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003 この国で一番の魔術師に

「おはようございます、マレウス先生」


「……おはようございます」


 アムが石を飛ばした授業の翌日、俺が職員室に入ると、一年生の授業を持っているハーゲン=ドレッドが声をかけてきた。

 人を小馬鹿にしたような表情を浮かべている男性教師だ。

 いちいち怒りを覚えるほどではないが、気分が悪いことは間違いない。


「生徒から聞きましたよ、基礎訓練と称して一年生から魔力コントロールを教えているとか」


「ええ、この歳から鍛えれば、将来優秀な魔術師になりますから」


「なるほど」


 ハーゲンは一度頷いた後に、俺の耳元まで近づいて来てから、周りの教師に聞こえない声で話し始めた。


「――校長に情けで教師にしてもらっている分際で、いい気になるなよ。この学院は我々という魔術師のエリートが組んだカリキュラムによって生徒を育てている。あまり余計なことはせずに、提示された内容を教えるだけでいいんだ」


「……」


「あまり私を怒らせるな。この学院でもっとも強いのは私だ。貴様なんぞいつでも潰せる」


 先ほどから耳に風が当たって気持ち悪い。

 俺は冷めた目でハーゲンを睨んだ。


「反抗的な態度だな。従順になるのであれば生徒たちへの提案は取り消してやってもよかったが――――」


「提案?」


「それは自分で教室へ行って確かめるんだな」


「……そうします。では失礼」


 俺は立ち上がり、いつも通り予備の石を持って教室へと向かう。

 教室に入ると、予想通りであり――――予想外の光景が広がっていた。


「……他の連中はどうした」


「そ、それが……全員教室から出て行っちゃって」


 教室の中には、アム以外の人間がいなくなっていた。

 椅子が引かれた様子もなく、立ち寄った形跡すらない。

 ハーゲンが言っていたのはこのことだったようだ。


「アム、事情は知っているか?」


「昨日の放課後……ハーゲン先生が来て、『マレウス先生の授業に不満がある者は私が臨時授業をしてあげよう』って……」


「……そうか」


 何人かの生徒が授業を抜けるのは覚悟していたが、まさか一人を残し全員いなくなるとはな。

 まあ、一人残っただけでも良しとするか。


「お前はどうして残った?」


「あ……いえ、私だけまだちゃんと石を浮かせられてないですし、マレウス先生は私を見ても呆れなかったので……」


「呆れる? なぜだ?」


「だって全然出来ないから……基礎訓練すらすぐに出来ないなんて、呆れられても仕方ないと思うんです」


 アムは、机の上に置いてある石を眺めている。

 

 俺は自分の石を持って、目の前で浮かせて見せた。


「お前は基礎訓練すらと言ったが、これが出来ない人間などいくらでもいる。俺も昔は出来なかった」


「え!?」


 アムは驚いた様子で頭を上げた。

 俺は手の上で石を弄びながら、アムと目を合わせる。


「幼い頃だがな。初めはお前のように浮かせられなかったし、予期せぬ方向に飛ばしたりしていた。毎日魔力が枯れるまで訓練し続け、ようやくここまで昇華出来たんだ」


「……」


「訓練すれば何でも出来るとは言わない。だが、訓練が何かを変えることはある。お前がこの訓練で、魔力の出力調整が苦手なことは分かった。ならば別の方法で――――」


 そこまで言ったところで、教室の扉が突然開いた。

 そうして中に入ってきたのは、赤い長髪を持つ女子生徒だ。

 アムと同じクラスである、シャルル=レッドベル。

 クラス内でもっとも実力があった存在だ。


「お取り込み中のところ申し訳ないけど、アムさん、あなたを呼んでくるようにハーゲン先生が」


「わ、私を?」


 俺を本格的に潰しにきたか。

 生徒がいなくなれば、さすがに教師として学園にいることは出来ない。

 

「……アム、お前が決めろ。ここで行ったところで責めはしない」


 ここでアムがいなくなれば、そのときは潔く諦める。

 また別の方法で魔術師の水準を上げるしかないが、俺には有り余るほどに時間があるのだ。

 

「私は……まだ行きません。これを途中で投げ出したくないんです」


 アムは、シャルルに石を見せた。

 シャルルは興味なさそうに視線を逸らすと、教室の外へと出ていこうとする。


「そう、まあどうでもいいけど」


「レッドベルさん……」


 彼女の背中を見送ったあと、アムは席に戻った。

 そして、石を浮かせる訓練を再開し始める。

 

「私、途中で何かを投げ出したくないんです」


 アムは石から視線を逸らさず、語り始めた。


「立派な魔術師になるには、何かを諦めている場合じゃないと思うんで――――」


「……」


『魔王様の前で、この俺が諦めている場合ではない』


 ふと、500年前の戦争で自分が言った言葉が脳裏をよぎった。

 何となく、アムと昔の自分が重なる。

 

「約束してやろう、アム」


「え?」


「お前がこの先も俺の指導を受けるのであれば、お前をこの国で一番の魔術師にしてやる」


「――――はい!」


 アムが力んで頷いた拍子に魔力コントロールを間違え、高速で飛来する石を手で受け止めながら、俺は決意した。

 こうなると、他の生徒がいなくなったのは好都合だ。

 まずは手始めに、この少女を最強の魔術師に育て上げよう。


 

今日は三話投稿しています。よろしくお願いします。

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