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Hill of time

冬です。

長いです…他に比べたら…

嬉しかった。

「うおぉぉぉぉぉ〜」

君と笑えた日々が…

()の太刀…」

もし叶うなら…

灯火(ともしび)ッ!!!」

もう一度…



笑い合える友達は大切だ。

例えそれが異性でも…

「うわっキモッ何黄昏てんの?」

まぁコイツを除いての話だが…

「さいて〜無視しやがる」

「お前さぁ…少しは大人しくできない?」

俺達は部室棟と本棟を二階で繋ぐ渡り廊下にいた。

挨拶代わりに挑発する彼女の名前は椿、一応性別は女らしい…

「こぉ〜んなッ!かわいい子がアンタみたいなのを相手してんのよ?」

「はぁ?どこにいるんだ?かわいい子は?」

「ぬぁんでぇすてぇ〜」

「まさかお前か?」

「あぁんたは…」

世間一般ではどうやら俺達のことを犬猿の仲と呼ぶらしい…だが俺には不愉快でしかない。

椿はともかく俺まで動物扱いしてほしくないもんだ。

「あっ椿ちゃん見付けてたんだ…葵くん。掃除サボったらメっだよ!」

本棟から小柄な女の子、(ひさぎ)がてくてくと小走りに駆けてきた。

俺は目を細めながら椿に聞いた。

「あのさ…二つ質問がある…」

「何?」

「子供がこちらに向かってるが良いのか?高校に子供が入って?」

「あんたさぁ入学してから毎日言ってるよね?」

「ひどいよ〜楸、葵くんと同じクラスなのに…」

俺達の所にたどり着くなり落胆のため息を吐き出した。

「まぁそれは挨拶みたいなもんだから気にするな」

「気にするよ!」

「…それよりだ。掃除ってお前本気で言ってるのか?」

「流さないでよ」

「いや答えろそれによりお前を保健室に連れて行くかが決まる」

「う〜本気じゃなかったら呼びに来ないよ」

「楸。今日は何月何日だ?」

「ほえ?今日は9月4日だよ?」

「…分かった」

俺は楸の目を見ると腕を掴み本棟へ入っていった。

俺達の教室は三階にあるが俺は構うことなく一階の保健室を目指し小走りに走り出した。

「あぅ葵くん早く教室に行って掃除しないと…」と後ろから聞こえたが気にしないで保健室の戸を開けた。

「先生、楸が発症しました」

「んああ分かった葵、処置の仕方は知ってるな?」

「ええ」

「なら任せる」

保険医はデスクに向かいながら俺に声だけを返した。

「えっ?えっ?そうなの?」

楸は頭上に疑問符を目一杯に浮かべながらこちらを見ていた。

「楸…今日やたら寒くないか?」

「そう言えば寒いね。これなら雪早く降るね」

分かっていた反応だがこうも天然で返されるとこちらが困る。

「あのな…楸。残暑きびしい9月上旬にこんな寒い事ってあるか?」

「ほえ?でもでも…ほら雪野市って北の方にあるから今年は残暑が早く終わったのかも?」

「いくら北方とは言え日本だ。9月にこんな寒くならない」

楸には一つの持病があった。

それは"意識が前後に飛ぶ"と言う信じられないモノだった。

意識が飛ぶと言うのは体は今にあるのだが意識だけが未来もしくは過去にあるという事なのだ。

症状を抑えるには今がいつなのかを理解させないといけない。

未来に飛ぶなら日にちを言い聞かせればなんとかなるのだが過去だと理解させる事が困難だ。

それは楸が意固地と言うのもあるがそれよりも楸にとっては今がいきなり未来だと言われているものなのだ。

「えっでも…」

「楸、今は10月20日だ。それに今日は俺達の当番じゃない」

「えっえっ…な…に…言ってるの?」

俺は内心で毒付きながら楸を見た。

明らかな混乱と疑惑が交じった顔をしていた。

それもそうだろう。

いきなり自分が今、未来にいると言われても素直に信じる奴はまずいない。

それが例え楸だとしてもだ。

「今日の日付だ」

そんな困惑の中にいる楸に出来るだけ落ち着いた声で告げた。

「あぅ…そんなつまらない冗談は止めてよ」

信じたくないと思っている人間を信じさせるのは本当に骨の折れる作業だ。

まず相手がこちらの言い分を全て否定し自分が信じてることだけを信じようとするからだ。

だが俺はそれに対抗するために一つのモノを楸に作らせた。

「楸、去年から発症した時のためにアレ作ってただろ?」

「あっ…そっか…そうだねアレを見れば分かることだね」

そう呟くと楸はセーラー服のポケットからバインダー式の使い込まれた手帳を出して中をパラパラと捲りだした。

数分して手帳から顔を上げると苦笑い気味に申し訳なさそうな顔をしていた。

「楸、また飛んでたんだね」

「分かったなら帰って寝ろ」

「うん…そうするね。ごめんね葵くん…」

「気にするな。それより橘に送ってもらえよ」

「えっ…橘くんに悪いよ」

「大丈夫だ。それに…橘、いるんだろ?入ってこい!」

俺は未だに困惑にいる楸をいつから外で待っているのか分からない橘に声を掛けた。

「いつも、思う…葵。お前はなぜ俺の居場所が分かる?」

「それより楸を頼むぞ?」

「…分かった」

俺と橘は会話らしい会話を成立させずに話した。

「えぅ…やっぱり悪いよ」

ぐずる楸の頭を撫でながら楸に言い聞かせた。

「お前に何か合ったら俺達が嫌なんだ…だから楸が嫌じゃなければ橘と帰ってくれ」

「あぅ〜…分かった。橘くんお願いしていい?」

「あぁ…」

まだ完全には納得はしてないが楸の持病は落ち着いて寝るのが一番効果があるようで起きたときにはいつも治っていた。

二人が外に出て行くのを確認すると俺は保険医に近寄った。

「慣れたな。今じゃ葵以上に早く納得させれる奴はいないぞ」

保険医はデスク作業を続けながら話し掛けてきた。

「皮肉ですか?…皮肉ですよね…」

「皮肉じゃないぞ?俺は誉めてるんだぞ?」

「知ってるくせに…」

俺はため息を吐きながらこの皮肉を次から次へと言う保険医、榎本さんのやらしい笑い顔を軽く睨んだ。

榎本さんは口調からは男に見えるが出るとこは出てるし絞まるとこは絞まってるナイスボディな女性だ。

「ああ…知ってるさ。知ってるからこそ誉めてるんだろ?普通はお前みたいには出来ないさ」

「止めてください…」

ますますいやらしい笑いを深める榎本さんのおかげで"思い出したくもない思い出"を思い出していた。

アレは楸が初めて発病した時だから…中二の夏頃だった。

それまでの楸は普通の子と変わらない普通の子だった。

その日は夏にしてはまだ涼しい方で俺達四人はそんな気温に構わずカラオケやゲーセン、ウインドーショッピングなどをして遊びまくっていた。

その時の俺には一つの決心があった。

日が暮れかけ俺は楸を家まで送る途中の公園で今まで溜めていた想いを告げた。

それを聞いた楸は困ったような嬉しいような感じの顔をしていた。

…だが返事を返そうと楸がした時に病気が発症したのだ。

そして返ってきた返事が「あれ?どうしたの?こんなところで?」と言う間の抜けた返事だったのだ。

あまりにも予想外の事に俺は詰め寄ってしまい最悪の事態を起こしてしまった。

混乱しすぎた楸は発狂をし暴走したのだ。

『今でも時々夢に出てくる。

楸が獣になる夢が…』

そう言う病気なのだと聞かされて俺は安堵のため息と共に一つの事に気付いた。

