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注目

第二章 五 「戸惑い」


鹿鳴館では、華やかな照明の下、軽快な音楽が奏でられていた。



「見てごらんなさい。謙信様が来てるわよ」


「あら・・本当に謙信様だわ。ここへ来たのを初めて見たわ。それにしても・・あの冷たい感じが素敵だわ」


「一緒にいらっしゃるのは、ふえさんと絶さんね。あのお二人は謙信様にご執心ですものね」


「あっ・・なんでも、ふえさん。お父様に頼んで謙信様を説得したらしいわよ。なんども、なんども頼んでエスコートしてもらったのね。・・でも、わたくしも一度で良いので、謙信様にエスコートしてほしいものだわ。私もお父様に頼んでみようかしら・・・」



鹿鳴館では、謙信がふえと絶に両腕を組まれて・・身動きも取れない。


まるで、二人で取り合いしているような形相だ。



 

影持のアドバイス通り、ここへ来た。


彼女たちを舞踊会に連れて行って欲しいと、何度となく頼まれていたらしく、さすがにこれ以上、断り続けることができないと影持から告げられ・・仕方なく来た。


それにしても・・・

この二人には前世で申し訳ないことをしたとは思うが・・・がんじがらめのこの状態に、いつまで耐えられるだろうう・・・何か理由をつけて早々と退散しなければ・・身がもたない。





この日の参加者は、そうそうたるものだった。

政界・財界・・外交官などの外国人の姿も多い。さすがに、日本最高峰の社交場である。







「ちょっと遅れてしまいましたが・・・着いたわ。さっ、入りましょう」


紅華に催促され・・四人が広間へと入って行く。


「まっ・・あれは政宗様よ。いつ見ても素敵ね。今日はどなたと来ているのかしら」

「進之介様も素敵よ」


会場の女性たちの注目を浴びる政宗と進之介。


女性たちは、政宗や進之介と話がしたくて近寄って来る。



「政宗様・・御機嫌よう」

「進之介様・・あとで私と踊ってくださいね」



政宗は、苦笑いで答えるが・・・心の中で叫んでいた。

(やっと伊勢をここに連れ出したのだ。お前たちなどに構ってられるか・・・)




このままでは、伊勢との時間もままならない。

何と言っても・・押しの強い紅華も一緒だ。



政宗は・・・突然伊勢の手を引き・・

「伊勢・・踊ろう。さぁ・・行くぞ」


「えっ・・」


強引に手を引かれ・・ダンスフロアへと連れていかれる。


紅華と進之介は・・政宗の突然の行動にびっくりと目をむき出している。


「政宗様・・私と踊ってくれるはずじゃ・・」

紅華が叫んでいる。




「政宗様・・困ります」


「伊勢・・何も困ることなどない。伊勢と一緒に踊りたいのだ。いくら誘っても応じなかったお前がやっと、この場に来ているというのに、他の女と踊る気などしない。さぁ・・踊ろう」


伊勢の思いなど気にすることなく強引に踊り出す政宗。



「おい・・政宗と踊っているあれは誰だ。あんな美しい娘は見たことがない」

「なんて品のある女性なんだ。凛とした立たずまいとあの美しさ。派手なドレスをまとっている女性よりよっぱど輝いてる」


男性たちが、政宗と踊る伊勢に釘付けになっている。



伊勢はダンスは得意であるが、政宗の強引なリードに困り果ててしまう。


(このままじゃ・・政宗様の策略にはまってしまう。そうだ・・こうなったら・・最後の手段でいくわ)


ボキッ・・


政宗の足を思いっきり踏みつける。


「あら・・・ごめんなさい。ダンスは苦手なので・・・」


「あはは・・伊勢。そんなことで、めげる政宗ではないぞ。お前のそんなお転婆な所もすごく気に入っているのだから・・・」


思わず・・・立ち止まって静止してしまう。


(この方には、このようなことでは通じないのだわ)


紅華の睨んだ顔も見える。


伊勢は、一刻も早くこの場を離れたかった。・・無情にも音楽は流れて行く。


政宗は踊りながら、大笑いしている。






軽快な音楽が流れる中、謙信は気だるい気持ちでフロアを見た。


男たちも女たちも・・まわりのものたちが、なぜかザワザワしている。


女たちは政宗を見ている。



(あれは・・晴宗に似ているが・・政宗というのか・・・

晴宗も女癖が悪かったが、こいつもチャラチャラしたやつだ。血は争えんな・・・)




政宗と踊る娘・・・

まわりの男たちが見つめる先・・・





目を疑った。



手を引かれて、中央に連れてこられたのは・・・紛れもなく伊勢だ。


伊勢は、わざと男の足を踏みつけている。


(ハハハ・・・伊勢のお転婆は今世でも変わらずか・・・)



政宗を気にくわないのだろう。


見ている男たちがざわめいている。


あの・・女たちから絶大な人気のプレイボーイを足蹴にしている美しい娘は一体誰なのか。






その時・・一人の男がにやにやしながら、伊勢を見ているのが目に入った。


あれは・・・信玄。


(まったく・・どいつもこいつも・・見たことのある顔ばかり・・伊勢と再会できたのは嬉しいが・・現世でもこいつらと関わって生きていくのか・・)


(信玄のやろう・・・あのいやらしい目つき。伊勢に言いよる気だな。人間の本質は生まれ変わっても変わらないのか・・)




