憂愁
第一章十九 「君だけを」
伊勢の葬儀は、謙信の悲しみをよそに淡々とつつがなく執り行われている。
伊勢を正室のごとく手厚く葬る謙信。
伊勢が、死の間際まで大切に持っていた黄色い髪飾り。謙信は伊勢自身の手で剃髪したであろう、短くざっくりと切られた髪を優しく撫で、物言わぬ伊勢の髪から髪飾りを外すと自分の袂にそっとしまった。
伊勢の髪は短くなっていたものの、伊勢自身の美しさに変わりはなかった。
(伊勢は、天女だったのだろうか・・)
まるで眠っているだけのような伊勢の顔を謙信はじっとみつめている。
無表情に見える謙信の顔には、深い悲しみと悔しさが滲み出ている。
伊勢との永遠の別れは、あまりに突然で・・いまだ心の整理がつかない。
「・・影持。誰が伊勢を襲ったのだ。影家が仕組んだのではないのか・・」
「・・・殿。伊勢姫様襲撃の件、色々調べたのですが・・影家殿が関わっているとの確証はつかめておりません」
「・・・影家を八つ裂きにして、打ち首にでもすれば・・・この気持ちも少しは落ち着くかもしれん」
「殿。それだけはなりませぬ。影家殿を打ち首にしたところで、残念ながら・・伊勢姫様は戻りはしません。影家殿は、殿に忠誠を尽くす家臣達からの人望も厚く、今・・影家殿を処罰すると、みなの結束が乱れます。ここは・・・忍耐の時であると心得ます」
「・・・そちの言うことは、おそらく正しいのだろう。だが・・この怒りと悲しみをどう沈めたらよいのだ・・」
ー千葉采女邸ー
「・・なんだと。・・・伊勢が死んだと申すのか」
「・・はい。先ほど、春日山城から使者がまいり・・・。伊勢姫様とふく殿が何者かに襲われ・・・」
「謙信からの手紙では、伊勢と夫婦になると書いてあったのに・・・いったい何があったのだ」
「伊勢姫様は、青龍寺にて剃髪され、仏門にお入りになったそうです。その後、体調を崩され・・心配なさったふく殿が伊勢姫様をこちらにお連れする途中・・・何者かに襲われたと・・・」
「・・・なぜ、伊勢は剃髪などしたのだ。謙信は伊勢と夫婦になるのではなかったのか・・・」
「・・間者からの知らせによると・・・謙信殿には、関白・近衛前久の妹君・絶姫との縁談が持ち上がっていたそうです」
「謙信め・・わが愛しい娘が邪魔になったか。許せん。騙しおって・・」
これより先、謙信の配下として、謙信と共に戦をするのは到底むりであろう。
「よいか・・我らは、謙信の敵方である原 胤貞殿のもとに参り、配下となる」
「皆の者心せよ・・これより・・・謙信は・・我らが敵だ!」
「・・姉上。姉上の仇は・・この直胤が必ず果たします」
伊勢の弟・・直胤はこの時・・姉である伊勢姫の仇討ちを心に決めるのである。