アレを見ても俺が楸を好きという事が変わらないと言うことだった。

アレから少したったある日に俺はもう一度告白した。

告白した時は「あぅ…返事…後で良い?」と言われて俺は待っていた。

だがいくら待っても返事が返ってこなかった。

楸は忘れているのではなく丁度、発症した時に間抜けにも俺が告白をしてしまったと言うことなのだ。

楸の発症が治ると発症している間の記憶が飛ぶのだ。

だから俺は断られた訳でも無く、無かったことにされるのが合計で二回もされてしまったのだ。

さすがに勇気を出して告白をしている分無かったことにされるのはかなりへこまされた。

だがそれで楸を責めるのは間違いなのだ。

楸だってなりたくてなっているのではないのだから…

「…にしてもいいのか?葵」

「何がです?」

デスクの書類をとんとんと固めて榎本さんは聞いてきた。

「お前まだ好きなんだろ?楸の事」

「なっ…」

榎本さんの言葉に絶句をしてしまった。

するとやれやれといった感じのため息を吐き出し椅子を回転させて俺の方を向いた。

「気付いてないと思っていたか?そんなやつは橘くらいなものだぞ?」

苦笑いで返すと機嫌が悪そうに鼻で笑うとまたデスクに向き直った。

「もういい、帰れ!私は臆病者が嫌いなんだ!」

俺はまた苦笑いで返して言われた通り扉に向かった。

「待て!葵。臆病者と弱者は同じ行動を取っても意味が違うからな!」

扉に向かう途中、榎本さんが俺の背中に言葉を投げ掛けた。

「俺はどっちなんでしょうね?」

振り返らずに榎本さんに聞くと「臆病者だ」と簡潔に帰ってきた。

それを聞いて俺は廊下に出た。

そこには狂犬もとい顔を強張らせた椿がいた。

「楸、大丈夫だった?」

「はぁ?お前そこにいたんだろ?ならさっき橘と楸にあっただろ?」

「うんん…たぶん入れ違いになったんだと思う。それよりどうなの?」

先程から椿は弱々しげに俺に聞いてる。

俺は段々とバツが悪くなり頬をかいた。

「大丈夫だ。なんとかなった。今、橘が家まで送ってる」

「そうよかった…やっぱり……」

椿は膝から落ちたがそれは安堵による脱力なのだろう。

その椿が下を向いて何か喋っていたが段々と小さくなり最後は何を言ってるのか分からなかった。

こんな姿を見てしまうと椿でも女の子なのだと思ってしまう。

「?…どうした?」

俺が困惑な表情をしているとキッと顔を上げて眼光を煌めかせた。

「うるさい馬鹿!アンタには負けないから!」

一方的にそう言うと廊下を走っていった。

保健室では榎本さんの笑い声が廊下まで響いていた。

「何なんだよ…一体」

俺は訳も分からずその場で立っていた。




次の日、楸の症状がどうなってるか確認を取るためにいつもの通学路で待っていた。

するとセーラー服を着ていないと間違いなく中学生ヘタをしたら小学生に見える楸がいつものようにてくてくと歩いてきた。

「よぉ楸」

「うん。おはよ葵くん」

「楸、今日は何月何日だ?」

「えっと10月の…何日だっけ?どうしたのいきなり」

「いやなんでもない…」

どうやら症状はおさまっており普通のようだった。

「楸、お・は・よ〜」

俺を突き飛ばしながら椿が楸に抱きついた。

「あぅ苦しいよ」

「ん〜この抱き心地たまらない〜」

「はぅ…あぅ…苦しいよ」

「いい加減にしろ。変態」

俺は立ち上がり楸にいつまでも抱きつく椿の後頭部を叩いた。

「ぬぁにするのよ?私達の神聖なるスキンシップに茶々入れないでくれる?」

後頭部を擦りながらこちらを睨み付けてきた。

睨みながらも楸に抱きつくのを止めないのはさすがというかなんと言うか…

「何がスキンシップだ。楸が嫌がってるだろ」

「えっそうなの?楸、私の抱擁そんなに嫌いだった?」

「そんなことないよ。ただ…」

「ただ?」

「少し苦しいなぁって…あぅ苦しい…」

「もぅ楸ったらラブリーすぎ!」相変わらず汚ないと言うか卑怯と言うかなんと言うか…

「苦しい言ってんだから離れろ」

「またアンタは神聖なるスキンシップを邪魔する。空気読んだら?」

「うるせぇ…ほら楸、早く行かないと遅刻するぞ?」

まだ俺を睨み付ける椿を軽く無視して俺は先に急いだ。

すると楸は思い立ったように椿の拘束を解き俺の後を着いてきた。

「ほら、椿ちゃんも速く」

椿は楸の声にブーたれながら腰に手を当てた。

俺はふと考えてから後ろを向き椿へ無意味に勝ち誇った顔をした。

するとすごい形相をした椿がこちらへ向かってきた。

まぁそんなこんなで無事に学校に着いた。

教室には当たり前のように生徒がたくさんいる。

その窓際に俺たちは座っている。

「よぉ橘、昨日はありがとな」

自分の席で校庭を眺めている橘に座りながら昨日の礼を言った。

「葵に礼を言われることはしていない」

校庭を眺めながら答える橘に苦笑いを返した。

「そう言えば楸、昨日はどうして私置いて帰ったの?」

「あぅえっとその…へぅ」

隣では楸と椿が昨日の事について話をしていた。

「楸〜いつの間にSになったの?」

「はぅ?Sって何?」

「Sっていうのはね…ぎゃっ!!」

俺は橘と会話しながら隣が変な話しに転がって行くのを鉄拳制裁で黙らせた。

「何するのよ?!!!」

「なんかあったか?」

「え〜え〜有りましたよ!大いにありました!」

「なんだ?何があったんだ?そんなに声を荒げて?」

怒鳴り散らす椿に俺はシレッとした感じで返すと明らかに椿の周りからオーラを感じ取れた。

うん…相変わらずなかなかの迫力だ。

「ふぅ〜…あんた女の子殴ってそれだけ?」

深呼吸をして怒気を内側に隠してあからさまな作り笑顔を見せていた。

だが俺はそれに臆することなく堂々と振る舞った。

「まさか?!俺はお前と違って区別はつくぞ?女の子に手をあげる事なんてするわけないだろ?俺はおひゃぶじっ!!」

俺がじゃべり終わる前に綺麗なフォームの右ストレートが俺の左頬を打ち抜いた。

「そう…私と違うなら…良い人じゃないなら…人間と違うなら…殺しても殺人じゃないわね?」

「いふぁ…ふぁふふぃんふぁ」

「あらあら日本語まで喋れなくなったのかしら?地球害生命体さん」

椿の右ストレートにより上手く口が動かせない俺に静かに半ば笑うように言った。

洒落にならないほど怖い…

「椿…ちゃん?」

楸はそんな親友を心配そうに声をかけると椿は表情を一転させ楸に振り返った。

「そんなに心配しなくても本気じゃないわよぉ。もう楸はラブリーすぎなんだから」

目に殺気を込めて迫ってきた奴が言っても説得力の欠片も感じられい…

「あぅ…そうなんだ…」

「そうよ…ねッ!」

未だに殺気を込めた目で同意を求められても単なる脅しにしか聞こえねぇ…

「葵?そうよね〜?」

今度は作り笑い全開で穏やかに言ってきた。

声が穏やかすぎて逆に怖い…

「……あぁ」

しぶしぶ俺は唸るように認めた。

「あぅそうなんだぁ〜…よかった…」

「んもぉ〜ラブリーすぎ!」

楸は本気でほっとしているとまた椿は抱き付いた。

そんなこんなでいつもの朝が始まった。



昼休みのベルと同時に俺と楸と橘とついでに椿は弁当を持って立ち上がった。

向かうは屋上!

