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第二章十 「因果」


「お待たせいたしました」


緑のドレスは、伊勢に届けられた時、派手さだけが目立っていたが、袖を通すと今までの伊勢とは違うイメージとなり、大人の色気さえ漂って来る。


「お嬢様、お気をつけて、いってらっしゃいませ」


「伊勢・・さぁ行こう」


手を差し出した政宗もいつもの様子とは違い、紳士的に伊勢をエスコートする。







二人が鹿鳴館に入ると、紅華が怒った顔で走り寄って来る。


「伊勢・・これはどういう事なの」


「紅華、心配しないで。お父様と政宗様の約束で今回一度だけのお誘いだから」


「本当なのね」


「うん」


「じゃ・・ダンスの時、私が政宗様と踊るわよ」


小さな声で耳打ちしていると・・・



「伊勢、そばを離れるな」


政宗が、伊勢の肩を優しく抱き寄せ、微笑む。






絶とふえも着飾って来ていた。

「ふえさん、あそこに謙信様がいるわ」


謙信の姿を見て走り寄って来た二人。


「見て・・伊勢が政宗様と一緒よ」


「まっ・・あの子ったらなんて子なんでしょう」


「謙信様・・伊勢は政宗様のことが好きなようですわね」



返事もせずに無表情のまま、見守ることしかできない謙信。


自分の過去世が蒔いた種とはいえ、伊勢が命を奪われた時、伊勢の家族にはきちんと事情を説明すべきだった。悲しさのあまり自暴自棄になり、何も考えなかった。・・この状況は、因果応報としか思えない。






「政宗様・・御機嫌よう。今日もダンス、ご一緒願いたいわ」


いつものように政宗の元には女性たちが集まってくる。



「あっ・・政宗様、どうぞ私のことは気にせずに皆さんと踊って来てください」


「いいや。今日はお前としか踊らないと決めている。ワルツが始まった。さぁ、行くぞ」


寄って来た女たちを無視して伊勢の手を取る政宗。




ワルツの音楽は、政宗と伊勢を踊りの輪の中に誘い出す。


「今日は、足を踏まないでくれよ」


「まっ・・」


「今だけは、何も考えずに俺と楽しんでくれないか」


「政宗様、あの時はごめんなさい。でも・・」


政宗の人差し指がスッと、伊勢の口元に差し出される。


「シーッ。伊勢・・それ以上は言うな。さぁ、踊ろう。今日のお前は俺との時間を楽しむだけでいい」



ワルツは、伊勢の気持ちなど知らずに楽しい音色で弾むようなリズムを流している。






「信玄様〜。今日も素敵ですわ」


「君たちも綺麗だよ」


へぇー。政宗が彼女をエスコートしてるとはな。今日は、政宗が他の女に振り向きもしないので、俺の元に言い寄って来る女の数が多いって訳か・・。今日のあの子のドレスは政宗の好みだな。なかなか色っぽくていい感じじゃないか。政宗を褒めてやろう。それにしても、謙信のあのふてくされた顔。見ていて飽きないな。二人が揉めて言い争いになれば、あの子は辛くなる。まっ・・その時が俺の出番だな






