巡り合わせ
第二章 七 「タイミング」
「伊勢・・・本当にこのドレスで良いのですか」
「お母様、私はこのお母様のドレスだから良いのです」
シンプルなレースのドレスは、アイボリー色で母が大切にしていたドレスだ。
「見て、髪飾りにもぴったりだわ。お母様のドレスにおばあさまの髪飾り・・ねっ。素敵でしょ」
我が家にもう少し余裕があれば、伊勢にもドレスを新調してあげられるのに・・・ごめんね。
心の中で詫びる母。
「今日は、権太兄様も一緒だから、心配しないで」
母の気持ちを察して言葉をかける伊勢
「そうでしたね。大使からの招待状が来た時はびっくりしましたが、エミリーさんと伊勢がお友達になったのでしたね」
「伊勢、でかしたぞ。うちの身分じゃ、勝手に鹿鳴館に出入りなどできないが、大使から直々に招待状が来たのだ。誰にも文句言われることなく堂々と行けるな」
「お兄様ったら・・・」
「こんなチャンスがなければ、俺などは出入りもできんからな。鹿鳴館へ出入りできることは、とても名誉なことだ。我が家は元々、由緒正しい家なのだから、何も引け目など感じることはないぞ。さっ、伊勢行くぞ」
伊勢と権太は馬車に乗り、家を出た。
会場へ到着すると
「伊勢・・俺は、馬車を止めて来るからお前は先に入ってなさい」
「わかりました。お兄様・・」
権太が馬車を移動させる。
中に入って待ってろと言われても、一人で入るには勇気がいる。降りたその場で待つことにする伊勢。
一人、権太を待っている所へ、ふえと絶の馬車が到着する。
「あら・・・伊勢さん。あなた・・なぜここにいるの」
「あなたのような平民が勝手に来るところじゃないわよ」
降り立った二人は伊勢に近づいてくる。
「何・・そのドレス。あら・・こんな所にゴミがついてるわよ」
ビリッ・・ビリッ・・
ふえが、伊勢のドレスのレースを引きちぎり、伊勢を押し倒す。
ドスッ・・・
「痛い・・・何をするの・・」
道端に倒されている伊勢に向かって・・・
「まっ・・なんて安っぽいドレスなのかしら・・ゴミかと思って引っ張ったら・・破れてしまったわ」
「オホホホ・・こんな破れて汚いドレスで来るなんて・・私なら恥ずかしくて死んでしまうわ」
「伊勢さんなら、裁縫がお得意だからご自分で、ささっと直せるのよね」
「そうね。伊勢さん、お裁縫がお得意ですものね」
「チョット・・何してるの?」
二人は、エミリーが近づいて来たのに気づき・・・足早で逃げるように舞踊会場に入る。
「伊勢・・ダイジョウブ? また、あのふたりだね」
エミリーが手を差し出して起こしてくれる。
「エミリー。ごめんね。私・・・エミリーと一緒にパーティに行くことが出来なくなったの」
「伊勢。心配いらない・・・来テ・・」
エミリーは伊勢の手を引き、ドレスルームに入って行く。
「伊勢・・これぜんぶ・・私のドレスネ。あなたに似合うのを選んであげる」
「エミリー・・・」
「うーん。伊勢は淡い色が似合うね。これなんてどう?」
薄藤色のドレスは、伊勢にぴったりと似合っている。
「イセ・・これプレゼント。私・・ドレスたくさんある。一度着たら、もう着ない。イセ・・これからはドレスのこと心配しなくていいよ」
「エミリーありがとう」
「さぁ・・舞踊会にイコウ・・私の家族にもしょうかいするよ」
「伊勢・・・どこに行ったんだ。中に入ってろとは行ったが・・・一体どこにいるんだ」
「あら・・権太さん。ご機嫌いかが?」
「あっ・・紅華さん・・」
「権太さん、なぜここに?」
「伊勢といっしよに来ましたが、伊勢が見つからないので探していたのです」
「伊勢も来てるのね。まさか・・政宗様と一緒ではないですよね」
「いいえ・・大使から直々に招待状を頂いたので二人で来ました」
(えっ・・大使から直々に招待状を・・・凄いわね)
「紅華さんは進之介さんといらしたのですか」
「そうよ。今日はお兄様に連れて来てもらったの」
「そうでしたか・・・もしよければ、ダンスの時に一曲踊ってもらえませんか」
「そうね・・考えておくわ」
(伊勢も来てるのね。政宗様をしっかり監視しないと・・)
「謙信様・・・来てるかしら」
「絶さん。謙信様はお一人で来ると言っていたじゃない。きっと私たちと一緒に来るのが恥ずかしかったのね」
「ふえさん。あなた・・この前の伊勢の事忘れたの」
「忘れることなどできないわよ。でも・・どう考えてもあの落ちこぼれ伊勢より、私達の方が優れてるわ。それに、伊勢のドレスは・・・たしか・・転んで破れてしまったのよね。あの格好でダンスなどできるわけがないわ」