そこが俺達の特等席だった。

当たり前の事だが屋上を利用して良い生徒はいない。

ましてやお昼を食べるためと言うのは言語道断なのだ。

それなのになぜ俺達が出来るかと言えば理由は至極簡単で単純だった。

俺達は天文部であり何よりも生徒会役員なのだ。

ちなみに会長は橘、副会長は俺と椿、書記に楸と言う生徒会主要メンバーなのだ。

天文部であるから鍵は当然持っているし生徒会主要メンバーだから先生方に何か言われたら「大切な会議をするので生徒の来ない屋上でするのです」と橘が言えば丸く収まるのだ。

しかし生徒会と言えども一、学生しかも一年に言われても普通なら納得しないが…だが我らが寡黙の生徒会長殿は年間行事の数々を大いに盛り上げ各部の部費を可もなく不可もない絶妙な割り当てをしそして何より個人的な成績は県トップクラスに加え運動神経抜群と言う怪物なのだ。

「葵、怪物とか思うな」

更に相手の心をたまに読んでしまうのだ。

「いやいや俺は改めてお前のすごさをだな…」

「あぅ…冷たい…寒い…」

どうやら無駄な思考をめぐらしている内に屋上に着いたみたいだった。

「…にしてもさすがにもうそろそろ無理があるかな?」

「あら?いやならアンタだけ来なくて良いのよ?」

俺の呟きにいちいち反応して揚げ足を取る椿を軽く無視をして楸に視線を向けた。

「楸、大丈夫か?」

「はぅ…少し寒いけど大丈夫…」

明らかに無理をしているのが丸分かりなほど楸は震えていた。

きっとここで寒いと言うとみんなに迷惑がかかると思っているのだろう。

俺はそんな風に楸に遠慮されるのが嫌いだった。

だから屋上の真ん中で橘の背中を叩きながら全員に聞こえるように言った。

「よし明日からはコタツを持ってくるか?会長」

「はぅ…コタツ…」

「アンタねぇ…まぁでも有った方が良いかもね?コレからの季節」

叩かれている橘は微動だにしないで苦笑いを浮かべながら「最善を尽くす」と言った。

俺達の中で橘のこの言葉はもはや隠語だった。

「最善を尽くす」=「必ずする」と言う意味なのだ。

俺達はそれぞれ十人十色な喜び方をしてそれぞれの定位置に着いた。

「はぅ…今年の雪野祭りどうするの?」

寒そうにお弁当箱を広げながら楸は雪野祭りの話しを始めた。

雪野祭りとは雪野市全体のお祭りでコレからの冬を無事に越せるように明け方から日が落ちて五山に火がつくまでに五山におられる神々様に祈りを捧げる『五山参り』をするお祭りなのだ。

…だが現在ではメインの『五山参り』よりも日が落ちて五山に火がついてからがメインになっていた。

始まりの合図に漆黒の闇に大輪を咲かす季節外れの花火を打ち上げると雪野市には露店が次々と出てくる。

なぜそれまで出てこないかと言うと…色々あるらしい…

するとそれまでどこにいたのか分からないほどの人々が季節外れの花火と露店を夜遅くまでどんちゃん騒ぎするのだ。

それが秋の終わりを告げる風物詩、雪野祭りなのだ。

「皆、参加できる?」

「楸が行くなら私は例え火の中、水の中だよ〜」

「無論」

「逆に省いたらキレるぞ?」

俺達は思い思いの事を言うと楸は一度俺達の顔を覗き込んで頷き集合場所などを決めようとした。

「待ち合わせとかはどうする?」

「去年と同じで良いだろ?」

「それで良い」

「別に〜楸が良いなら良いわよ?」

「うん。わかった。去年と同じで」

なぜかこう言う話になると楸は話をまとめたがる。

昔、楸に聞いてみたら「あぅ…何て言えば良いんだろ?…はぅ思い出はね…"出来るモノ"じゃないと思うの…思い出は私たち一人一人が"作るモノ"だと思うの…だから…その…はぅ…」と言ったのだ。

