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雪解け

第二章十七 「誤解」


影家は、毎日手紙を届けていた。あれから一ヶ月。

今日もいつものようにドアをノックする。


トン・トン・・


いつもなら、すぐにふくが出て来てさっと手紙を受け取るのに、今日に限って返答すらない。


トン・トン・トン・・





朝の日課である竹刀の練習中に・・なんと気の散る事よ。

ふくはどこに行ったのじゃ・・しかたなく、練習を休めて玄関に向かう伝右衛門。




「・・・お前は、上杉のものではないか」


「はい、今日も謙信様からの手紙を持ってまいりました」


「なんだと・・手紙だと。わしの知らぬ間に、毎日手紙を届けていたというのか」

言葉と同時に竹刀が影家の肩に叩き落される


「許さん。今すぐ出ていけ」


「うっ・・」


落とされた竹刀の痛みにじっと耐える影家。


「いいえ。私はこの手紙を受け取っていただくまで帰りません」


「なんだと・・貴様」


伝右衛門の竹刀は容赦なく何度も、何度も影家を打ち付ける。

影家の首筋からは血がにじみ出ている。


「これでもまだ帰らぬというのか・・ええぃ・・忌々しい」


「何事ですの」

玄関先で騒いでいる音に気づいて、しまが出てくる。


「まぁ〜。なんてことでしょう。殿(でんえもん)、無抵抗な方をこのように傷つけるとは、武士の心得として恥ずかしくはないのですか。傷の手当てをいたします。さぁ中にお入りなさい」


「しま、そいつに構ってはならん。そいつは上杉のものよ」


殿(でんえもん)。いい加減にしてください。この方は殿が傷つけたのですよ」


「私は大丈夫です。この手紙を受け取っていただければ、すぐにおいとまいたします」


「まずは、傷の手当てが先ですよ。さぁ、お入りなさい。殿、よろしゅうございますね」

強い口調で言い切る


「・・・・・うぅぅ・仕方あるまい・・」


影家を家に入れ、しまが傷の手当てをする。




「さぁ、これで良いでしよう。ごめんなさいね。殿(でんえもん)は、上杉と聞いただけで見境えがなくなり、こんな事を」


「いいえ、伝右衛門様のお怒りは十分わかっております。ただ、いつか誤解を解ければと謙信様は願っております」


「しま・・その男のいうことなど聞くな。上杉はわしの敵だ。死んでもなお、お前の心を奪っておる」


「殿・・もしかして、私と謙信殿の祖父・能影(よしかげ)様の過去を気にされているのですか」


「・・・ぅぅう。そなたは今でもわしより上杉の事を想っているのだろう」


「何をおっしゃっているのです。殿はずっとそのように私のことを思っていたのですか。なんと・・情けない。私は殿と一緒になって幸せですよ。若い頃の事は、良い思い出として、とうの昔に心の整理をしておりましたのに」


「・・そうなのか? わしと見合いで結婚したお前が、本当はわしのことなど好いておらず、心の中でいつも思っているのはずっと上杉だと思っていた・・・」


「私は結婚した時から、あなたをずっと慕っていたのに・・・そんなことを思っていたなんて・・・」


「・・・・・うぅぅ。そうだったのか」


「そうですよ。ですからもう、謙信殿の事もそっと見守ってあげてはいかがですか」


「・・・・・」

「うぅ・・おい・・。・・そこの上杉のもの・・そなたが持って来た手紙をわしに渡せ。わしから信由に渡しておいてやる」


「伝右衛門様、ありがとうございます」


「明日も来るのだろう。よいか・・明日来た時は、竹刀を持って参れ。わしの朝稽古に付き合わせてやる。よいな」


「かしこまりました。それでは、この二通を確かにお渡しいたします。私はこれで失礼しますが、明日からは、伝右衛門様の朝稽古におつきあいさせていただきます」




手紙を渡し、影家は立ち去る。



「しま・・・これで良いのだな」


「そうですね。恨み合っていても何も良いことなどありません。時代も変わったのですから、私たちも変わってゆかねば・・・。今日の朝稽古はこれくらいにして、お茶を入れるので一緒にどうですか。美味しい梨もあるので、皮を剥いて差し上げますよ」


「梨か・・良いな」








「謙信様、ただいま帰りました」


「影家、どうした、その傷は」


「これですか。・・やっと伝右衛門様と和解することができました。伝右衛門様から伊勢様の父上・信由様に手紙を渡してくださると・・。明日からは、朝稽古にもご一緒することになりました」


「こんなに殴られて・・・すまない。影家」


「何をおっしゃいます。こんなことで、長年の憎しみが消えるのなら、たいしたことではありません」







「ただいま〜」


「おかえりなさいませ」


「ふく・・今日も手紙は届いた?」


毎日、帰宅時にふくに聞くことが日課になっている伊勢。


「それが・・・今日は届かなかったのです」


「えっ? 」


手紙が届くことで謙信の気持ちがつながっていると信じていた伊勢はつよい衝撃を受ける。


「そう・・どうしたのかしら。何かあったのかしら・・それとも・・」




「おう・・伊勢。帰って来よったか。待っていたぞ」


「あっ、おじいさま。ただいま帰りました」


「これはお前宛に届けられた。ほら・・・」


「なんでしょう」


「上杉のものが届けに来た手紙だ。お前の分と信由宛に毎日届けに来ているやつだ」


「おじいさまが受け取ったのですか」


「そうだ。上杉のものも話してみるとなかなか骨のあるやつだ。明日からはわしが直々に朝稽古をつけてやると申し渡しておいたわ・・・ハハハ」



「そうだ。ふく、手紙のことをわしに隠しておったな」


「ふく・・毎日・・私宛にも手紙が届いていたの? 」

伊勢がふくを睨みつける


「申し訳ありません。先が見えなく、恨み合っている状況でお嬢様に悲しい思いをさせたくないと、私の一存でお嬢様宛の手紙を隠しておりました。信由様がお許しになった時に全てを話し、手紙もお渡しするつもりでした」


「ふく・・・ひどいわ」

泣き出しそうな顔の伊勢


「伊勢、ふくはお前のことを考えてやったことだ。気持ちはわかるが、お前を案ずる心を怒ってはならぬ」


「おじいさま・・・」


「お嬢様・・これが、今まで届いた手紙でございます」


全ての手紙を受け取り、伊勢は部屋へ走り去る。


謙信様は、私のことを嫌ってはいなかった。それどころか・・毎日私にも手紙を書いてくれていた。

一枚ずつ読みながら、目から涙が溢れてくる。


手紙には、謙信の毎日の出来事や次の日の予定。そして・・伊勢への変わらぬ思いが綴られていた。

どの一枚にも謙信の優しさが感じられる手紙だった。

志乃公爵夫人のこともしっかりと書かれている。信玄と一緒にいる伊勢に少し驚いたが、久しぶりに伊勢の顔を見れた事は嬉しかったとも書いてある。謙信様は、何も変わっていなかったんだ。手紙を宝物のように見つめる伊勢。


これまでの事、手紙に書いて謙信様に話そう。全て包み隠さず、志乃夫人にちょっとやきもち焼いてしまったことも謝ろう。あんぱんのことも話さなくちゃ・・謙信様・・きっとまた笑うんだろうな。

あっ・・夏祭りへ行くことも書かなきゃ。謙信様も一緒に行けたらいいな。


絡まった糸が・・少しずつほぐれていくのを感じながら、伊勢はペンを握った。


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