「そうでしたわね。伊勢のドレスったら・・・ひどかったわね。今頃、泣きながら帰って行ったわね」
「謙信様は、絶対に渡さないわ」
「そうね、何があっても伊勢だけは許せないわ」
舞踊会への出席が、政府から貴族への命令なのか。
外国の大使館主催とはいえ、なんと馬鹿げたことなのだ。
馬車は舞踊会場へと進んでいる。
気が進まない謙信ではあったが、この世界の掟に従わなければならない。
(ふえや絶もきっと来ているだろう。エスコートして欲しいとの願いは丁重に断ったが・・・あの二人の積極性は前世から全く変わっていない。いや・・前世よりパワーアップしている。困ったものだ)
謙信様・・到着しました。
「影持、今日は早く帰る予定だ。そのように心得ておいてくれ」
「かしこまりました。私は、外で待っておりますね」
謙信が馬車から降り、歩き出すと道端に何かキラキラと光っているものが見える。
(あれは・・・)
拾い上げてみると・・それは見覚えのある髪飾りだった。
(伊勢の髪飾りではないか。なぜここに伊勢の髪飾りがあるのだ。伊勢も来ているのか・・。何があったのだ・・)
謙信は、足早に中に入る。
「あっ・・謙信様だわ」
「見て・・今日はお一人のようね。氷のようなあのクールな感じが素敵だわ。・・是非一緒に踊ってほしいわ」
「あら・・政宗様も今日はお一人なのね。政宗様も素敵よね。」
「見て・・あちらでは信玄様もいらっしゃるわ。信玄様の周りには沢山の令嬢がいらっしゃるわ」
ヒソヒソと女達の話し声が聞こえる。
(謙信の野郎。この前のことは忘れるものか。伊勢と先約があるなどど嘘をつきやがって・・)
政宗は、謙信を睨みつける。
「今日も君たちは綺麗だね」
「キャー。信玄様はいつも素敵ですわ」
(たくさんの女が俺にまとわりついてるが・・どいつもこいつも俺の好みではない。こいつらは、チョット優しい言葉をかけるとキャーキャー言っているが、なんと退屈な女達なのだ)
「ダディ、マミィ・・・私の友達のいせだよ」
「はじめまして。今日はお招き頂きありがとうこざいます」
「オー、いせ。なんてラブリーな子なの」
「マミィ・・イセとわたし・・日本語と英語を教えあってるの」
「イセ・・エミリーと仲良くしてくれてありがとう。これからも頼むわね」
「ダティ・・今度イセのうちに行ってもいいでしょ」
「あぁ・いいよ。エミリー」
「やったー」
「イセ、エミリーは人見知りな子でなかなかお友達が出来なかったけど、君と友達になってからはとても嬉しそうにしているんだ。ありがとう」
「いいえ・・とんでもない。私こそエミリーにいつも助けてもらってばかりなんです。だから、私の方がお礼を言わないとならないんです」
ゴホッ・・ゴホッ・・
「あら、アンソニーお兄様」
「イセさん。ぼくはアンソニー。よろしくね」
「あら・・アンソニーお兄様・・私のお友達なのよ・・・イセを取らないでね」
「エミリー。わかってるよ。でもダンスの時間くらいはイセを僕に譲ってくれてもいいだろう」
「まっ・・お兄様ったら・・伊勢に気があるのね」
伊勢には、アンソニーとエミリーの英語が聞き取れてはいなかった。
「イセ・・・行きましょう」
「僕が二人をエスコートしよう。おじょうさん達、お手をどうぞ」
アンソニーはエミリーと伊勢の手を取り・・・会場へと進む。
バタン・・・
ドアが開かれる。
皆が振り向いて注目している。
今日の舞踊主催者の登場で会場は静まり返る。
パチ・パチ・パチッ・・
大使夫妻が会場に入ると一斉に拍手が湧き上がる。
「大使・・・本日はお招き頂きありがとうございます」
「みなさん。日本と我が国との友好を願い、今日は楽しんでください」
わーっと歓声が上がる。
大使夫妻の後に続き、アンソニーにエスコートされたエミリーと伊勢も会場に入る。
やわらかな金髪、紺碧の青い瞳のアンソニーにエスコートされて入って来た伊勢は、薄藤色の見事なドレスを着こなし、まるでおとぎの国から現れた人形のように輝いていた。
「ウァァーオ!!」
金髪の若者達からも感嘆の声が聞こえる。
「アンソニーが、可愛い日本の子をエスコートしてるぞ」
感嘆とも取れる声が聞こえてくる。
(嘘だろう。伊勢・・お前は前世でも男達を魅了したが、今世では国を超えて男達を魅了してしまうのか・・)
伊勢は、アンソニーに手を引かれ微笑みながら会場を魅了している。
「ふえさん・・・見て・・伊勢よ」
「絶さん・・絶対許せないわね」