つまり楸は"作る思い出"を全力でやっているのだ。

確かに"作る思い出"は面白く楽しい思い出達だった。

だから俺達はイベントがある事に参加していた。

思い出を作るために…

そのあとの昼休みは弁当をつつきながら他愛ない会話に花を咲かせた。



放課後俺は一人で家路についていた。

別段珍しい話ではない。

なぜなら昨日だって一人で家路についていたのだから…

ただ今日はなぜだか小学生の時の通学路を通りたい気持ちにかられた。

道々に断片的に残っている思い出の欠片を眺めては俺は微笑んだ。

懐かしさと悲しさと嬉しさとが混ざりあった大切な思い出達が例え周りが変わろうともそこにあった。

帰り道の途中、子供達がお化け工場と言っている工場がある。

そこで子供の頃の俺達は目一杯遊んだ楽しい場所であり悲しい場所でもあった。

俺は何かに惹き付けられるように工場内に入っていった。

そして珍しくない帰宅が珍しいものに変わってしまった。

そこは相変わらず全体的に薄暗く中心に光の滴が集まり日溜まりを作っていた。

その中心にコンビニの袋を傍らに置き子猫達に囲まれ楽しそうにじゃれあう椿の姿が照されていた。

「きゃはは…もうそこはダメだって…あんもう…ダメだって言ってるでしょ…」

そんな椿を見ていると懐かしい感じが胸の奥底から込み上がってきたが喉でとまりその人の大切なものを見てしまった罪悪感に変わり頭の芯を冷した。

それでも胸にある暖かな懐かしさと言う温もりが帰ろうとする俺を引き止めた。

昔は俺にも楸と同じ笑顔を椿は向けてくれていた。

いつからかは……知っている。

俺が楸に最初に告白をした次の日から椿は俺と対立するようになった。

そして椿はことある事に俺に挑み時には負けて悔しがり時には勝って俺を貶した。

そんな椿だからこそこの姿を俺にだけは見られたくないだろうと思った。

だから帰ろうとした。

動かない足を無理矢理動かして後ろを向いて歩き出し…転けた。

しかも派手に…

カラカラと俺の後方つまり椿に転けた原因のパイプが転がっていった。

子猫達は八方に逃げ、椿は立ち上がりこちらを見た。

「誰?」

椿が真剣に怒ったときに出す冷たく鋭い声を出した。

カッカッカと足音を鳴らしながら椿が歩み寄ってくる。

果てしなく不味い…

今、見つかればどうなるか分からなかった。

だが最悪の事態は手加減の出来ないマジ喧嘩…

間違いなく今、見つかれば最悪のケースに行くだろう。

ならばこちらから行動して活路を見い出さなければ…

「…わりぃな。邪魔したみたいで…」

俺は警戒心を全開にしながら立ち上がりズボンを払った。

「なんだ葵か…」

意外なことに椿から攻撃はなくそれ所か椿は警戒心を解きながらその場で立ち止まった。

だがしかしすぐに椿は身を強張らせ音量に注意しながら睨んできた。

「…って何であんたがここにいるのよ!」

俺は軽く後ろに流して椿の奥にある日溜まりを見つめた。

「思い出探求。だから椿とは争う気はない…」

俺は目を細めそこにある思い出を眺めた。

はしゃぐ子供の頃の俺達…

まだ悲しみを知らず楽しく過ごしていた。あの頃…

「そぅ…なら何でここに来たの?」

椿は俺を問うように見つめてきた。

「ここは悲しい思い出だけじゃないからな…」

「ふ〜ん…」

納得したようなしていような表情をした椿を目の端に捕らえながら俺は歩き出した。

「もう帰るの?まだアンタ来たばかりじゃない?」

「確認をしに来たんじゃない"作った思い出"を見に来たんだ。」

俺はそう言うと工場を後にした。

まるで悲しい思い出から逃げるように…

「…弱虫」

何かが微かに聞こえた気がして振り返ったが分からなかった。




雪野祭りが始まるまでの間、俺達は授業よりも雪野祭りの事に心を奪われていた。

時の流れは何かに心を奪われれば奪われるほど一瞬のうちに過ぎていく。

それを実感するようにあっという間に俺達は雪野祭りを明日に控える朝を迎えた。

こう言うお祭りの前日はやたら時間を長く感じるが俺はその独特の感じが好きだった。

大きく深呼吸して朝の空気を体の隅々までいき渡らせながら通学路を歩いた。

「あぅ…おはよ…」

もう一度、深呼吸をしようとしたその時、後ろからおずおずと楸が話し掛けてきた。

「よぉ楸」

「あぅ…明日だね。雪野祭り」

「そうだな…遅れるなよ?」

「楸は遅れないよ…でも…はぅ葵くん大丈夫?」

「ひ・さ・ぎ♪おはよ♪大丈夫よ…もしコイツが来なくても私が忘れられないおもひぶっ!!!」

後ろから楸に抱き付く不審者に俺は鉄拳制裁を与えて黙らせた。

「はぅ…椿ちゃん大丈夫?」

「楸…ソイツは椿じゃない!不審者だ!行くぞ」

「え?でも?あぅ…」

「楸…椿はこんな不審者みたいな事をするわけないだろ?」

「あぅ…いつもして…」

「さぁいくぞ」

「…って待ちなさい!地球害生命体の分際で私と楸の神聖なる朝のスキンシップを邪魔するなんて許されると思ってるの?」

「楸?何してんだ行くぞ?」

「はぅ…でも…」

「楸…少し離れててね♪」

椿は戸惑う楸が離れるのを確認すると一瞬で俺の鳩尾に拳をのめり込ませた。

…だが慣れたモノだと自覚させるように無意識に椿の攻撃を受け止めていた。

しかし受け止めれたのは第一撃目だけで第二撃目はまともに喰らい意識が落ちた。



雨がひどく降ってる…

雪野市ではこの時期に雨が降ることはない。

降るのは雪か(みぞれ)(ひょう)など雨が凍り付いたモノだった。

だからこれは夢なのだろう…

雨がすごい…

いったいこの空のどこにこれほどの雨があったのだろう。

止まない雨景色を眺めていると白い傘を差した一人の少年を見付けた。

少年もこちらを向くと俺の目を見据えた。

「大切な人はいますか?」

少年の雨を気にしない澄み通った声が響いた。

俺はなぜか直ぐにあいつら四人の笑顔が浮かび頷いて「あぁ」と短く返した。

少年は少し驚いた用だがにっこりと笑うと傘を残して消えた。

俺はふと無垢な笑みはあんなのを言うのだろうと思った。

俺は空を見上げた。

雨はいつの間にか止んでいた。



気が付くと俺は保健室で寝ていた。

俺はベッドの上で少し微睡みに任せて呆けていると廊下から音が聞こえた。

音は足音とは違うリズムと音で段々とこちらに近づいてきた。

いくら榎本さんが不真面目とは言えこんな音が鳴っていたら外に行くはずなのに扉が開く音が聞こえなかった。

仕方なく俺はベッドを個室にするためのカーテンを開けて榎本さんを探した。

しかし部屋には誰の姿もなく動く者もなかった。

音が保健室の前で派手に音をたてて止まった。

俺はおそるおそる保健室の扉を開けた。

最初に飛び込んだのは赤い線。

次に飛び込んだのは扉に背を預け倒れる橘の姿だった。

俺はもう一度、視線を遠くの赤い線に向けるとそれは曲がり角からこちらに進み橘で止まっていた。

俺は慌てたように橘に近付き傷を見た。

榎本さんのおかげで俺は大抵の傷の応急措置が出来るようになっていた。

だがそんな俺でも橘の傷を応急措置出来そうになかった。

なぜなら橘は腹部の一部をえぐり取られ生きてここまで来たのが奇跡に近い状態だったからだ。

それでも俺はガーゼと包帯など応急措置道具を取りに保健室へ戻ろうとした時、橘に服を掴まれた。

橘は口をもごもごさせて何事かを呟いていた。

俺は耳を橘に近付け聞き取ろうとした。

「…すま…ない……葵…すま…ない…」

息を吐くたび俺の服を掴む握力が段々と無くなり命が消えかけているのが伝わった。

しかし俺は何が起こっているのか理解できないでいた。

なぜならあの橘が重症を負っている…いや死のうとしているからだ。

クラスの誰よりも強く、優しく、好かれていた完璧人間の橘が命の灯を消そうとしている。

考えれば考えるほど現実味が無くなり意識が体からズレてきた。

完全にズレそうになった時、服を掴む手が離れた。

まるで熟したリンゴが地面に落ちるように橘の手が真っ直ぐに廊下に落ちた。

「…おいっ!橘!おいっ!」

俺は狂ったように橘の肩を揺すぶり声を掛けた。

だが肩を揺すぶり声をかける自分が段々と滑稽に思えてきた。

俺はいつも頼りにしていた親友の死にたった二言しか声を掛けることが出来ないバカなのだ。

漫画やアニメではこう言うとき「お前は良い奴だった…」とか「なんでお前が…」とか様々なセリフを臆面もなく言うのに俺は「おいっ!」と「橘!」の二言しか出て来ない…

そんな事を親友の死の前で考える俺が堪らなく滑稽で俺は無意識に自嘲気味に笑いながら廊下をさまよった。

ただ今はこの場にいたくなかった。



俺はふらつく足取りで意識を半ば飛ばしながら屋上に向かっていた。

なぜ屋上なのかは分からなかった。

ただそこに行かないといけないような気がしたのだ。

俺は屋上に出る扉を押して屋上に出た。

俺はとうとう幻覚症状まで発症してしまったみたいだった。

なぜなら数名の男子生徒と教師達が屋上で横たわる中、剣を持った椿を空からエメラルドグリーン色の光の矢で射つ柊の姿が見えるのだ。

柊がこんなところにいるはずない!

