高野山
第一章 二十四 「入定」
謙信は、上洛の帰路、すぐに越後へは帰らず、高野山へ向かっていた。
当時、高野山は非武装地帯として扱われており、どの武将たちも衣を脱ぎ、漆黒の陣笠をかぶって、左手に数珠をまいた姿で入山しなければならなかった。
高野山は、弘法大師が開いた日本仏教の聖地で、当時は女人厳禁。厳しい戒律のある真言密教の本山として名が知れ渡っていた。
真言密教では「入定」と呼ばれる究極の修行方法があり、空海(弘法大師)は、835年3月21日62歳の時、一切の煩悩を捨て去るため食を取らず、自我を解き放ち、精神世界(菩薩の世界)へと至るため、座してその姿勢を崩すことはなく、己の肉体だけを現世に残し入定した。
世に言う、即身成仏。「人は生まれながらにしてすでに仏である」とする大師の教えの1つであり、密教における究極の奥義である。
「死」や「滅び」と言う概念はなく、肉体だけを現世に残して仏になることを意味し、謙信は、この教義に心惹かれた。
無量光院では、住職清胤が朝の護摩堂で護摩行をしている。
清胤による護摩行は、幻想的であり謙信の心を捉える。
炎は、現世の辛さを忘れさせてくれるかのように・・・メラメラと燃えている。
謙信が真っ赤に燃える炎をみて祈りを捧げていると・・・
炎がゆらゆらとひときわ大きく揺れだし、まるで炎にのみ込まれるかのような感覚になってきた。
無の境地で祈るとは、このような感覚なのか・・
謙信がそう思った矢先・・・・突然、トランス状態におちいってしまう。
「・・・殿」
謙信はすーっとそのまま気を失った。
どれくらいの時間、意識を失っていたのだろう・・・
目を覚ますと・・人通りの多い道に倒れていた。
「・・・きゃー。目を覚ました!!」
「死んでるのかと思ったわ」
横たわったまま目を開けると、女が二人立っていた。
「・・大丈夫ですか?」
どこか見覚えのある女が話しかける。
「・・あぁ。大丈夫だ」
見覚えのある女・・・なのに・・・どこか違う。
この女たちの着ている着物だ。なぜか・・ヒラヒラした裾野が広がった着物を着ている・・
まだ、意識が朦朧とした頭で考える。
「お前たちは・・何者だ」
「私は近衛公爵の妹・絶です」
「私は直江男爵の娘・ふえです」
「・・・なんだと・・今なんと申した」
よく見ると、髪型や服装は違っていても、絶とふえである。
「上杉伯爵様ったら・・・どうなさいましたの」
「・・なぜ・・お前たちはここにいるのだ」
「もぅ・・上杉伯爵様・・ご冗談がすぎますわ。こんな所に倒れていただけでも驚きましたのに・・ホホホ」
「私たちをお忘れになるなんて・・・・ひどいわ」
「なぜ・・俺はここにいるのだ」
「ここに倒れていらしたのを私たちが、お助けしたのですよ」
「私たちの馬車でお送りいたしますので、どうぞこちらへ・・」
霞む頭で・・・馬車に乗り込む。
馬車から見る景色は、まるで違う世界のようだ。
「ここは・・どこなのだ」
「あれは・・・鹿鳴館ですわ。謙信様・・是非わたくしとご一緒してくださらない」
「絶様・・・何を言っているの。謙信様は私と一緒にパーティに出かける予定なのよ」
「まっ・・ふえさんったら・・謙信様は私と一緒に行きたいのですのよ」
二人が口喧嘩を始める。
「今は・・・元号はなんだ」
「まっ・・今は・・明治ですよ」
「西暦1884年ですわ」
「330年後の未来に・・俺は居るというのか・・」
絶望感に襲われる謙信のことなど、気にせずに馬車は上杉伯爵邸へ到着する。
「おかえりなさいませ」
そこに立っていたのは・・・影家だった。




