表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/59

羽衣

第1章十七 「愛しの君」


伊勢が、青龍寺で剃髪してから、すでに数日が過ぎている。



「姫様・・・どうか・・何か召し上がってください。この真っ赤ないちごも・・美味しそうですよ」


ふくが、やさしく伊勢に声をかける。



伊勢は、まるで蝋人形(ろうにんぎょう)のように、瞬きもせず、外を眺めている。






あの日以来・・伊勢は何も食べることができなくなっていた。




柿崎影家(かげいえ)は、弟の直胤(なおたね)の命と交換に、剃髪して出家するようにと迫り、伊勢を奈落の底に突き落とした。






伊勢は武家の娘らしく覚悟を決めると・・・柿崎影家の目の前で、凛として自らの短剣で髪を剃髪、出家した。


ふくは、おろおろと泣いている。









あれから・・


伊勢姫様は、一言も言葉を発しなくなり、体もひどく弱ってきている。

・・・ふくにはわかっていた。



「姫様・・お父上やお母上のもとに帰りましょう。姫様はすでに剃髪し、出家した身。越後に残る理由などありますまい」


ふくは、伊勢の帰郷願いを憎き仇、謙信が戦に出ている間、春日山城を取り仕切っている影家に申し入れする。


「忌々しいことだが・・・このままでは謙信殿が帰って来られる前に姫は死んでしまう。何としても、姫のお命を護らなければ・・・」






ー数日後ー


「・・・姫様。・・・姫様・・帰郷のお許しをもらいましたよ。・・帰郷されたら、きっとご気分もよくなりますよ」




「・・・ふく。ありがとう」


弱々しい声でふくに礼を言う。久しぶりに伊勢の声を聞いたふく。



「さぁ、姫様・・・(かご)の用意はできております。すぐにでも参りましょう」


「・・ふく。謙信様と天室光育和尚様に文(手紙)を書きます。少しだけ待ってておくれ」


伊勢は急いでふたりへ手紙を書く。





(・・謙信様にこのような無様な姿を見せることなど出来無い。


でも・・何も言わずに去ることは・・どんなに謙信様を傷つけるだろう。


せめて・・手紙を残そう)




今・・伊勢に許された、謙信への愛はこの手紙だけだった。







ふくは、書き終えた伊勢の手を取り、籠に乗せる。




籠に乗り・・・しばらく進むと・・・


ふくは、大きなしだれ桜の木の横に、遅咲きのめずらしい黄色い桜(御衣黄桜)が咲いているのを目にする。


「・・・姫様・・あそこに黄色い桜が咲いていますよ。こんな時期に、めずらしいものですね」




「ふく。・・・籠を止めてはくれませんか?」


そこは謙信と伊勢が、仲睦まじく一緒に花見をした場所だった。


ふくは籠の人足に休憩を与える事にした。人足たちは、そばの小川で涼んでいる。



伊勢は籠から降り・・桜の木を見ている。


「あの時見た、なでしこ(ピンク)の桜の花は散ったというのに、まだ・・黄色い桜は咲いているのね。・・ふく。・・以前・・ここで謙信様と一緒にお花見をしたのよ。それは、それは見事な桜で、花が満開に咲いていたわ。風が吹いて花びらが私の髪にひらひらと落ちてきた時、謙信様は笑いながら・・やさしくひろいあげてくれたの。二人で桜を見ているだけで幸せだった・・・。そうだ・・その時・・蝶もたくさん舞っていたのよ・・」


「姫様・・そんなことがあったんですね」



「ねぇ・・・ふく。・・・・・あれは・・夢だったのかしら・・」



「・・・姫様」


ふくは、伊勢の肩を抱き寄せ、すすり泣く。





「・・・ふく。謙信様との思い出のあの桜。どうしても、枝を一つだけ持ち帰りたいのだけど・・・」


「・・・わかりました。姫様・・小さな枝を持ち帰りましょう」




伊勢が桜の木の枝に手を伸ばす。

ふくは、涙ぐみながら横で見ている。





ザザーッ・・・一瞬・・ひときわ大きな風が桜の木を揺らした・・・





二人が後ろを振り向くと・・・黒装束に身を包んだ男たちが数人・・伊勢とふくの後ろに立っている。


「・・・・何者じゃ」


ふくの声が響き渡る。





男たちは・一瞬にして二人を捕らえ・・口上を述べる。





「伊勢姫殿・・・あなた様のお命・・・頂戴いたします」





「・・・何を申すのだ。我らは許可を得て・・・これから帰郷するのじゃ」

ふくが 叫ぶ。



「伊勢姫殿に罪はございません。しかし・・我らは命をうけております」


「誰のさしがねじゃ? ・・・影家の仕業なのか」


ふくが怒鳴る。



黒装束の男は、静かな声で・・


「伊勢姫殿・・・あなたが生きていると・・・殿はどんな手段を使ってでも、あなたと一緒に生きることを望むでしょう。その為に無駄な戦をし、越後が戦火に巻き込まれるかもしれません。それでは・・困るのです。あなたに恨みはございませんが、そのお命。殿の為にお捧げください」



「・・わたくしの髪だけでは足り無いと言うのですね」





・・・そう・・伊勢が言い終える間も無く・・・


伊勢は、黒装束の男たちに襲われる。




「・・なんということ・・。・・・・・謙信様・・」




想い出の・・・桜の木の下・・・・伊勢とふく・・


ふたりの命のともしびが・・・静かに消えていった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