文明開化
第二章 六 「嫉妬」
「伊勢さん。これはなんという料理ですか?・・あなた、お砂糖とお塩を間違えて入れたのではないですか」
「えっ・・先生。そんなはずは・・」
ちょっと味見をしてみる。
「ゲホッ・・・うわーっ、何この味」
「伊勢さん・・あなたが作ったものですよ。これでは良妻賢母にはなれませんよ」
また・・やってしまった。
女学校では、料理の授業もある。
「まっ・・みて。伊勢さんたら・・本当にこの女学校の恥よね」
「そうね。ふえさんの言う通りだわ。料理も裁縫もできないなんて、女として最低よ」
「それなのに、この前の舞踊会。本当に腹立たしいわ」
謙信が伊勢を連れ出したあの日のことは世間で評判になっていた。
女嫌いで、いつも冷静な謙信が、人目もはばからず連れ出した美しい娘。
男たちから、伊勢はそう噂されていた。
女達から、遊び人だが絶大な人気を誇る政宗。
女嫌いと言われているが、なぜか人気の謙信。
この二人が取り合った女。
あの日以来、男達の注目を集める事となった伊勢に対して、女達からの視線は冷たく棘のように突き刺さる。
(また、やっちゃった。・・料理や裁縫の授業は苦手だな。良妻賢母か・・・良妻賢母になるために女学校に来てるわけじゃないのに・・もっと勉強したいのに・・)
女学校は男子の学校とは違い、教えている教科も内容も違う。伊勢は広い世界が見たかった。
しかし・・この時代ではまだ許されない事だった。
とぼとぼと・・伊勢は、一人・・家路へと歩いて行く。
そこへ馬車が通りがかる。
バシャッ・・ドバッ
「きゃっ。うそでしょ〜!!」
馬車は、水たまりを通り、わざと伊勢に泥水をかける。
「あら・・伊勢さんじゃないの。泥水なんて、汚いこと・・・」
「あっ・・絶さんとふえさん」
馬車の窓から・・二人が伊勢を見下ろす。
「伊勢さん。あなたは身の程を知るべきね。平民の身分で謙信様に近づくなんて。これ以上、謙信様に近づくのは許さないわよ」
「そうそう・・平民のくせに・・あなたには泥水が似合ってるわ。今度、謙信様に近づいたらこんなものでは済まされないわよ。オホホホ・・行きましょう。私達、これから謙信様の屋敷に行かなくてはならないのだから」
「そうね。ふえさん。謙信様に次の舞踊会のお約束をしてもらわないと・・」
ふえと絶を乗せた馬車は・・・勢いよく、走り去る。
(あーあ。ひどい目にあったな。こんなに濡れちゃった)
「アナタ。ダイジョウブ? 」
「えっ・・」
「ワタシ・・見てました。あの人たち・・ワルイ人ね。ワタシの家、ここのちかく。服、乾かすといいよ」
そこには、可愛らしい外国人の女の子が立っていた。
「ワタシ・・エミリー。16歳。日本のお友達がほしいね」
「ありがとう、エミリー。私は伊勢」
エミリーは、外交官の家族として日本に来ていた。
当時、まだ日本に住む外国人の数は少なく、エミリーはいつもひとりぼっちだった。
エミリーのうちについて行くと・・
そこには、日本とは思えないような光景が広がっていた。
玄関では靴を脱ぐこともなく、家の中、全てが西洋式だった。当然、使用人との会話も英語である。
女学校では、英語も習っていたが、実際に聞く英語はまるで音楽のように聞こえる。
(凄い。日本なのにエミリーの家の中はまるで外国のようだわ)
「アナタ・・この前の舞踊会に来てたね。今度、お父さん主催のパーティある。ぜひ、来てほしいね」
「エミリー。私はあまりパーティは得意じゃないの」
「ワタシ・・友達いない。だから、イセと一緒にパーティに行きたい。お願い。その時、家族にも紹介するよ。ワタシとおともだちになって。日本語もおしえてほしい。ワタシ・・イセに英語教えてあげる」
(そっか・・外国から来たエミリーにはお友達がいないんだな)
「エミリー。私のうちは、パーティとか行くような身分じゃないの」
