004 三下魔術師ども
「――――どうしたものか」
「す、すみません」
あれから三日。
この教室の天井には、いくつもの石が刺さっていた。
アムは、とことん魔力コントロールが下手くそなのだ。
魔力の栓が締められないようで、本当に1か100しか存在しない。
諦めないなどという綺麗事の前に、まず出来ないことはするべきではないという教訓を得た。
「別の訓練も考えてみるか……その方が道も開けやすい」
「はい……」
途中までは強い意志を持って取り組んでいたアムだったが、今ではすっかり無表情になってしまっている。
さて、魔力コントロールが苦手であれば、魔力コントロールをする必要が無い魔術を教えてしまおうかどうか悩む。
それを教えてしまうと、アムの道は一本に縛られてしまうからだ。
もう少し根気よく続けてみるべきか――――。
「失礼しますよ、マレウス先生」
考え込んでいると、ノックもせずに教室の扉が開かれた。
中に入ってきたのは、一人の男子生徒を引き連れたハーゲン。
いやらしい笑みを浮かべ、俺たちの方へ近づいてくる。
「あまり授業は捗っていないようですね」
ハーゲンは天井に刺さっている石たちを見上げている。
アムは羞恥のあまり頬を赤く染め、俯いてしまった。
「アムさん、こんな役に立たない授業を受けてないで、私の授業に出なさい。この学園で一番の実力を持つこの私が直々に魔術を教えて差し上げます」
「い、いや! 大丈夫です! 私はこのマレウス先生の授業に参加していますので……」
「ふむ……困りましたねぇ」
ハーゲンはわざとらしく首を傾げる。
そして下品な笑みを俺の方へ向けてきた。
「このまま生徒数が一人のままでしたら、マレウス先生はこの学院にいられませんから……最後の一人を私が受け持つことで、マレウス先生が早いところ再就職出来るようにして差し上げたかったのですが」
よく言う男だ。
ただ俺が邪魔なだけだろうに、生徒の前だから取り繕っている。
腹立たしいが、生徒がいなくなれば俺の存在価値がなくなるのは間違っていない。
すべてはアム次第ということになる。
「でも……私はマレウス先生に指導してもらうと決めましたから!」
「――良い生徒に恵まれましたね、マレウス先生」
ハーゲンは笑顔であるが、眼が笑っていない。
内側では腸が煮えくり返ってるはずだ。
「ああ! それではこうしましょう!」
怒りを隠しながら、ハーゲンは言う。
「おそらくアムさんはマレウス先生の実力を信じているのでしょう! だからこそそうしてマレウス先生を信じて授業を受けている! ならば私の方がマレウス先生より実力が上ということを証明すればいい! どうでしょう、そこで――――」
ああ、言わんとしていることは分かった。
上手いこと考えたものだ。
しかし、その方が俺にとっても都合がいい。
「――決闘でもしようということですね」
「その通り! 教師としての実力はどちらが上か、全校生徒の前で確かめましょう! あなたが負ければアムさんは私の授業を受け、あなたが勝てばアムさんはあなたの生徒のままです。異論はないですね?」
アムがとなりで息を飲んだ音が聞こえた。
全校生徒とは大きく出たな。
絶対に負けないという確信があるのだろう。
大恥を晒すというリスクを、まったくもって考えていない。
「決闘の内容は、魔術を使用したどちらかが降参するか、気絶するまで戦うスタンダードなもの。我々教師同士と、我々が選抜した生徒同士での決闘の二本勝負です」
「……ほう」
「あなたの場合は他に生徒もいませんし、アムさんを選抜することは確定でしょう。私は彼を選抜させていただきます」
ハーゲンがそう言うと、今まで後ろに控えていた男子生徒が一歩前に出てきた。
男子生徒は自前の金髪を掻き上げると、俺とアムを見て鼻で笑う。
「ダーニス=エレメートだ。エレメート家の長男だと言ったら、分かってくれるか?」
「知らん」
「……」
俺がばっさり切り捨てると、出鼻をくじかれたからかダーニスの笑みが崩れる。
「あ、あなたはエレメート家を知らないのですか……?」
「ああ、聞いたこともないです」
そんなに有名な家名なのだろうか。
生憎、俺は500年前の家名の知識しかない。
凍りついた空気の中、アムが俺の服の袖を引っ張り、頭を下げさせた。
どうやら耳打ちがしたいらしい。
「エレメート家と言えば、様々な属性を使いこなし、瞬く間に魔術三大名家に選ばれたエリート家計ですよ!? ほんとに知らないんですか!?」
「知らない。知る気もない」
「えぇ……」
困惑されても、興味がないのだから仕方がない。
こんな魔術の水準が落ちた世界の名家など、決して誇れるものではないからだ。
「ま、まあいいです。というわけで、あなたと私、そしてアムとダーニスの決闘でよろしいですね?」
「ええ、構いません」
「ちょちょちょ! 待ってください! 私ですか!?」
俺とハーゲンの間に、血相を変えたアムが割り込んできた。
「さっきは聞き流しましたけど、本当に私とダーニスさんが決闘するんですか!?」
「そうだ」
「相手は一年生の序列2位ですよ!? 底辺の私じゃ相手になりませんって!」
序列とは、一つの学年の成績上位者5名に与えられた順位のことだ。
現段階で、すでに役人や貴族になることが確定しているような実力者たちである。
ちなみにだが、アムは最下位から数えたほうが早い。
俺はその言葉を無視して、彼女を押しのける。
そして再びハーゲンの前に立った。
「決闘の件は了承しました、ただしこちらから一つ条件を提示させていただきます」
「何でしょうか? ある程度なら聞きましょう」
「一週間ください。こちらも準備をしたいので」
「準備……ですか。まあいいでしょう。何をしようと無駄だとは思いますが、慈悲を与えないわけにはいきませんからね。ダーニス、行きますよ」
「はい、先生」
二人は一度侮蔑の表情で俺たちを見た後、教室から出て行く。
俺はそれを鼻で笑い、アムに向き直った。
顔が怯えている。
「どうした?」
「どうしたもこうしたもないですよ! 学院一の魔術師のハーゲン先生と、一年生の序列2位のダーニスさんと決闘するんですよ!? 平静じゃいられません!」
アムは一通り叫んだ後、その場にうなだれる。
「私はまだいいですけど……負けたら先生はもう」
「解雇だろうな」
「何故そんなに冷静なのか!」
大人しい生徒かと思いきや、中々に面白い反応をする。
生徒に心配されてしまうとは、まだ俺の信用も高くはないということだ。
ここで証明してみせよう。
500年前の魔術が、どれほどまでに優秀なのか。
そして、現代の魔術が、どれほど劣化してしまっているのか。
「それに一週間の期間を貰ったって、どうにも出来ないですよ……」
「違うぞアム。一週間もあるんだ」
これは好機だ。
「一週間で、お前を序列1位――――いや、それ以上の実力者にしてやる」
どの道、最終的にはアムを最強の魔術師にするのだ。
この学院を変える、絶好の機会を逃す訳にはいかない。
手始めに、あの勘違いした三下魔術師供から打倒してみせよう。
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