面白い・・・俺のライバルは謙信だけでなく、大使の息子・アンソニーも伊勢を狙っているのか。俺は絶対に伊勢を手に入れたくなった。
プレイボーイの政宗に闘志が湧いた。
あの子はなんて魅力的なんだ。俺の誘いを断るなんて・・そんな娘は今までいなかった。大人の魅力で、あの子を振り向かせるのも面白いかもしれないな
取り巻きに愛想笑いをしながらも伊勢の登場を見て・・そんなことを信玄は考えていた。
音楽が流れだし、ダンスが始まる。
「イセ。ボクと踊ってくれますか」
「はい。アンソニー。お願いします」
アンソニーは伊勢の手を取りフロアーへと連れて行く。
「イセ・・・きみは・・なんてかわいいんだ」
「まっ・・アンソニーったら」
伊勢の頬が赤く染まっている。
謙信は、信じられない光景に苛立っていた。
お前の相手はそんな男ではない。伊勢・・頬を染めてその男に微笑むな・・
二曲目のワルツを踊り終わった時に、エミリーが走り寄ってくる。
「アンソニー兄様っ」
「エミリー。わかったよ。伊勢を君に返そう」
「イセ・・また後でね」
アンソニーが伊勢に投げキスをする。
「まっ・・アンソニー兄さまったら・・・ところで、イセ・・アシ・・だいじようぶ?」
「エミリー。知ってたの。わたし・・倒れた時に足をくじいちゃったみたいなの」
「足をひきずってたようだから・・・アンソニー兄様は気がつかなかったようだけど・・私にはわかったわ」
「エミリー。私・・ここで少し休んでいるわね」
「わかった。わたしゲストに挨拶してこなくちゃならないから・・イセ・・無理せずにね」
(そんなに痛くなかったのに・・踊るとさすがに痛みが出て来たわ。これじゃ・・歩くのもきついかな)
「伊勢・・あなた泣きながら家に帰ったと思ったのに・・」
「ふえさんと絶さん・・・」
「大使と知り合いだったとは・・驚きね」
絶が座っている伊勢の足を、わざと蹴る。
「・・・痛っ・・何をするの」
涙目で絶を睨む
「あら・・スカートの裾が引っかかってしまったわ」
ドスッ・・
「あら・・・私も裾が引っかかったわ」
ふえも同じように伊勢のくじいている足を蹴る。
「伊勢さん・・あなたは落ちこぼれで女学校の恥なのよ」
「私は、あなた達に迷惑をかけていないわ」
「何言ってるの伊勢さん。あなたの存在自体が迷惑なのよ。どこかに消えてほしいくらいよ」
二人に蹴られた足はさらに腫れ上がり、伊勢は必死に痛みに耐えていた。
「おい・・何をしている」
「・・・・あら。謙信様。私達は何も・・ただ伊勢さんとお話ししていましたの」
「そう・・私たち同じ女学校ですのよ。伊勢さんたら学校一の落ちこぼれでいつも先生に怒られているので私たちからも忠告差し上げてたの」
「謙信様・・ふえさんの言う通りですわ。伊勢さんは、裁縫や料理が全く出来ませんのよ」
「あははは・・そうなのか」
「そうですわ」
(氷の謙信様が笑ってる・・伊勢のやついい気味だわ)
(謙信様が伊勢のような落ちこぼれに興味持つはずがないわ。みんなに笑われるといいわ。ふえさん・・よく言ってくれたわ)
「それは、面白いな」
(伊勢・・お前らしいな)
「伊勢さんは、良妻賢母にはなれませんわ。謙信様」
(伊勢さん。これで謙信様に嫌われたわね)
「伊勢。源氏物語は今でも読んでいるのか」
「えっ・・はい。源氏物語は大好きです。最近は吾妻鏡や枕草子も読んでいます」
(なぜ・・知っているのかな)
「そうか・・」
「謙信様・・伊勢のことなどどうでもいいわ・・・私達と踊ってはくださらない」
「君たちと踊って、足蹴りされるのはごめんだ。悪いが・・他を当たってくれ」
「えっ・・そんな・・」
(見られてたんだ。伊勢のせいだわ。伊勢なんかがここに来てるから、こうなったんだわ)
「伊勢・・足をくじいているのだろう。これでは、もうダンスも踊れまい」
ふわっと体が浮いた。
「馬車が待っているから・・家まで送ろう」
謙信は、人の目など気にせずに伊勢を抱き上げる。
「見て・・あの氷の謙信様が女の人を抱きかかえてるわ」
「うそー・・またあの子よ」
エミリーが走り寄ってくる。
「イセ・・・だいじようぶ?」
「俺の名は上杉謙信。伊勢を家まで送り届けるので心配いらない」
エミリーはびっくりしているものの、頬を染めている伊勢の顔を見て直感する。
「オッケー。じゃ・・イセを頼むわね」
「あの・・・」
伊勢は、抱きかかえられながら、謙信の顔をそっと見る。
謙信は、伊勢の顔も見ず・・無表情でまっすぐ前をみて歩いている。
外では、影持が馬車で待っていた。




