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夏祭り

第二章十八 「嵐」


「伊勢〜。支度は出来たのか?」


もう。健太兄様ったら、今日は紅華も一緒だからって、張り切ってるのはわかるけど・・。まだ待ち合わせの時間よりだいぶ早いのに・・・


夏祭りの日のためにと、しまが縫ってくれた薄黄色に小さな花をたくさんあしらった可愛いゆかたに袖を通していた。


越後上布という特別な布で作ったこの浴衣は、謙信が伊勢のためにと取り寄せた特別な反物だった。影家が、持って来た時、謙信がしまの大切な髪飾りに合わせてこの反物を選んだと耳打ちした。しまは、謙信のやさしさに、遠い若い頃の能景(よしかげ)の面影をそっと感じていた。能景さまとは、一緒になれませんでしたが、あなたの孫と私の孫が私たちのように悲しい思いをしませんように・・・心の中でそっと呟く。




影家はあの日から毎日、伝右衛門の朝稽古に付き合っている。朝稽古の後は、一緒にお茶を飲むのも日課となっていた。その時にしまが伊勢のために作る浴衣の布を探していると話したのだ。

伝右衛門も毎朝のこのひと時を楽しんでいる。その様子を信由も知っていたので、謙信との交際を許すのも時間の問題だろうとしまは感じていた。


「お嬢様、お似合いですよ。とても素敵です。やっぱりお嬢様にはこの色がお似合いですよ」


「うふふ。ありがとう」


謙信様は、お仕事があるので仕事が終わり次第、夏祭りに来てくれることになっている。

勿論、みんなには内緒。偶然あったことにすればいいと手紙に書いてあったのでこれは二人だけの秘密。


「おばあさま、素敵な浴衣をありがとうございます」


「姉上は、新しい浴衣でいいですね。僕は兄上のお古ですよ」


「直胤、お前にはわからないだろうが、俺には今日のために絶対新しい浴衣が必要だったのだ。お前の分まではさすがのおばあさまでも作る時間がなかったのだから、俺のお古で我慢しろ」


「兄上。私には兄上の事情などよくわかりませんが、今日は・・美味しいものをご馳走してくださいよ」



三人は、ワイワイと出かけて行く。


お祭りが行われる妙見神社の境内には、たくさんの夜店が出ていた。広い境内の広場には踊りのための大きな(やぐら)が組まれ太鼓も用意されている。神社に続く道なりの店も人が溢れかえって賑わっている。


早く着いた三人は、神社にお参りしてみんなを待つことにした。


パン・パン・・お辞儀をして・・お祈りする三人。


「どうか、謙信様と私を見守ってください。交際が認められ、ずっと一緒にいられますように。あと・・私の夢も叶えば嬉しいです」


ちょっと欲張りすぎかなと思いつつも・・・長い時間、手を合わせる伊勢。

権太も直胤もまだ手を合わせている伊勢を苦笑いしながら見ている


「姉上、そんなにたくさんお願いするには、もう少しお賽銭をはずんだ方がよいのではないですか・・」


「直胤。妙見様はお空からちゃんと願いを聞いてくださるわ。まっ。でもちょっと欲張りすぎたかしら・・・」




「伊勢〜」


向こうから走り寄ってくる紅華と進之介。


「あら、政宗様はまだいらしてないの」


「政宗ならもうすぐ来るだろう」

権太が答える。


「みんなで金魚すくいでもしないか。伊勢は金魚すくいがしたかったんだよな」

権太は紅華から政宗を忘れさせたく話し続ける。


「伊勢はまだ子供ね」


「紅華・・紅華だって本当は好きなくせに・・・」


笑いながらみんなが金魚すくいへと走り出す。





政宗は少し遅れて神社に到着していた。仕事が長引き浴衣に着替える時間さえなく、仕事からそのまま急いで来たのだが、それは仕方がない。早く伊勢達と合流して伊勢の笑顔が見たい。


夜店へ向かって歩き出すと、(やぐら)のそばで謙信の姿を見つける。

なんで、謙信がこんなところにいるんだ。

政宗は、苛立ちながら目を合わさないように走り去ろうと足早に駆け出す。





謙信は、仕事を終わらせ一人、伊勢と約束したとおり、夜店へ来ていた。

人だかりの中、伊勢を見つけるのは至難の技ではあるが、どんな浴衣を着ているかを知っている。伊勢のために特別に取り寄せた反物で作った浴衣だ。きっと伊勢に似合っているだろう。伊勢の浴衣姿を想像すると、謙信の胸をときめかす。早く伊勢に会いたい。



近衛公爵と妹の絶もまたお祭りに来ていた。


「お兄様、今日はここで皆が踊るそうよ。踊りは私の得意ですもの。ぜひ参加しなくちゃ」

「絶は、昔から踊りが好きだったな」

近衛公爵と二人、櫓のそばにやって来る。

あっ、あそこに謙信様が一人でいる。

「・・・謙信様〜」



キーン。ヒュー。ゴー。

それは・・・突然の出来事だった。


急な耳鳴りを感じ辺りを見回すと、真っ黒い雲が空を覆っていた。

空は急に暗くなり、冷たい風がヒューと吹き抜けて行く。

激しい雷の音が聞こえたと同時に(やぐら)がフワッと持ち上がり、空に登って行く。


ドカーン。ザザザー。

降り出した嵐のような(ひょう)と一緒に舞い上がった櫓の木々が大砲のように地面に落ちて来る。

皆の動きが雷の音で止まる中、絶だけは謙信の姿しか見えていないように走り出す。


「謙信様〜」

その・・瞬間だった。


危ない!!


絶の真上に積乱雲で持ち上げられた大きな木が一直線に落ちて来る。

謙信は絶をかばうため、力一杯、絶を押し除けた。


ドスン。

絶の体は、強く地面に打ち付けられる。竜巻は、あっという間にこの場を立ち去り辺りには静寂が戻っていた。



「絶、大丈夫か」

「足が・・・足が・」そのまま絶の意識が遠のいていく。



「ひどい竜巻だったな」

「おい・・あそこで人が倒れているぞ」

人々が叫んでいる。


政宗は、謙信が絶を助けようとして起こした行動の一部始終をはっきり見た。


「謙信。おい、大丈夫か」


「政宗。絶を今から病院に連れて行く。お前は伊勢に・・会えなくなったと伝えてくれ。頼む・・」


「わかった」


病院に運ぶため謙信の背に絶を乗せ、近衛公爵と先を急ぐ二人を政宗は呆然と見送るしかなかった。



畜生、こんな状況を見てしまったら・・・

今日は伊勢に迫ることなんて出来ないな。

謙信の野郎。

いつも、俺の邪魔しやがって・・


1884年(明治17年) この年に発生した台風・暴風は2000人近くもの人が亡くなるという大惨事となり歴史に刻まれることとなる。




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