柊は五年前にお化け工場で起きた事故で意識不明のままなのだから…

その柊がここにいるはずがない…いやそもそも人が空を飛ぶはずがない。

俺はただ現実とも幻想ともつかない光景をぼーっと見つめていた。

頭が正常に回らない俺はただ『椿よく避けられるなぁ』と思っていた。

柊が手を上げて下ろすたびに無数のエメラルドグリーン色の光の矢が屋上に向かって降ってくるのを紙一重でかわして椿は反撃を伺っているのだ。

俺がこの時に絶叫を上げて惨めに逃げていたならばまだよかったかもしれない。

ただこの時はアホ面をしながら二人の戦いを身動きしないで見ていたのだ。

だから最悪の事態が起こった。

柊と俺は目が合ったのだ。

柊はくすりと笑うと俺に一本の光の矢を投げた。

いつもの俺ならこんな事態だけは避けれたはずだった…たぶん。

しかし現実は冷たく厳しいモノだった。

身動きのしない俺の盾に成るように椿が体で光の矢を受け止めたのだ。

俺は慌てて椿の体を受け止めた。

その光景を見つめて柊はくすりとまた笑うと俺達に向かって光の矢を投げた。

見上げると光の矢が視界を埋め尽くしていた。

もうすぐ死ぬと言うのに俺はまだアホ面を浮かべていた。

きっとこれは何かの代償なのだろう…そう諦めてた時、白い空間が広がった。



「まったくもぉ…なんで…あんたがあんな所に…いるのよ?」

白い空間の中で椿は俺の腕の中で弱々しい声を出していた。

俺にはこの状況をどうしたらいいか分からなかった。

「はぁ…あんた…私の最後なのに…何も言わないの?…」

「…なんで…俺を助けたんだ?」

俺は絞り出すように椿に答えた。

呆れたような顔を椿は俺に向けた。

「さぁ…ただ体が動いただけよ…」

「俺は…」

「うるさいわねぇ…助かったんだから…それで良いじゃない?」

椿は俺の頬を手で撫でながら優しい声を出した。

「…ごめん」

「なに…謝ってん…の…よ…ゴホッゴホッ…」

楸に向けられていた優しい笑顔を俺に向けると椿はいきなり咳き込んだ。

まるで残り少ない命を絞り出すように…

椿の口から血が吐き出され口内に残った血が口の端から流れた。

俺は初めて吐血と言うのを見た。

意識がぐらつき始めたのを奥歯を噛み締めて堪えて見届ける事にした。

「…はぁはぁ…はぁ…聖花(せいか)…」

「はい…」

俺の向かいに白い羽の生えた女性が音も風も気配すらもなく立っていた。

まるで…いや天使がそこにいた。

「私の残ってる力を…コイツにあげてくれない?」

「それでは貴方は降りるのですね?」

「私は…もう…無理そうだから…」

「そうですか…分かりました…」

「ありがとう…聖花」

会話が終わると椿がこちらを再び見た。

「葵…楸を泣かしたら…今度は許さ…ない…から…」

一方的に言うと椿の命の灯は消えた。

俺は何も声が出なかった。

だって現実味が無さすぎるからだ。

現実だと言うほうが無理がある。

いきなりこんな状態になって現実だから理解しろと言われできるほど俺は頭が良くも無く柔軟性も高くない。

「悲しみに嘆くのは後にして下さい。それよりバトンを受けし貴方だから選択を与えます」

俺は顔だけを聖花に向けると聖花は更に続けた。

「力を引き継ぎ仇を討つか?それともそのまま現実を受け止め生きるか?どちらがいいですか?」

現実を受け止めると言うのは橘の死…椿の死を受け止めると言うことなのか?

だがどちらを選ぼうと受け止めるしか無いのだろう…

なぜなら死んだ者は生き返らないそれがこの世の(ことわり)なのだから…

「さぁどうしますか?…もし仇を取れたならばそれに見合う褒美を与えます。そうですね…例えばご友人を生き返らすとか…ご友人の病気を治すとか…怪我を治すとか…」

「………」

俺は疑心の目で聖花を見つめたがなぜだか分からないが嘘を言っているとは思えなかった。

「貴方の仇は私の敵でもあるのです。だから褒美をあげるのは当然でしょう?」

何となく言っている事が筋が通ってるような気がした。

だから俺は「力をくれ…」と自然に言った。

「分かりました。ただし貴方に与える力は本来は椿の力の源、それを貴方に合わすだけ…つまり貴方が力を使えるのは一度だけです」と言いながら俺の額に人差し指を当ててきた。

聖花が言いたい事を理解できない部分が所々あったが感覚が理解した。

そして光が辺りを包みこんだ。



気が付くと俺は正門の野次馬の中から学校を見つめていた。

俺は慌てて楸を探すとすぐ近くで震えるように楸は学校を見ていた。

俺は見付けるや否や楸を抱き締めた。

「楸!」

「あぅ…はぅ……」

楸の口からは言葉に成らない吐息だけが漏れていた。

しばらくの間、俺は楸を抱き締めて楸が落ち着きを取り戻すのを待った。

落ち着きを取り戻した楸は抱かれながら俺を見上げた。

「あぅ…ありがとう…楸が落ち着くまでそうしてくれたんだよね葵くん」

その言葉に胸が痛んだ。

俺はどこかで楸を落ち着けると言う名目で今ある現実から目をそらしていたからだ。

「あぁ…」

だから俺は生返事しか出来なかった。

あれらは全て夢なのだ明日になれば待ち合わせ場所の白鳥神社の階段前で集合して柊の見舞いに行って五山の神様の一つ白竜様に柊が良くなるように祈って夜店を回るのだ。

「はぅ…なんで葵くん泣いてるの?」

俺はいつの間にか流れていた涙を拭い楸に笑顔を向けた。

「ほこりが…入った…だけだ」

嗚咽が出そうになるのを堪えながら話したせいでうまく喋れなかった。

「はぅ…そうなんだ…じゃ葵くん、帰ろ」

しかし楸は優しく微笑むと俺を引っ張って家路に向かった。

今はこの優しさに甘えようと思った。

その日の夕方、俺たちの学校とその付近で行方不明者がたくさん出たと言うニュースが流れた。

もちろんそのリストに椿、橘…そして柊の名前もあった。




待ち合わせ時間の三十分前から白鳥神社に続く階段で待っていた。

今朝、俺は朝食を食べながらニュースを見ていた。

ニュースには昨日の出来事がまとめらて放送された。

しかしマスコミも勝手なもので生徒や周辺の人々は何かの宗教団体に入っていたとかアホらしい事を義務的に言っていた。

「チッ…」

俺は苦々しげに吐き捨てた。

昨日から胸がやたらムカムカして回りにある全てを壊したいほどムカついていた。

理由が分からなかった。

まるで主語を抜いた会話に無理矢理に途中参加させられたような感じがした。

「チッ…」

俺はもう一度、舌を鳴らした。

「あぅ…葵くん…」

「あぁ?…んっんん!…よぉ楸」

俺は危うく昔に戻ってしまうところだった。

「はぅ…葵くん…昔に戻ってる…」

しまう所じゃなくしまっていたみたいだった。

気まずい空気が流れた。

俺は楸に背を向けて階段を登り始めた。

「わりぃ…楸。少し待っててくれ」

そう言葉を残すと歩いていった。

俺は一度だけグレた事がある。

あれは五年前、柊が事故にあって数週間後だった。

その時もまたこんな感じのイライラが常時していたっけかな?