政宗の踊りは、性格を表すかのように、少し強引だ。

政宗に必死に合わせる伊勢。ちょっと困った顔で一生懸命に踊っている。

政宗と伊勢。二人で踊る姿は、コケティシュなのに、何故か伊勢の可愛らしさが滲み出ている。

皆が遠慮がちに踊る輪の中で、二人のワルツが爽快に見えるのは、政宗がそんな健気な伊勢に優しく微笑みながら踊っているからだ。




「伊勢。ワルツは楽しく踊るものだぞ」


「政宗様。わたし・・あまり慣れていないので・・ごめんなさい」


「そうか。なかなか筋はいいぞ」




ワルツの音楽が何曲か続いた後、スローなメロディーが流れ出す。


「あっ・・私・・少しお休みしますね」


チラッとあたりを見渡すと、熱い視線を絡ませながら踊っているカップルばかりで、目のやり場に困ってしまう。



「・・伊勢」


「えっ」


目線が政宗に向いた時、不意に政宗の手が頬を取らえ、伊勢の動きを止める。


「可愛い子だ」


潤んだ瞳の魅力に取り憑かれたように・・・政宗の唇が伊勢の唇を優しく包み込み、舌が唇の内側をなぞる。




驚きで一瞬だけ時間が止まったかのようだったが・・・


「バシッ」

「・・・やめて」




言葉よりも手の方が早かった。

突然、こんなことをするなんて・・・目の前が涙で見えなくなりながら、駆け出すしか悔しさと恥ずかしさを紛らわす手段が見つからなかった。


「・・待て。伊勢」




追いかけようとした時、体ごとぶつかるように押さえつけたのは紅華だった。


「・・政宗様。伊勢のことなら心配いりませんわ。伊勢は私と政宗様が踊るために場を外したのですから」


紅華は政宗に抱きつきながら引き止める。


「悪いが、離してくれ」


「いいえ、伊勢は政宗様を好いてはいません。だから、絶対に離しません。どうか私を見てください」


しがみつく紅華を倒して行く事はさすがに出来そうにない。紅華に抱きつかれながら伊勢の背中を悲しく見送る政宗の心には虚しさだけが残っている。







「待て・・伊勢」


どれくらい走ったのだろう。走り去る伊勢を追いかけて来たのは謙信だった。


「嫌です。どうか・・見ないで。私を追いかけないで・・お願い・・」




瞳からは大粒の涙が溢れている。







「離してください」


悲しい顔をした伊勢の手をきつく握りしめ、謙信は伊勢を落ち着かせるため強く抱きしめる。


「お願いです。離してください」


「悪かった。こんな目に合わせて」


「謙信様が謝ることではありません。私がきちんと政宗様のお誘いをお断りしなかったのが悪かったのです」


「いいや、それは違う。これは俺が蒔いた種だ。伊勢に辛い思いをさせたのは、すべて俺の責任だ」


「謙信様、もう私のことは忘れてください」


泣きじゃくる伊勢は、感情を抑えきれずに嗚咽している。


無垢な涙は、頬を伝い流れている。




そっと伊勢の頭に手を伸ばし引き寄せ、頬をつたう涙を謙信の人指し指が受け止める。



「泣くな伊勢」


伊勢の顎を掴み、そっと上を向かせ・・優しく唇を合わせる。

優しい口づけの後、強く抱きしめるが、涙が止まることなく溢れている。



「伊勢・・・愛している」


激しい感情を抑えきれず、二人は唇を強く合わせる。

重なった唇からそっと口の中を優しく弄る。

水音をたて交わされる愛のある口づけだけが、伊勢の心を落ち着かせることができた。


謙信は月明かりの下、伊勢を強く抱きしめる。

満月の月の光は眩しく、二人の心を結びつけるように輝いている。




ザザーッ。二人の頬に風が吹き抜けていく。


二人は、どこをどのように、走って来たのかさえわからずに、さまよってここまで来てしまった。

月明かりの下、たどり着いた場所は、手入れの行き届いた庭で、池には鯉が泳いでいる。

向こうには鐘が見える。小さな庵のようだ。

迷い込んだとはいえ・・早くここを出なければ・・・。


伊勢の手を取り、庭から通りへ抜け出そうとした時、不意に人影が現れる。


「そろそろ・・来る頃かと思っていましたぞ」


二人の訪問を知っていたかのように人影が声をかけて来た。



「・・あの。ごめんなさい。私がここに勝手に入り込みました。謙信様は私を追いかけてここに来たのです」


「いやいや、偶然など・・この世にはないのですぞ。まぁ、よければお茶でも飲んで行きなさい。謙信殿はお酒の方が良いかのう・・」


「ここは・・」

きょとんとした顔で伊勢が尋ねる。


「なぜ、俺の名を知っている? もしかすると、その声は・・・・天室光育和尚なのか?」


「謙信殿、伊勢殿。お二人とは長い付き合いになると申し上げたこともありましたな・・」


「あの。・・どうして私の事をご存知なのですか? 私には和尚様の言われていることがよくわかりませんが」


「気にするな伊勢。事情は後で説明する」



「さぁ・・こちらへどうぞ」


二人は天室光育和尚の庵の中へと導かれる。

天室光育は部屋に入るとお酒の用意をさせる。


「謙信殿はお酒と梅干しでしたな」


「和尚、・・和尚には前世の記憶が残っているのか」


「謙信殿。お忘れですか。私はあなたと伊勢殿がここに来るのをずっと待っておったのですぞ。あの手紙を読んだ日のことを覚えておりますか」


「はっきりと覚えている。だが、あの日・・いいやあの頃はお酒に溺れていた」


「ご自愛くださいと手紙を読んでお伝えしたはず・・」


「俺は、酒に溺れ自分のことしか考えられなかった。伊勢の父・采女(うねめ)殿にきちんとあの事件の真相を話すことすらしなかった。それが、今世にまで影響しているとは・・和尚があの日、忠告しに来たというのに・・・・和尚の時空を超えた予知能力はあの時から知っていた。いや、知っていたつもりだった。まさか、こんなことになるとは。自分の愚かさを悔やんでも悔やみきれん」


「人は己のことのみ考え因果応報など考えもしません。だが、命は輪廻転生するのですぞ」


「悪かった。和尚」


「いいえ謙信殿、これはあなたと伊勢殿の魂が成長する過程なのです。謝ることなどありません。魂は自分自身で学んでいくのです」


「・・あの。ごめんなさい。私にはお二人の会話の意味が理解できません」


「伊勢、前世の記憶・・とでも言おうか・・そういう記憶が私たちにはあるのだ」


「伊勢殿・・・そなたの心根は、いつの時も変わらない。真っ直ぐで一つの曇りもない。生まれ変わってもその根本は変わってないのですな」


「和尚は、時空を超えて世の中のことを知っているのだ。伊勢・・俺がお前の心を素直に受け取り、和尚の言葉を聞いていたならば、このように今、皆に反対されることもなかった」


「えっ・・私には記憶などないのですが、謙信様、和尚様、私たちは前世でもご一緒したことがあるのですか」


「伊勢殿。謙信殿は前世でもそなたを好いておりました。その思いは深く、現世で巡り会うことが出来たのもその魂が呼び寄せたのでょう。伊勢殿も謙信殿に惹かれいるのではないですかな。そなたの思いも謙信殿に負けずでしたぞ。ここで引かれ合うのも必然。お互いの魂が求めているからなのです」


「和尚。どうすれば前世の因縁(カルマ)を断ち切れるのだ」


「謙信殿・・・すべては過去から始まっています。答えを見つけるのは謙信殿自身ですぞ」


「あの時・・・」



ハッと何かを思いだしたように謙信が頷く。



「伊勢。一緒について来てほしい場所がある」


「はい」


天室光育は、二人を見つめ頷いている。


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