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悲しき・・源氏物語

第1章十四 「約 束」


「伊勢・・・伊勢はおるか」


いつものように謙信が、伊勢の部屋に入ってくる。


「謙信殿・・そんなに大きな声で叫ばなくとも・・伊勢姫様なら読書中でいらっしゃいますよ」

ふくが呆れ顔で答える。



「・・・伊勢。なにを読んでいるのだ?」



「・・あっ。謙信様。 ・・・源氏物語を読んでおりました」



「・・・どれ」


謙信は、伊勢の横に座り、肩を抱き寄せ源氏物語を覗き見する。




「・・・朧月夜の秘め事と書いてあるぞ」笑いながら読み上げる。


伊勢は、謙信と過ごしたあの朧月夜を想い出し・・・急に顔を真っ赤にする。




「・・謙信様。源氏物語を読んだことはございますか?」


「・・いや。このようなおなごの読む書物は読んだことがない」


「まっ・・・謙信様。(ひかる)源氏の君をご存知ではないのですか?」


伊勢は、真っ赤に染まった頬の意味を謙信に悟られまいとちょっぴり意地悪を言ってみた。



「聞いたことはあるが・・・詳しくは知らん」


「謙信様・・(ひかる)源氏の君は、数々の浮名を流す恋多き殿で、この朧月夜の君は源氏の君の敵方の姫なのです。東宮妃になるはずでしたが、源氏の君と恋仲になってしまい、それを知った朧月夜の父の逆鱗に触れ、(ひかる)源氏の君は謀反の罪を着せられ須磨へと流布されるのですよ」


「そのような話だったのか・・」


「・・・きっと、謙信様も光源氏の君のように、これから・・たくさんの浮名を流すのでしょうね」


ちょっと拗ねて謙信に言い放つ。



「なにを申すのだ。源氏物語の(ひかる)源氏などといっしょにするな。我らは平氏の一族よ。神仏に誓って嘘はつかん。伊勢・・そなただけが我が妻だ」


「・・謙信様」

頬を染めて微笑む伊勢。





「そうだ、伊勢・・・これからしばらくの間、城を留守にすることになった」


「・・謙信様。戦が始まるのですか? 」


心配そうに謙信の顔をのぞみこむ。



「将軍足利義輝殿から越後国主の地位を与えられたのだ。越後統一のため国衆のいざこざを片付けなくてはならん。・・・なにも心配はいらない。すぐに戻ってくるから源氏物語を読んで待っておれ・・」


心配そうにうつむく伊勢。



「・・・それと・・忘れておった。伊勢・・帰って来たら祝言をあげるぞ。重臣達には伝えてある」


「えっ・・本当ですか?」


悲しそうな顔がいっきに明るく笑顔になる。


「・・・どうぞご無事で。ご武運をお祈りいたしております」


「帰って来たら、また(ひかる)源氏の話を聞かせてくれ・・・」


髪を優しく撫でられて、伊勢はこくんと頷いた。







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