運命のいたずら
第一章十五 「恋しい日々」
謙信が、春日山城を経って三日後の事・・・・
留守居役の柿崎 景家殿から青龍寺に行くようにとお達しがくる。
「伊勢姫様・・・青龍寺に姫様の弟君・直胤様が訪ねて来ているそうですよ」
ふくが伊勢に伝える。
「なぜ、春日山城ではなく青龍寺なのですか?」
「父上の采女殿は、謙信殿の配下となりましたが、いまだ千葉宗家は北条方の味方です。謙信殿とは敵国になるのです。年若い直胤様とはいえ気をつけなければなりません。おそらくそのような事情から青龍寺でお会いになるようにとの影家殿のおやさしい配慮なのでしょう」
「それにしても・・・父上からの文も届いておりませんのに・・・直胤は無事に越後についたのかしら・・」
伊勢とふくは急いで弟・直胤の待つ、青龍寺へと急ぐ。
青龍寺に到着すると、和尚の部屋へと通される。
そこには、直胤の姿はなく、柿崎 景家が待ち構えていた。
「影家殿・・直胤様はいづこですか?」
ふくが影家に問いただす。
「ふく殿・・直胤殿などおりません」
「なんですと・・・。では、なぜ我らをここに呼び寄せたのですか」
「恐れながら・・伊勢姫様には、本日・・・この場で剃髪していただきたいのです」
「なにを言っておられるのです。姫様は謙信殿と夫婦になられるのですよ」
「それでは、弟君の直胤様を本当にこちらに呼び寄せましょう。直胤様は伊勢姫様に会えると聞いて、喜び勇んで越後に来るでしょう。・・・ただし、越後から生きて戻ることはできません」
景家の鋭い目が光っている。
「謙信殿はこのような事をお許しになりませんぞ」
ふくは大きな声で影家に申し立てる。
「伊勢姫。・・・謙信殿には、関白・近衛前嗣の妹君・絶姫との縁談が持ち上がっているのです。しかし、殿は一時の感情であなたと夫婦になると言いだし、この縁談を断ろうとしています。越後の混乱は今も続いており、殿のお命を狙うものも多い。この縁談を断ると殿のお立場は困難なものとなり、越後は戦乱の嵐になるのです。」
影家は、背を正し・・・伊勢にひれ伏した。
「伊勢殿・・・後生ですから・・謙信様の事を本当に思っておられるのなら・・この場で剃髪してください。」
伊勢の目から・・・大粒の涙が溢れ出す。
「もし・・わたくしが嫌と申したのなら・・・」
「直胤殿のお命・頂戴いたします」
「なんと・・・理不尽な・・影家殿・・姫様のお気持ちや謙信殿のお気持ちを踏みにじって、そのような事・・許されるはずがありませんぞ」
ふくが影家に怒鳴り声をあげる。
「ふく殿・・そなたが伊勢姫を思うように・・私も謙信様を思い、事を起こしたのです」
溢れ出す涙をぐっとこらえながら・・伊勢は影家に問いただす。
「影家殿・・・・わたくしが、謙信様と夫婦になる道など・・万が一にもないと言う事なのですね」
「そうです。 伊勢姫・・・あなたのお心だけでは、殿の助けにはならないのです。あなたは敵国である降将の娘。あなたのような娘を寵妃にするということは、傾国の元。 今までのことは、殿の気まぐれ・・・一寸の夢と思ってください。殿もすぐに夢から覚めて、あなたのことなど忘れてしまうでしょう」
「・・・なんとおいたわしい。影家殿・・ふくは・・・ふくは・・・そなたを未来永劫恨み申しますぞ」