「イセ・・この国おくれてる。身分とか友達になるのに関係ない。イセが困らないように、私の服、貸してあげる。それに私のお父さんが主催のパーティで伊勢はゲスト。誰にも文句いわせない」
「ありがとう。エミリー。わかったわ。私たちお友達になりましょう」
外国では、身分などないのか・・学校でも、男子と一緒に勉強できるなんて、すごいわ。
「私たち・・今日からおともだちね」
「そうね。お友達」
二人は笑顔で指切りする。
「エミリー。また会いましょうね」
「いせ・・楽しみにしてるよ」
「お嬢様・・・今日もまた・・・女学校の先生から連絡がございましたよ」
家に帰るなり・・ふくが鬼の形相で待ち構えていた。
「ふく・・私は良妻賢母になるために学校に通っているのではないわ。勉強して、もっと広い世界を知りたいの」
「お嬢様、何を言っているのですか。文明開化とはいえ、女の幸せは良い殿方に嫁ぎ、良き妻になることですよ」
「ふく・・本当にそうかしら・・」
「お嬢様・・見てください。この招待状を・・。舞踊会へぜひご一緒にと、殿方からのお誘いのお手紙ですよ。いつもいつも、断り続けると、お父様・お兄様の仕事にも影響があるかもしれません」
以前にも増して・・あの日以来、たくさんの誘いの手紙が届いている。
政宗からの手紙は、毎日真っ赤なバラの花束と一緒に届けられ、信玄からは椿の花とともに届いている。
「あのね。ふく・・私・・外国から来たエミリーとお友達になったの。次の舞踊会は彼女のお父様が主催で、彼女と一緒に行く約束をしているの」
「そうですか。それなら仕方ありませんね。そのように、皆さんに私からお知らせしておきましょう」
「ありがとう。ふく・・」
「お嬢様・・これだけのお誘いが来ているのですから、お父様もいつかは断れなくなります。そうなると、お嬢様の気持ちなど聞くこともできなくなります。お父様は、条件の良い方をお選びになるでしょう。ふくは、お嬢様に幸せになって欲しいのです。少しでも、気になる方がいるのでしたら、お嬢様自身でお誘いを受けることも考えなくてはなりませんよ」
「ふく・・私・・実は・・・・気になる人がいるの」
びっくり顔のふく・・・
「えっ・・誰なのですか」
「ふく・・誰にも言わないでね。わたし・・謙信様の事が、どうしても気になるの」
「まぁ、お嬢様。謙信様は女嫌いと噂で聞いていますよ」
「ふく・・この前の舞踊会で知り合ったのだけど・・どうしても・・・忘れられないの」
「・・・・お嬢様。ご存知だとは思いますが・・・・謙信様の上杉家とわが家は敵対するお家柄なのですよ」
「でも・・わたし・・」
「お嬢様、おばあさまのむかし話は聞いたことがありますか。おばあさまは、謙信様のおじいさまと恋仲だったのです。あの当時は、今よりもっと家同士の仲が悪く、大反対された二人は駆け落ちする覚悟だったのです。しかし、謙信様のおじいさまが戦に行き、二人は離れ離れになりました」
「そんなことがあったなんて・・」
「今は、戦もなく平和な時代ですが、上杉家とは、因縁の間柄。お嬢さま・・上杉のものだけは、おやめください」
「ふく・・そんな悲しいことを言わないで。わたしの心は・・・私のものです」
「お嬢様・・・」
「ふく・・・輪廻転生って聞いたことある? 私はきっと謙信様と前世からのご縁があるのではと思うの。だから・・ふく。お願いだから、ふくだけは私の味方でいて欲しいの」
「お嬢様・・・それほどまでに謙信様のことが気にかかるのですね」
「ふく・・私・・こんな気持ちは初めてなの。謙信様といると・・・ドキドキして、心が張り裂けそうになるの」
「お嬢様・・それは、恋・・というものですよ」
「・・・恋?」
「そうです。お嬢様はきっと・・謙信様に恋しているのです。・・・そうですか。それでは、仕方ありませんね。ふくは、お嬢様の味方になりましょう」
「ありがとう。ふく」
伊勢はこの時、初めて・・謙信への想いを自覚した。




