蜘蛛
第二章十二 「難題」
トン、トン・・
ドアをノックする影家。
「信由殿にお会いしたく、参上致しました」
ドアを開けたのはふくだった。
「旦那様は出かけております」
「そうでしたか。それではこの手紙をお渡し頂けると幸いです。こちらは信由殿に、こちらは伊勢殿にお渡しください」
「あなたは誰ですか」
「あっ・・申し遅れました。謙信様に使えている柿崎影家と申します」
影家・・どこかで聞いたことがあるような。初めて合うこの男・・どうもいけ好かない。
ふくは、憎悪にも似た感覚を初対面のこの男に抱いていることを不思議に思うが、どうしてもその感情を消し去ることが出来ない。
「お預かりはしますが、旦那様が読むとは限りませんのでご承知おきを」
冷たく返事を返す。
「わかりました。今後、毎日届けに参りますので、よろしくお伝えください」
「影家殿。あなたが謙信様を思いこれから毎日、手紙を届けると言っておられるが、家同士のことはご存知なのですか」
「存じております」
「謙信様のお爺様と伊勢様のおばあさまの話だけでなく、そのもっと以前・・上杉に嫁ぐはずだった姫さまが上杉に騙され殺された話もですか」
「聞き及んでおります。ですが・・騙すつもりはなかったと上杉では言い伝えられております」
「何と勝手な言い訳を。そのようなひどい仕打ちをされたのですよ。悲しい仕打ちをされてもなお、今また、お嬢様が上杉のものを好きになるとは・・。お嬢様のお気持ちは本人からも聞いて知ってはいます。味方になりたいと思ったこともありました。でも、心の奥底から聞こえてくる本心は違います。今でも許すことが出来ません。あなたも両家のことを思うならば、謙信殿にこのような無駄なことをお控えくださいと伝えるべきではありませんか」
「ふくどの、私も正直、二人の交際には反対でした。しかし、二人の思いを知ってしまったのです。そして、謙信様の幸せを心から願っています。二人が離れ離れになることは謙信さまの心を奪うもの。そばでお使えしているからこそ、その誠実さを誰よりも知っています。ふくどのも伊勢さまのそばにいて誰よりも伊勢さまの純粋な心をわかっているのではないですか」
「どうしてかはわかりませんが・・・あなたが信用できません。何故か、胸騒ぎがするのです」
「ふく殿・・・突然のことで、心の整理がつかないのでしょう。今日はこれで失礼しますが、明日もまた参ります」
二通の手紙が渡され、ドアが閉められる。・・・と同時に伝右衛門が走り寄ってきた。
「ふく、何事じゃ」
ふくは慌てて手紙を隠す。伝右衛門ならこの場で破り捨てるとわかっていたからだ。
「あっ。今、道に迷った方が道を尋ねるためにドアを叩いたので対応しておりました」
「そうか、それなら良いが・・ もし、また上杉のものが来おったら、わしが竹刀で追い払ってやろうと思ってな」
「大旦那さまったら・・」
「ふく。上杉のものをこの家に一歩でも入れてはならん」
ふくは困り果て苦笑いするしかなかった。
ふくが信由に手紙を渡したのは、信由が帰宅した時だった。
「ふく、捨てておきなさい。読む値もないものだ」
「・・・はい。かしこまりました」
ふくは、信由に捨てるように指示はされたが、分厚い本の下にそっと差し込んだ。
ふくは・・・伊勢の部屋へと向かうが、その足を止める。
お嬢様は、まだこの手紙のことを知らない。しばらく私が預かろう。
この先どうなるかもわからない。悲しい思いをさせるわけにはいかない。
ふくは、一抹の不安を覚え伊勢への手紙をそっと胸元にしまった。
その日から影家は、毎日二通の手紙を届けに来るようになる。




