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005 決闘開始

 勝負の日まで、あと7日。

 時間は限られている。

 さっさと強化訓練を始めなければならない。


「お前を一週間で戦えるようにするには、色々と省かなくてはいけないことがあるのだが――――」


「……無理ですよ」


「何?」


「ダーニスさんは一年生ながら特別クラスで戦闘訓練を受けた人なんですよ……座学しか受けてこなかった私じゃ勝ち目はないと思います」


「お前が使える魔術は?」


「ありません」


「……」


 想像以上に重症だった。


 この時点で使える魔法があれば、それを利用できるように訓練するつもりだったのだが、これでは一から魔術を教えるしかない。

 さらに余裕がなくなってしまったが、まだ何とかなる。

 少々アムには苦労してもらう羽目になったがな。


「あと一週間でお前をダーニスに勝てるようにするには、一つの魔術に特化させる必要がある。そしてその特化させる魔術はもう決まっている」


 俺は教室の黒板を使い、魔術の詠唱を書き上げる。

 

 もっとも簡単な魔術にして、基礎中の基礎。

 そして極めれば何者にも負けない力となる魔術だ。


「これって――――」


 あれから時間は進み、あっという間に一週間が過ぎた。

 俺とアムは、広大な学院内の地下を掘って作られている決闘場へ向かっている。


「あわわわ……」


「落ち着け。今から怖気づいていてどうする」


「だって……」


 アムが怯えているのは、この先の決闘場から聞こえる歓声だろう。

 ハーゲンは確かに『全校生徒』と言った。

 この学院にいる500人ほどの生徒が、これからの戦いを観戦しに来ているのだ。

 初戦闘、さらには多人数の前に立ったこともないようなアムが怯えるのも分からなくはない。

 

「自信を持て、アム。今のお前は強い――この学年に敵がいないほどにな」


「そ、そんなこと言われても」


「動けなくなったときは、頬でも何でもいいから叩いて痛みを感じろ。生きている(・・・・・)ことを感じるんだ(・・・・・・・・)。これからお前は、死地に(おもむ)くんだからな」


「……は、はい」


 俺にはもう死という概念はない。

 リッチという、化物の同類になってしまった俺は、もう『死』というある種の救済を受けることは出来ないのだ。

 何事にも恐怖を感じない。

 しかし、恐怖を感じるというのは強みだ。


 その恐怖を乗り越えたとき、人は強くなれる――――らしい。


 魔王様の受け売りだがな。


 とは言っても、さすがに殺されることはないだろう。

 要は気分の問題だ。


「生に執着しろ。殺されるくらいなら殺してやるくらいの気概でな」


「が、頑張ります」


 アムは青い顔で、痛そうに胃を押さえている。

 ……本当に大丈夫だろうか。

 

 決闘場に入ると、観客たちの話し声が止む。

 多くの不快なほどの視線たちが、俺たちに刺さっていた。


「おえっ」


「えずくな。胸を張って前にいる敵だけを見るんだ」


「は、はいっ」


 決闘場は、中心で行われる決闘を見るために観客席が囲うように設置されている。

 観客席は半分以上が埋まっており、ほとんどの生徒が観客としてここにいることが見て取れた。

 そして彼らの目的は、すでに目の前で戦闘準備を整えているエリート二人組による蹂躙劇を見届けることだろう。


「よくぞ逃げずにやって来ましたね」


「逃げませんよ。こんなチャンス滅多にないのですから」


「減らず口を叩きますね……まあいいです。手始めに私の最高の生徒が、あなたの用意した落ちこぼれを粉砕してみせましょう」


「……お手柔らかに」


 ハーゲンはダーニスの肩に手を置いたあと、向こう側の控室の方へ向かった。

 俺は一度アムに向き直り、その眼を見つめる。


「っ……」


 相当緊張している。

 これでは力を出し切れない可能性があるが、それでも――。


「へし折ってやれ、奴らの鼻っ柱を」


「……はいっ!」


 ――アムがダーニスに負けることはない。


 硬い動作ではあるが、アムは決闘場の中心に進んでいく。

 俺はそれを見届け、観戦しながら待つことが出来る控室へと入った。


「逃げればよかったものを……平民風情が」


「よ、よろしくお願いします!」


「……チッ」


 煽られていることを物ともせず、頭を下げるアム。

 一週間過ごして分かったことだが、アムは繊細に見えて意外と図太い。


 俺が決闘前の二人の様子を見守っていると、控室に何者かが入ってくる気配を感じた。


「やぁやぁ、マレウス先生。ご機嫌麗しゅう!」


「校長……」


「教師として採用されてから、まさか10日余りでこんな面白いイベントを起こしてくれるなんてねぇ! 君を採用してよかったよぉ!」


「それはどうも」


「連れないねぇ! まあいいやぁ!」


 校長はその辺りの椅子に腰を下ろし、足を組む。

 そして心底楽しそうに、決闘場の中心を見つめ始めた。


「いやぁ……まさかあのハーゲン先生の一番弟子とも言われるダーニスと、アムを戦わせるなんてねぇ。彼女、まだ使える魔術はなかったと思うけどぉ?」


 この女、もしや全校生徒の性能をすべて覚えているのではないだろうか。

 ……ありえないと言い切れないのが、この女の恐ろしいところだ。


「ええ、アムには使える魔術はありませんでした。まさか火の下級魔術すら使えないとは」


「この学院のカリキュラムのせいだねぇ。いつからこんな風になっちゃったのか」


「あなたが関わっているのでは?」


「国からの命令さ。つまらない中年魔術師どもが勝手に生徒たちの成長を縛っている。私も立場的には逆らうわけにはいかなくてねぇ」


「難儀ですね。あなたならそんな魔術師供、一掃出来るだろうに」


 校長は俺の言葉に薄ら笑いを浮かべる。

 

 この学院の中で、唯一俺が強者と判断したのは現状校長のみだ。

 500年前でも、それなりに名を上げたであろうほどの魔力と魔術を持ち合わせている。

 そんな人間が、ぬるま湯のような現代に浸かりきった魔術師供に負けるわけがない。


「それは言わないお約束だよぉ。ま、今は私ことをは置いておこう。アムの話に戻ってくれるかい?」


「……アムには、魔術を一つだけ教えました」


「へぇ」


 校長は黙って先を促す。

 しかし、俺は決闘場の中心にいるアムを指差した。


「すぐに分かりますよ。度肝を抜かれるような、最強の魔術ですから」


 入念に準備運動をするアムとは裏腹に、ダーニスはその様子を憐れむ視線で見下ろしている。

 自分の勝利を信じきっているのだろう。

 

『両者、所定の位置へ』


 決闘を取り仕切る別の教師の声が響く。

 二人はある程度の距離を取り、向き合った。


『決闘時間は無制限、勝敗はどちらかが降参するか、気絶するまで。両者、準備はいいか?』


「はい、出来てます」


「は、はい!」


『それでは――――決闘開始!』


 教師の号令とともに、ダーニスの魔力が高まる。

 嘲笑うかのような笑みを浮かべる彼は、両手を広げて胸を張り出した。


「こんなところに無理やり出場させられて、君も可哀想だな。精々赤っ恥をかく前に、一撃で沈めて――――」


 何を呑気に話しているのだろうか。

 もうアムは動き出しているというのに。

 

 地面を強く蹴った音とともに、アムの姿が消える。

 一瞬だけ吹き荒れた突風が止むと、彼女はダーニスの遥か後方に現れた。


「あ、外しちゃった!?」


 ……初撃は外すなと言っておいたんだがな。

 

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