いてもたってもいられず・・・・謙信の体が・・・無条件に動いていた。


ふえと絶の手をほどき・・・ダンスフロアへと走り出す。






さっと、伊勢の手をとり・・


「一緒に来い・・」


「えっ・・」


戸惑う伊勢に謙信は、ただ強く手を引く。


「・・ここを立ち去りたいのだろう。助けてやろう」


謙信は政宗に声をかける。


「政宗・・・伊勢とは、ずっと以前から約束をしていた。悪いが俺が先約なので、伊勢を連れて行くぞ」


「・・なんだと・・」


「・・悪く思うな」



ふえと絶も絶句している。



・・氷の男と言われている謙信の行動に誰もが驚き・・目をみはる。




謙信は、まわりのことなど気にする様子もなく、伊勢の手を取り・・広間を駆け抜けると、外へ飛び出した。






たくさんの馬車が並んでいる場所まで来ると・・・



伊勢を馬に乗せる。



「伊勢・・しっかりつかまれ」


「・・・あの。あなたは誰? 確かにあの場所には居たくなかったけれど・・・こんなこと・・」


「心配しなくても大丈夫だ。俺の名は、上杉謙信」









二人は、黄金色に輝く馬に乗り、駆け出す。



「伊勢・・しっかりつかまれ」


急に駆け出した馬・・

「・・・きゃっ」


(伊勢・・お前は・・変わらないな)


謙信にしがみつく伊勢。


「振り落とされないように、しっかり捕まれ。伊勢」



謙信は・・・生きている伊勢の温もりを感じ、胸が熱くなった。

(お前にまた会えるとは・・)





伊勢は複雑な想いの中・・・

馬から振り落とされないよう必死に、謙信にしがみついていた。



「伊勢・・ここまでくれば誰も追ってはこないだろう。ここで少し馬を休ませたいが・・よいか」


「はい」


謙信は伊勢を馬の背からおろし、馬に水を与える。


「・・・あの。謙信様。どうして私のことをご存知なのですか」



謙信は、伊勢に前世のことを説明することもできず・・・


「・・いや。美しい娘が踊っていたので、あれは誰だと連れのものに聞いたのだ。政宗の強引さに困っていたようだったので、つい余計なことをしてしまった」


「そうだったんですね。ありがとうございます。政宗様は悪い方ではないのですが、友人の紅華が片思いをしている人なのです。それなのに、政宗様が強引に・・・困っておりました」


「ははは・・やはり、あの足踏みはそういうわけだったのだな」


「まっ・・見てらしたのですか」


「お転婆だな・・」


「お転婆ではありません。ちょっと・・足がもつれただけです」




謙信は、すっと伊勢の頭に手を寄せる。

伊勢の髪飾りをとり・・


「・・・あの」


「お前の髪飾り・・馬に乗った時に乱れたのだろう」


優しく髪を撫でると髪飾りをつけ直してくれる



「この黄色い髪飾りは、おばあさまが大切にしていたものです。おばあさまがこっそり教えてくれたのですが、昔、おばあさまが若かった頃、お慕いしていた方から頂いたそうです。その方は(いくさ)に行くことになり、黄色い髪飾りは、帰って来たときに一目でおばあさまとわかるように・・・と言ってプレゼントしてくれたと聞きました。その方はそれを最後に戻って来ることがなくて・・おばあさまはずっと大切にしていたそうです」


「そうだったのか。お前によく似合う。たくさんの女たちが着飾ってあの場にいたが、お前の薄黄色のドレスと髪飾りは誰よりも美しく輝いていたぞ」


「・・えっ。先ほどはお転婆と呼んだのに・・ですか」


「お転婆は撤回しないが、綺麗だと思ったのも本心からだ」


「まっ・・」


「そうむくれるな」


謙信は、さっと伊勢の顎をもちあげる。


頬を膨らませ、すぼんだ口の伊勢は・・まるで幼子のようだ。




その可愛らしい顔。謙信の想いを知らないとはいえ・・たまらない気持ちにさせる。


「・・伊勢」


「えっ・・・」



謙信は、ついばむように伊勢の唇を奪う。

・・・なぜか身動きできずに立ち尽くす伊勢。


二度目に落とされた口づけは・・・謙信の唇がしっかりと合わさる。

唇の暖かさがお互いに伝わり、時間が止まったように感じる伊勢



まるで魔法にかかったみたいに、伊勢の心は囚われていく。





謙信は、何もなかったかのように伊勢に話しかける。


「さぁ、家まで送ろう」


馬に向かって歩いて行く。




「・・あの。ちょっと・・待ってください」


(・・・初めての接吻(キス)・・なのに・・ひどい)



謙信は、後ろから小走りについて来る伊勢に悟られないようにしていたが、頬が緩んでしまう。


伊勢・・おまえにはわからないだろう。どうしても我慢できなかった。目の前に愛するお前がいるのだ。政宗に先約と言ったのも嘘ではない。お前に前世の記憶がないだけで、お前はおれのものだ







小走りについて来ていた伊勢が立ち止まり・・


「あっ・・見て。謙信様・・あんな所に蝶が飛んでいるわ。とても綺麗ですよ」


蝶を指差す。

季節外れの大きな蝶が一匹・・ひらひらと舞っている。



「本当だな」


「謙信様・・・一つ聞いてもいいですか」


「なんだ」


「私は・・以前にこのような光景を見たような気がするのですが・・何故、このような感覚になるのかわかりません。謙信様とお会いするのは・・初めてですよね」


「・・・伊勢。知っているか、蝶は輪廻転生の象徴と聞いたことがある。きっと、お前とは前世でも出会っていたのだろう」


「まっ。謙信様ったら・・・もし、そうなら伊勢も輪廻転生したのかしら・・・うふふ」


伊勢の笑顔に謙信も思わず微笑む


(お前の笑顔をもう一度見れるとは・・・お前は、前世の記憶などない方がよい)



謙信は、伊勢の変わらぬ愛らしさに・・心奪われる。





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