俺は半ばまで登った階段で後ろを向いた。

そこでくすりと少しだけ笑った。

あの時は若かった。

悲しみの感情を押さえる方法を知らないでただ相手を傷付ける事しか出来なかった。

俺が理性を持った時、小学生にして赤い悪魔と言う異名を持つようになっていた。

「いや〜若かったなぁ」

俺は一人呟き太陽が容赦なく照りつける雪野市を眺めた。

そんな俺を元に戻したのが椿と橘だった。

そしてこんな俺を迎え入れてくれたのが楸だった。

「若かったなぁ…」

もう一度、呟くと俺は楸の元に向かって降り始めた。

あの時は本気で椿と橘と殺り合ったから本気で痛かったなぁ…

あいつらの拳が一発当たるたびに心が軋み、俺の一発が当たるたびに心が揺れた。

全てが終わったとき男女の差別なくボロボロだった。

それでも笑っていた。

まぁその後にお礼参りとか説教とか色々大変だったがそれなりに楽しい思い出になった。

本当の意味で俺のグレていた時が終わったときに楸が「はぅ…それも立派な"作る思い出"だよ」と言ってくれた。

俺はなんだが悪い気はしなかった。

それ以降、赤い悪魔は消えた。

「はぅ…すっきりしたみたいだね?」

「おぅ」

楸は階段に腰掛けながら待っていてくれた。

「楸…その…」

「はぅ…何?」

「今日は白鳥神社の神様にお祈りしないか?」

「あぅ…白鳥神社は運命の神様だよ?」

「だめか?」

「いいよ…葵くん」

楸のスピードで雪野市名物の一つにもあげられる長い階段を登り始めた。

俺はなるべく暗くならないように話を振った。

だけど結局、俺達は黙ってしまった。

未来の事だろうと過去の事だろうと現在の事だろうと話題がどうしても椿と橘の話しになるのだ。

夕陽に成り始めた太陽を背に浴びて最後の一段を登り振り返った。

「ふぅ…楸、大丈夫か?」

「えぅ……」

少し下方で楸は吐き出すように息を出した。

少しだけ待つと楸も最後の一段を登り切りそして目を見開いた。

「はぅ…すごい…」

まさに思わず言ってしまうと言うのはこう言う事を言うのだろう。

夕陽に照らされる雪野市と長い一直線の階段はまさに光と空間が創り出す幻想的な眺めだった。

魅了されるとはまさにこう言う気分なんだろう。

俺も楸もこの眺めを見ながら話を始めた。

他愛もない。

意味もない。

ただこの眺めが本物である事を確認するように必死に眺めをほめあった。

俺は本来の目的である白鳥神社を見つめた。

そこには観光客が捨てたゴミを拾う神主と巫女が後片付けをしていた。

俺は少し歩いて運命の神様がいると言う祠を探した。

「はぅ…待って…」

ほんの数歩、歩んだら楸が小走りに走り駆け寄ってきた。

「わりぃ…」

「ほえ?…」

「いやなんでもない…」

「あぅ…変な葵くん…」

神社自体はそんなに広くなくすぐに祠は見つかったがそこには白い布のかかった台に倒れる巫女の少女と少女に差し入れを渡している少年がいた。

どうやらそこで何かを売っていたらしく白い布のかかった台の横には段ボールが散乱していた。

少しだけ俺は何となく立ち止まると少年と少女は神社の中に入っていった。

「はぅ…恋人かな?」

「たぶんな…」

俺達は祠に近寄った。

へんてつもない祠に俺達は手を合わせた。

『神様…いるのならどうか楸には優しい未来を与えてくれ…』

俺が拝み終わるのを待っていたように楸も拝み終わった。

「はぅ…葵くんは何を祈ったの?」

「世界平和」

俺は伸びをしながら答えた。

「あぅ…うそだぁ…」

口に手を当てて楸はくすくす笑った。

俺もつられて笑いながら階段まで歩いた。

楸は少し小走りに走り俺を抜かして夕陽が更に傾き世界の全てを朱に染める太陽と階段を背に向けて振り返った。

「はぅ…早くまた皆で遊びたいね」

「…おぅ」

その言葉の重みを俺は悟った。

楸は分かっているのだ。

橘と椿と柊がどうなったかを…

「…ねぇ葵くん…また…皆で…来ようね?」

嗚咽混じりに微笑みかけてくれた。

俺は今ほど自分の嘘が下手な事に苛立ちを感じていた。

だけどここで暗くなるのは逆効果だ。

「当たり前だ」

だから俺はにぃと笑い楸に言い切った。

それを見ると楸は涙を拭い笑顔を俺に向けながら近いて来た。

「…えぅ…うん…また来ようね…はぅ!」

後、数歩で触れられる距離で楸は倒れた。

楸の体を漆黒になり始めた空からエメラルドグリーン色の光の矢が貫いた。

ゆっくりとゆっくりと時間が流れていた。

だが俺は楸を抱き止めることも視線をすばやく動かす事も出来なかった。

やっと見つめられた空には柊が立っていた。

頭が真っ白になり声が聞こえはじめた。

誰かが俺に問う理解しろと…

『出来るわけがない』

誰かが俺に問う認識しろと…

『何を認識しろと?』

誰かが俺に問う受諾しろと…

『何を受け止めろと?』

しかし俺は問う声に対して心の声で怒鳴った。

俺の頭は全ての事柄を拒否していた。

ただ楸に近づく事以外は何も出来なかった。

楸に近づくと俺は楸の上半身を起こした。

見慣れた顔から生気が抜け始めているのが分かった。

「えぅ…葵くん…約束…」

「あぁ皆でまた来ような」

「違うの…楸達…五人の…約束…」

楸の手が俺の頬に伸びてきて落ちた。

その瞬間、俺は大切な存在を三人も消失してしまった。

いつだったか約束をしたことがあった。

俺が狂ったら椿と橘が全力で止め…

橘が狂ったら俺と柊が全力で止め…

椿が狂ったら楸と橘が全力で止め…

楸が狂ったら橘と柊が全力で止め…

そして柊が狂ったら俺と椿が全力で止めると言うことだった。

信じたくないが信じないのは三人に対する裏切り以外の何物でもない。

俺は膝に力を入れてゆっくりと立ち上がった。

『託された俺が立たなくてどうする!』

頭をゆっくりと再び漆黒の空に向けた。

『力を引き継いだ俺が動かなくてどうする!』

空に浮かぶ柊を見据えた。

『生きている俺が柊を止めなくてどうする!』

俺は全てを強制的に理解し認識し受諾した。

「柊!!降りてこい!」

柊は俺の言葉を聞きゆっくりとこちらにやって来た。

「…酷いのね。葵」

鳥居の上に立つなりそのまま俺を見下ろした。

その双方には悲しみの色しか写っていなかった。

「私に告白しておきながら楸に告白するなんて…」

「それは…」

「でもそれは許してあげる♪だって葵、貴方だけがこの五年間ずっと私の回復を祈ってくれたから…」

ふわりと柊は鳥居から降り俺の顔に手で触れてきた。

「だから私と来て?」

「…悪い。柊…俺は約束を守らないといけない…」

「約束?」

「あぁ俺達五人の約束だ」

俺は動かずに強い目で柊を見つめた。

「葵…一つだけ聞かせて」

「なんだ?」

「葵…私が狂ってるていうの?」

「あぁ…」

「葵…橘はね最初に私の回復を祈るのを止めたのよ?」

「橘から聞いた。三年前に俺達四人の健康を祈ると言っていた。もし柊が目覚めた時、俺達が健康じゃないと柊が悲しむと」

「椿は貴方を虐めてたのよ?」

「いやジャレてただけだ」

「楸は貴方に嘘を付いてたのよ?」

「病気の事か?」

「えぇ…」

「何となく気付いていた。未来に飛んでも未来の事を教えなかったり何より申し訳なさそうな目をしていた」

柊は俺の首に腕を回し抱き着いてきた。

「じゃ…私がした事は…何なのよ?」

「……」

俺は答えることが出来なかった。

勘違いとは言え俺のためにしたこともあるのだ。

責める資格が俺にあると思えなかった。

「もぅいいか…葵、一緒に来て」

呆然とする俺に少し顔を離して微笑みかけてくれた。

「私は葵がいれば良いの…ね?」

昔と一寸も変わらない柊の笑顔に心のどこかで嬉しくなった。

だが嬉しくなる気持ちを抑えて柊から離れた。

「悪いな…」

「そうなんだ…分かった。椿の力をもらった葵を…いいえ赤い悪魔を殺して天使様にお願いを聞いてもらう!」

気を引き締めようと構える俺と上空へと飛び柊が光の矢をこちらに向けた。

その光景に俺は思いをはせていた。

『いったいどこで道を違えた?

