二人の思い
第1章七「溢れる思い」
影持は、謙信が伊勢姫に会おうとしない事を不思議に思う。
「殿・・なぜ伊勢姫にお会いにならないのですか?」
「伊勢は俺を恨んでいるだろう。人質同様に連れてこられたのだ。当然のことだ」
「殿は以前、天女に会ったと言っていましたが、彼女が殿の天女なのではないですか?」
「影持・・俺は小さい頃、仏門に入りこの世と別れを告げたのだ。本来ならばあのまま仏門の道に行くべきものを現世に戻され元服させられた。そして何度も戦をしてきた」
「それで殿は、殺生以外の仏門の掟を厳しく自身に課しているのですか?」
「そうだ。直江の娘・ふえにはかわいそうな事をした。まさか、尼になるとは思ってもいなかったのだ」
「殿・・・」
「あの日・・平井城下で、伊勢が野盗に襲われていた。俺は、女に関わる事を避けて来たが、どうしても我慢がならなかった。伊勢は、俺が初めて奪ってでも手に入れたいと思った女だ。平井城に攻め入ったのも伊勢を信玄や伊達に渡したくなかったからだ。」
「殿・・・伊勢姫に会って殿の思いを伝えるべきです。何も言わなければ、伊勢姫は殿を受け入れてはくれますまい。」
謙信は、夜空を見上げ・・月を見ながら、黙って影持の話を聞いていた。