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恋心

第二章 八 「時をも超えて」



走り出す馬車に謙信と二人座っている。



「・・あの」


「心配するな」


「でも・・。私・・」


「怪我の手当てをしてから、家まで送り届ける。そのままでは歩くこともできないだろう」


「えっ・・。ありがとうこざいます。・・・あの。余計なことかもしれませんが・・ふえさんと絶さんは、謙信様のことがお好きなのですね」


あっ・・何言ってるんだろう・・。そんなこと今、聞くことじゃないのに・・



無表情だった謙信が、睨むように伊勢の顔を見る。


「あっ・・余計なことでしたね。ごめんなさい」




「伊勢。あの二人の気持ちなど俺にはわからない」


「そ・・そうですよね。でも、あの二人はきっと謙信様を好いてらっしゃると思います」


「だからと言って、お前に辛く当たる理由にはならない」


「謙信様・・ご存知だったのですか」



「全部は知らないが・・・想像はつく」


前世からの因縁だとは言えない。



「あの・・どうして私が源氏物語が好きだと知っていたのですか」


「・・・なんとなくそう思っただけだ。」



「私が落ちこぼれなのも知っていたのですか」


「料理が苦手でも、裁縫が苦手でも、俺にとってはどうでも良いことだ」


「そ・・そうですよね」


謙信様にとっては、どうでも良いことで、関係ないのはわかっている。

でも、そこまではっきり言われると・・気持ちがストンと落ち込んでいく。



せっかくこの時代に生きているのだ。「女」という呪縛に縛られなくてよい。

戦国の世では、女に自由などなかった。生きることも死ぬことも男達の手に委ねられていた。




落ち込んだ心を悟られないように、伊勢は話を続ける。


「あっ・・さっき、私が落ちこぼれって聞いて・・大笑いしてましたよね」


むくれた顔をする伊勢。



「お前は・・・俺が笑ったことに怒っているのか」


「えっ・・いいえ・・ただ・・私・・あの二人の言うとおり、お裁縫も料理もダメで・・・。先生にいつも怒られてるんです。みんなにも笑われてて・・でも・本当の事とはいえ、謙信様にまであんなに笑われると、やっぱり落ち込みます」








謙信の手に見覚えのある髪飾りがみえる。


「これは・・お前の髪飾りだろう。道に落ちていた」


「あっ、転んだ時に失くしちゃった髪飾り。よかった、見つかって・・ありがとうございます」



謙信は、優しく伊勢の髪を撫で、髪飾りをつける。


「笑って・・悪かったな。悪気はなかった」


「あっ・・いいえ。謙信様が謝ることではありません。私の方こそごめんなさい。助けてもらったのにこんなこと言うなんて・・」



「足は・・かなり痛むか」


優しく見つめる謙信に、伊勢の心臓の鼓動がドキドキと高鳴る。


「あの・・もう・・大丈夫です」

緊張のあまり・・足をパタパタしてみせる。


「痛っ・・」


「あははは・・お前といると可笑しなことばかりだな。じっとしていろ、伊勢」


「また・・笑われちゃいましたね」


馬車の中で、二人の笑いがこだまする。






「さっ・・屋敷に着いたぞ。怪我の手当てをしてやろう」


フワッと、謙信に抱きかかえられると、謙信の顔が目の前に迫ってくる。


「きゃっ。私・・自分で歩けます」


どうしても、この前のくちづけを意識してしまい、顔が真っ赤になる。



謙信は何も言わずに・・・伊勢を抱きかかえ屋敷に入る。


「影家、冷たい水と薬を持ってきてくれ」


「はい、かしこまりました」



フワフワのソファーにそっと降ろされ・・

「足首が腫れているな。冷やして薬をつけるぞ」


ひざまずきながら伊勢の足の手当てをする謙信。


「あの・・」


心臓がドキドキしすぎて・・どうしょう。



テキパキと怪我の手当てをする謙信


「これで、良いだろう」


「ありがとうこざいました。謙信様は怪我の手当てもできるのですね」


戦で慣れているからな・・・

心の中の返事は、伊勢には聞こえない。



「謙信様は、舞踊会にいつも行かれているのですか?」


「あのような場所は好きではないが、これも仕事のうちだから仕方ない」


「そうだったんですね」


「お前は、あのような場所が好きなのか」


「いいえ、私も好きではないです。でも、どうしてもお誘いを断ることが出来なくて・・行きました」



「そうか・・」


「実は、毎日・・たくさんのお誘いの手紙が父宛に届いています。私が誘われても行く気がないのを知っていて、父に送ってくるのです。父の知り合いの方もいるらしく・・お誘いをお断りすることが段々と難しくなってきています。・・・いつか父が特定の相手を決めてしまうのではないかと心配しています」


「なぜ、お前自身で誘いを受けないのだ」


「私にだって・・意思はあります! 一緒に行きたいと思う相手でなければ、お受けできません」


「それならば・・・俺がお前の相手になろう」


「えっ?」


「お前の親に認めてもらえるように、話せば良いのだな」


「謙信様? それって・・」


「望みもしない男と一緒に行かなくても良いようになる」


困っている私を助けようと思っただけなんだ。・・何、期待してるんだろう。


「私が困っているので・・・助けてくださるのですか」



「俺は、好きな女にしか・・・接吻(くちづけ)しない」



えっ・・もしかして・・この前のこと・・・。

顔中がみるみると真っ赤になっていくのが、自分でもわかる。


「怪我の手当ても終わった。家までおくろう」



謙信は伊勢を再び抱きかかえ、家まで送り届ける。


真っ赤な顔の伊勢は、恥ずかしさと嬉しさで胸が高鳴っていた。






伊勢の自宅前では、ふくが待っていた。


「お嬢様、大丈夫ですか」


「謙信様が、怪我の手当てをしてくれたので痛みもなくなり、もう大丈夫よ」


「そうでしたか」





謙信が立ち去った後も、喜びを隠せずにニタニタと笑っている伊勢。


謙信様が、日を改めて交際を申し込みに来てくれる。

"好きな女にしか・・接吻(くちづけ)はしない"って・・。

それって・・・私のことが好きってことだよね。うふふ・・恥ずかしいけど、すごく嬉しい。




「お嬢様、そんなお顔で・・困りましたね」


「あっ、ふく・・見ていたの」


「見たくなくても、見えてます」


「謙信様が、交際を申し込みに来てくれるって・・・」


「そうでしたか。それでお嬢様がニタニタと嬉しそうに笑っていたのですね。・・・・ですが、お嬢様。これからがお嬢様の(いくさ)ですよ。上杉家との交際を認めてもらうのには、相当の覚悟が必要ですよ」


「そんなに反対されるの?」


「はい。特におじいさまからは・・・大反対でしょうね」



そうか・・覚悟しなきゃならないのね。でも、どうしても許してもらわなきゃ。

この伊勢。明治の新しい女ですもの。負けたりしないわ。




これから起こる試練を伊勢はまだ知らずにいた。



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