俺達五人の絆はたった五年と言う月日で切れてしまうほど脆かったか?』

いくら自問自答しても答えが出なかった。

光の矢があの時と同じように迫ってきた。

そしてあの時と同じように白い空間が俺を中心に広がった。



「葵…決心は付いたようですね?」

俺の後方から聖花の声が聞こえた。

「あぁ」

俺は振り返らず答えた。

「ならば授けましょう。椿の力の全てを秘めし魔剣スノーレイピアと貴方だけの願い言葉を…」

俺の目の前に椿独特の雰囲気をまとった剣が現れた。

その剣を握ると頭の中で言葉がつむがれ俺の力のイメージが頭を駆け抜けた。

力を使った俺は辺りを業火で燃やし空間を歪めるほどの速度で万物を貫いていた。

「もう一度だけ言います。貴方が力を使えるのは一度きりです」

「あぁ…」

俺は聖花に振り返った。

すると聖花は微笑み白い空間を解いていった。

「なぁ聖花…あの時のは何なんだ?」

「転送の印です。椿の力が全て入ってるのはそれです」



白い空間があけると俺はお化け工場内に立っていた。

「お帰りなさい。葵」

俺は振り返り夕陽の日溜まりが溜まる場所を見つめた。

あの日、椿が立っていた所に柊が立っていた。

「待たせたな。柊」

「始めましょうか?」

「あぁ…」

「私達のラストダンスを!」

柊は光の矢を周りに浮かせながら高らかに宣言をした。


容赦のない。始めてみた時と同様の連続的な光の矢が柊から飛んできた。

俺はそれを左右に走り少しずつでも前進を続けた。

だがそんな俺を嘲笑うように半ばまで距離が近付くと更に光の矢は勢いと数を増した。

「うふふ♪さぁ踊りなさい!赤い悪魔」

「チィ…」

俺はその物量に毒付きながら的確にかわしていった。

後数歩で俺の力の範囲内に入る。

だが前進が出来ない。

前に進めば光の矢の回転率も良くなり更に前進スピードにより光の矢も速くなり必然的に進めなかった。

「いつまでかわしてるのかしら?撃ち落とさないと前に進めないわよ?」

確かに椿の剣…スノーレイピアなら光の矢でも撃ち落として進めるだろう。

だが俺は感覚で分かっていた。

スノーレイピアは一撃の剣、一撃与えれば雪のように消える剣なのだ。

しかし一撃だけにかけた剣だからこそ一撃の威力は絶大であり俺の力をフルで相手に伝えることが出来る。

偶然の一致なのだろう。俺の力を使えるのは一度きりだった。

だからこそ俺はかわし続けていた。

そんな姿を柊はくすくす笑った。

「なかなか見物よ?あなたのステップ」

しかし近付けない事にはいくらスノーレイピアであっても単なる棒にしか過ぎないのだ。

一向に進展がない攻防に飽きたのか柊は天井を見つめた。

「思い出すわね?ここで貴方が私を落としたのよ」

「違っアレは…」

「アレは何?貴方は嫌がる私を無理矢理あそこまで連れていったのよ?」



五年前のあの日、柊が事故にあった日…いや俺が事故らせた日、俺達は屋根裏部屋に通じる道を発見した。

最初に見つけたのが俺だった。

俺は皆を説得したが柊だけが頑なに屋根裏部屋に行くのを拒んだ。

子供の頃の俺はそんな柊を強引に屋根裏部屋に引き込んだのだ。

引き込んだ理由は単純だった。

数日前に柊に告白したのだがその返事をまだ聞かされてなかった。

もしかしたら俺は嫌われているのではないかと言う焦りにかられテレビでやっていたつり橋効果と言うやつに頼ったのだ。

しかし俺達全員が予想していなかった最悪の事が起きた。

柊が踏み込んだ床が腐っていて柊が落ちた。

しかし運よくなんとか両手を縁に掴み完全に落ちることを防いでいた。

だが俺は心配のあまりあわててどたばたと走り近付いた。

柊は俺が近付き終わる前に落ちてしまった。

そう俺が間抜けにもどたばたと振動を与えながら駆け寄ったせいで柊が掴まっていた縁に振動を与えしまい結果、縁ごと落ちたのだ。

更に悪いことはどうやら続くようで柊が落ちたのは中心部だった。

つまり一階までの直下だった。

しかし続く不運の中に一雫だけの幸運があったように俺達がソファー代わりに使っていたマットに柊は背中から落ちたのだ。

駆け寄ると柊は身体中に細かい切り傷や擦り傷を負って倒れていた。

まるで多少傷はあるが寝ているみたいにマットに横たわる姿を見て安堵感を胸に秘めながら起こそうと手を伸ばすとその手を橘に止められた。

その時、橘がなんと言ったのか分からなかった。

ただ戸惑う俺に強い目と力で制止をしていたのは覚えている。

数分位して救急車のサイレンが聞こえた。

救急車がお化け工場に着くなり救命師は手際よく柊を救急車に乗せて病院まで連れていってくれた。

俺達も付き添いとして救急車に乗せてもらい病院まで付いていった。

柊が検査中に柊の両親がやって来て俺達を泣きながら責めた。

俺はその姿を見ながらどこか冷め始めた。

胸に色々あった思いが消えていった。

ただ苛立ちと憎しみとやるせなさが胸に渦を巻いていく…

その後、楸逹はそれぞれの家でそれぞれの両親に怒られたらしいが俺は家には帰らず街を歩いていた。

街をあてもなく徘徊する俺に頭の緩い男女が絡んできた。

俺は無視をして歩み始めると男女は俺を路地裏に連れていった。

路地裏に着くなり男性が俺を壁に叩きつけた。

だが俺はその手を払い除けて歩く邪魔をしたこいつらを近くにあった鉄パイプで潰した。

潰して!潰して!潰した!

悲鳴が甘美に聞こえ始めた頃、俺に迫る者も動く者もいなくなった。

新たな遊び道具を探しに鉄パイプを片手に徘徊を続けた。

一夜で数十名の世間に迷惑をかけていた若者が病院に送られ数名が死亡する事件がニュースで流れた。

気が付くと俺は鮮血を纏う鬼、赤い悪魔と言う異名を背負っていた。



俺は柊と一定の距離を取り近付く方法を考えていた。

「寝ている時いつも夢を見ていたのよ?楸が居て椿が居て橘が居てそして貴方が…葵が居る夢を…」いきなり光の矢を放つのを止めこちらを見据えた。

「俺も…いや俺達もお前が一日でも早く元気になるのを祈ってた」

「そうなんだ…」

「あぁ…」

「やっぱり葵は優しいね…でも葵だけだよ?今も私が良くなるのを祈ってるのは…」

「いや…あいつらだって…」

俺の必死の訴えに柊は軽く首を横に振った。

「うんん…違う…人は変わりゆく生き物なのよ…今も願っているのは葵だけ…」

「誰が言った!誰がお前に言った!本人から…あいつらがお前に言ったのか!?」

俺は聞き分けの無い柊を軽く睨んだ。

俺の声に柊はまたしても首を横に振った。

「お話は終わりにしましょ………」

柊は自分に言い聞かせるように言うと頭上に強大な光の玉を作り出していた。

それはとてもきれいに輝いていた。

「やはり…お前…」

「やっぱり見えるのね…まぁ仕方ないかこの大きさだものね」

微笑むよう笑うと少し悲しげに呟いた。

それに比例するように柊の上にある光の玉が俺達の楽しかった思い出を映し出していた。

その事に最初から違和感はあった。

だけど俺はそれを…それが意味することを否定していた。

柊の攻撃に俺達との思い出が入ってる事を…

「いつからかしら?」

「昔から気心知れたやつにはお前は容赦がなかったからな…でも久しぶりに再会した時のお前は加減をしたから違和感があった」

「そうなんだ…」

柊が呟くのと同時に白い世界が現れた。



白い世界は雨が降っていた。

その雨の中、少年は傘を指してこちらを見ていた。

「どうするの?」

「何がだ?」

「柊さんを殺すの?」

少年は冷たい目で責めるわけでなくただ問いかけた。

「………」

「迷うんだ?やっぱり君はそうして楸さん達を無くしたみたいに何もかも無くすんだね?」

「どうすれば良いんだ?皆、俺の手からこぼれ落ちていくんだ」

「ふ〜ん。舞台は整ってるのにまた手放すんだね?」

「俺は…」

「君なら気付いてるはずだよ?君の本当の力がなんなのか?僕から君に受け継がれるバトンの力がどんなのか?」

少年の声と共にゆっくりと少年は消えていった。

少年が消えてひらひらと傘が地面に落ちて白い世界は閉じた。



「葵。戦いの最中に居眠り?」

気が付くと俺の眼前に光の玉が輝きを増していた。

「ふぅ…いや。決意を固めただけだ。俺の力で柊、お前に勝つ!」「やってみなさいよ!」

俺の宣言と共に柊は力強く言って光の玉を投げた。

光の玉は速度と大きさを増して迫り来る。

俺はそれに向かって走り光の玉にダイブした。

楽しい…悲しい…嬉しい…怒り…意味を持たないただの感情の荒波が俺の体には入り抜けていく…

ただそこに共通する懐かしい感じが俺の全てを満たし抜けていく…

荒波の感情に呑み込まれないように逆らわないようにただ身体全体を使って受け流すことだけを考え行動した。

全てが乱雑に混じる感情が駆け抜けて最後に悲しみと共に椿の最後が見えた。

視界が良好になると目の前に呆気にとられる柊がいた。

俺は音もなくかけて間合いを詰めた。

柊が回避行動を取る前にスノーレイピアを引いて喉元を目掛けて突いた。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

