶を見捨てたら絶は命を落とすだろう。絶を見捨てることは出来ない」
「・・・お前は、伊勢を諦めきれるんだな」
「俺は、伊勢を幸せに出来ない。今の俺に許されているのは、伊勢の幸せを願うことだけだ。伊勢の幸せを祈ることだけが・・今の俺に出来ることだ」
「お前・・・」
「頼む。俺はもう、伊勢に会うことはないだろう」
夏の終わり・・・
それぞれの切ない思いが時を刻み・・・いつしか・・季節は秋になろうとしていた。




