桜の蕾
第二章三 「不得意」
「伊勢・・話があります。こちらへ来なさい」
(うわっ・・しまった。もう連絡が来てるなんて・・・)
「お父様・・お母様・・伊勢は、今たてこんでおりますので、お話はあとでお聞きしますわ」
ドドドーッ・・・伊勢、走り出す。
「これ・・伊勢。お待ちなさい。あなたという子は・・・ふく・・伊勢を捕まえておくれ」
「お嬢様・・・ふくがあれほど裁縫の仕方を教えましたのに・・・なぜこのようなものができるのですか」
ふくは・・・私が作った羽織を手に追いかけてくる。
ことの発端は・・・今から時間を遡ること・・・数時間前。
「伊勢さん。宿題の羽織ですが、これはなんですか」
「先生・・・。先生も宿題の羽織と今おっしゃったとおり、羽織です」
「・・・・・伊勢さん。これは、右手と左手の長さも違いますし、右手の腕周りは縫い合わされていて、手も通らないではないですか。私には雑巾にしか見えませんよ」
「・・・あれっ。うわっ・・本当に手も通らない・・・」
(また・・失敗しちゃった)
「伊勢さん。あなたと来たら、この女学校始まって以来のおちこぼれ生徒ですよ。ご両親にお話ししますので・・そのおつもりで」
伊勢・・十六歳。花も恥じらう女学生。
勉強が好きで女学校に通ってはいるものの、裁縫、料理・・・花嫁修行が大の苦手。
父・信由は、相馬藩の上級武士だったものの、武士の時代は終わり・・・達筆さと真面目な性格、勤勉さをかわれ、なんとか政府の仕事につくことができた。
母は、お嬢様育ちで、一般の生活にはいまだ馴染めずにいる。いつも、いつも・・武士の世を恋しがる。
(そりゃね・・母のような箱入り娘にこの時代の変化は大変だよね。でも・・私は現代を颯爽と生きる女になりたいの)
祖父は、養子婿だけど、昔の武士のスタイルを貫いている。あっ・・スタイルだけじゃない。頭の中も未だ武士の世で・・とても頑固なおじいちゃん。でも・・私にはとっても優しいおじいちゃん。
ただし・・祖母には、頭が上がらない。祖母はおじいちゃんと見合いで結婚したけれど・・・その昔本当は結婚したいと思った相手がいたようだ。
兄・権太も父と同じ所で、働いている。
弟の直胤は、北辰一刀流の道場で剣術を毎日磨いている。
みんな・・大変ながらもこの激動の時代を生きている。
ある日のこと・・・
「伊勢。遊びに来てあげたわよ」
紅華は、同じ女学校に通っている幼馴染。
「伊勢・・・良い知らせを持って来たわよ。私・・政宗様と舞踊会に行けることになったの。伊勢・・・あの政宗様よ。みんなの憧れの政宗様がようやくOKしてくれたのよ。でもね・・一つだけ条件があるの。伊勢も一緒に来ることなんですって。なんで・・伊勢もいっしょなのかしら・・・まっ・・いいわ。進之介お兄様に頼んでやっとOKしてもらったのよ。伊勢・・・今回は絶対に付き合ってもらうわよ」
紅華の兄・相馬進之介は、小さい頃は体が弱く、よくいじめられていた。お転婆な伊勢はそんな進之介にいつも味方していじめっ子を追い返していた。今では、弟の直胤と同じ剣術を習い、かなりの腕前である。剣術に強く、優しい性格なので、女学生からも人気がある。
紅華には、知らせていないが・・・
政宗は、何度となく伊勢を舞踊会に誘っていた。そして、伊勢はいつも断っていた。
伊勢にとって、鹿鳴館の舞踊会など全く興味もなく、馬を走らせてる方か、よっぽど楽しいのだ。
「紅華・・私は行けないよ。紅華と違ってうちはドレスを新調する余裕もないし・・私・・そういうの苦手だし・・」
「何言ってるの。そんなこと許されないわよ。あなたのドレスは進之介お兄様が新調してくれるわ。お兄様・・あなたをエスコート出来ること、あれで、結構喜んでるみたいよ。なんでかしら・・まっ、そんなことはどうでもいいわ。伊勢・・今回だけは、絶対命令よ」
「もう・・紅華ったら。無理だって・・」
「・・あら。いいの。私にそんなこと言って。お父様に伊勢のお父様とお兄様のこと頼もうかしら・・・。私が頼んだら・・どこかに飛ばしてもらうこと(左遷)だって出来るわよ」
紅華の父は、伊勢の父と兄の上司である。そして、紅華の父は、紅華のいうことならなんでも聞いてしまうくらい、紅華を溺愛している。
「・・・わかった。でも・・今回だけだよ。そして、ドレスはいらない。ふくが、いつか着る日が来るかもしれないと手作りしてくれたドレスがあるの。だから、それを来ていくわ。でも・・約束よ。これが最初で最後だからね」