俺は荒い息を吐き出して床を見つめた。

「葵…なぜ止めたの?」

「俺はもう仲間を手から零れ落としたくない!」

「でも…私を殺さないと楸逹は戻らないのよ?」

「いや…可能性はある…」

俺は立ち上がり振り返った。

そこにはおぼろ気に浮かび上がる聖花の姿があった。

「すまない聖花…」

俺は呟きと同時に走り出した。

戸惑う訳でもなくただ見つめる聖花に俺は込み上げるものをそのまま吐き出した。

ただ嬉しかった。

「うおぉぉぉぉぉ〜」

笑えた日々が…

()の太刀…」

もし叶うなら…

灯火(ともしび)ッ!!!」

もう一度…

君達と…柊逹と笑い合いたかった。

スノーレイピアが聖花に深々と刺さり爆発を体内で起こした。

爆発と共に刀身は無くなりまるで異次元に呑み込まれるように俺自身も呑み込まれた。

最後に柊が「あおいぃぃぃ」と叫んだ気がした。



「目覚めなさい!」

目を開けるとそこには聖花ではない天使が立っていた。

いや立っていると言うのは可笑しいだろうなぜならここには縦も横も何もない空間なのだから…

「なぜ裏切ったのですか?」

「裏切ってはいない…だが結果は裏切りになるんだろうな」

「???」

「分からなくていい。ただ…」

「ただ…?」

俺は目の前にいる天使の胴体を右拳が貫いた。

「死んでくれ…」

俺が呟くと拳が爆発を起こした。

右腕を巻き込んだそれは目の前の天使を四散させた。

「無意味ですよ?直感を常人以上に上げる力を持つ貴方が分かって無い訳ないですよね?」

「あぁその力と柊のスノーレイピアのおかげでお前らを殺せた…」

「スノーレイピアは万物外すらも破壊する力を秘めた魔剣…その剣で聖花をその粉で私を殺す答えを直感で分かったんですね…でも貴方も柊もそのせいで楸逹を蘇らせられなくなったのですよ?」

「お前逹が邪魔をしなければ問題ないその答えも出ている」

「…貴方は業を背負うのですか?」

「あぁ…」

「ならば貴方は私と聖花二人に狙われる事になりますので覚悟してください」

俺は何もない空間から雨の降りしきる空間に転送された。

そこには傘が一つ真ん中で転がり次にバトンを受けとる人間を待っていた。

「さて終わりにするか…」

俺は雨の世界に入った。

『橘…皆を頼むぞ?』

雨は傘に近付くにつれ勢いを増し道を阻んでいた。

『椿…色々悪かったな』

四分の三ほど進むと暴風が俺を押し戻そうとした。

『楸…もう無理しなくていいからな』

俺はやっとの思いで傘に手を伸ばした。

『柊…ごめんな』

ゆっくりと傘を持ち上げた。

『皆…ありがとう…さよなら』

辺りに俺の思いが眩い光となり辺りを包み込んだ




初夏の熱い風が頬撫でた。

俺は高く青い雲が見え上げながら幸雪山を登っていた。

幸雪山の麓にある雪野高校に向かう道と白鳥神社に向かう道の分かれ道で俺は立っていた。

軽く伸びをする俺に突然、頭の中で言葉が流れた。

『俺は成功したのだろうか?…あれ?』

しかし思い付く節がなかった。

『テストはこれからだし…何だっけな?』

ただその考えを振り払うことができなかった。

懐かしくてとても大切な事なのに分からなかった。

忘れているのではなく分からなかった。

幼少の頃からずっと振り払えない気持ちが最近になって頻繁に表に出るようになった。

「お〜す。葵」

「おはよう(りゅう)ちゃん」

志土(しど)(ゆき)相変わらず仲がいいのぉわしはお邪魔かのぉ」

「ムカつくからやめろ葵」

「なんだよぉ良いじゃん本当の事なんだし…」

俺は志土といつものようにじゃれあっていた。

だが雪は心配そうな顔で俺を覗き込んだ。

「う〜また…?」

「やっぱり白鳥神社の巫女には全てお見通しなのかな?」

俺は苦笑いを浮かべた。

「辛いなら遊びに行こうよ?」

「いや…いい…」

雪の申し出に俺は愛想笑いを浮かべて答えると志土がそっぽを向きながら呟いた。

「ならお前一人で学校行けば?雪行こうか」

「あぁん?俺を置いてどこに行くんだ?」

志土は俺の問いかけを無視して町に降りていった。

その後を追うように雪が小走りに走り出した。

「無理に気を使わなくて良いのに…」

俺も小声で呟くと二人を追いかけて降りていった。

街に着くなりあてもなく歩いていた俺達はベンチで休んでいた。

すると前方から四人の若者が歩いてきた。

その四人の姿を見て俺はずっと絡んでいた糸がゆっくりとほどけるのを感じた。

「はぅ…あの…以前どこかでお会いましました?」

俺がずっと見ていたからだろう四人の内の小柄な女の子が話しかけてきた。

「いや…無いかな?」

「あぅ…そうですか…」

気持ちの糸がほどけ始めているがほどけている訳ではないゆえに俺はどもりながら応えた。

すると小柄な女の子は少し肩を落としながらとてとてと歩いていった。

「待って!」

俺はその後ろ姿を見つめていたら思わず声をかけいた。

「はぅ…何ですか?」

「今日て何月何日なんだ?」

「へぅ…五月十九日ですよ」

俺は何故か変な質問をしてしまった。

女の子は戸惑ったように笑うと素直に答えてくれた。

「そうか…ありがとう」

「はぅ…あれ?…あ…おいくん?」

女の子に名前を呼ばれて気持ちの糸がほどけ俺は魂に刻み込まれていた大切な記憶を思い出した。

そうこの広い世界で俺達はまた出会えたのだ。

…だが俺は首を横に降った。

「人違いだろ?」

「はぅ…そうですよね…」

肩を落とす背中をただ黙って見送った。

その後ろ姿に「楸!」と叫び、呼び止めたくなる感情を抑えて…

やがて女の子は他の子と合流して歩き出した。

俺もまた少し離れたところに座る二人に駆け寄った。

「う〜どうしたの?どこか痛むの?」

「いや…」

心配そうに雪が訪ねてくるが俺は顔を背けて先に歩き出した。

「でも…」

「雪!今はそっとしてやれ…」

「う〜うん」

二人の優しさを背中に感じながら俺は楸達との縁を切った。

今また縁を結べばあいつらを巻き込んでしまうから…

「なに…してんだ?…早く…行くぞ!」

口が震えて上手く喋る事が出来なかった。

「ごめん志土ちゃん」

雪は志土に謝った。

次の瞬間、雪は俺の背中から手を回して抱き締め自分の額を背中に当てた。

「無理しなくていいんだよ?」

「うぅ…」

俺はその一言に声を出さずに泣いた。

雪はそんな俺をただ側から離れないでくれた。

俺はこの時で…この世界であいつらに負けない仲間を作れた…

だからさようなら…大好きな人達…

さようなら…違う時での初恋よ…


さてさて以上で四季の物語は終わりです。

読了していただいた方々に無情の感謝を!

さて最後の疑問を…

アナタはこの物語を読んで何を感じましたか?


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