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桜の涙

春です。

……特記すべき事がない…

捉え方は人それぞれです

「桜の花弁はね…涙なんだよ?」

「はぁ?」

「桜の木の下にはね。美しい女の人が埋められてるの。その女の人の涙なの」

「ふ〜ん…そうするとこの世界から美人が居なくなるな」

「えっと…それは…」

「まぁそんな事よりだ!今、俺達の問題は明日のテストだ」

「私は大丈夫だよ?」

少年、竜斗(たつと)と少女、(さき)は仲良く桜が等間隔に並ぶ街道を歩いていた。

満開の桜から落ちる花弁を見つめ二人は楽しく歩いていた。

咲の一言に竜斗はむっとしながらスピードを早めて両手を頭に回した。

「へいへい。どうせ俺は馬鹿ですよ…」

小走りで開けられた距離を咲は無くすと胸に手を当てた。

「…なら私の部屋で勉強会しない?」

「二人でか?」

「うん♪」

咲は竜斗に満面の笑みを向けるとまるで音符が見えるんじゃないかと言う声で答えた。

「ん〜……やめとく」

「…どうして?」

「だって…」

竜斗は道路に目をやりながら恥ずかしそうにしていた。

「だって…?」

「やっぱし男が女の家に行くのは…ちょっと」

「…む〜…いいもん。泣き付いても教えてあげないもん」

咲が丁度そっぽを向いたその時、竜斗は見てしまった。

対面の道から女の子が風に飛ばされた帽子を追い掛けて道路に不用意に飛び出す姿を…

その姿を若干勢いのついた車が牙を向けている姿を…

女の子に気付いたドライバーが急ブレーキを掛けて女の子との距離が近過ぎて止まることが出来なかった。

見ていた誰もが気付いた。

ドライバーがハンドルを切れば対面歩道にいる誰かを巻き込み、切らなければ女の子が引かれると…

ドライバーが困惑している間に距離は女の子を目前に捉えていた。

咲がその事を気付かずに話す中竜斗は飛び出していた。

竜斗は飛び出してから気が付いた。

『俺なんで飛び出してんだろ…』

自問の答えが出るよりも先に竜斗は女の子を対面歩道に突き飛ばして迫り来る車をどこか他人事のように見つめていた。

『死ぬのか?』

そう感じるのと同時に竜斗は宙を舞った。

竜斗は走馬灯を感じるよりも明日の勉強が出来ないなと言う事とこちらを見つめる今にも泣き出しそうな咲を慰めたい気持ちで一杯になっていた。



咲は病室で寝る竜斗を見つめていた。

悲しみや後悔が絶え間無く襲って来るがそんな事よりも咲は喪失感を味わっていた。

なぜなら『彼はもう…普通の生活は送れません』と医者がそう言った。

それを聞いた咲は世界を疑った。

コレは質が悪い…いや。悪すぎる夢なんだと…

しかし咲がいくら疑おうが夢では無かった。

それを思い知らせたのは竜斗の両親だった。

『どういう意味ですか?』

当たり前の言葉な気がする…しかし咲に取ってその言葉は意味合いを変える。

『どういう意味ですか?』とは竜斗の悲惨な現状を受け止めると言うこと…

『彼はこれから記憶を失っていきます…それは避けられない事なのです』

その場にいた全員が理解できなかった。

医者はそれを理解したのか更に噛み砕いて話始めた。

『人間と言うのは記憶があるから生きているのです。

私達が何気無くする一挙手一投足全てが記憶に寄って出来ています。

今、何気無く私がしている。話す事も…立つ事も…呼吸さえも記憶なのです』

その場の空気が冷たく張り付いた気がした。

つまりは…竜斗は『死ぬ』と言うことなのだ。

そして現実を受け止めた両親は泣き崩れ咲はただ、ただ竜斗との思い出を思い出していた。

それが今までの経緯であり真実であった。

「竜斗…早く起きないと勉強出来ないよ?…私の部屋が嫌なら私が竜斗の部屋に行くから…早く…起きてよぉ…」

咲は無駄と分かりながらも竜斗の体を揺すりながら呼び掛けた。

その日、竜斗が返事を返す事は無かった。

竜斗が一ヶ月の眠りから目覚め最初に欠落した記憶は先生方の記憶…

次に欠落した記憶は知人達の記憶…

次に欠落した記憶は友人達の記憶…

約半年で竜斗が今、知っている事は少なくなった。

今では竜斗自身の事と両親の事…そして咲との事だった。

咲は竜斗のお見舞いをする度に恐怖を感じていた。

いったい、いつ『誰ですか?』と言われるか分からないからだ。

しかしそれでも咲は竜斗のお見舞いを1日足りとも欠かさなかった。

『竜斗の事を忘れて過ごす』

それが一番良い事であり傷を最小限に抑える方法だと知っていた。

だけど…知ってるからと言って易々出来なかった。

忘れようとする度に竜斗との楽しい思い出や辛い思い出や嬉しい思い出が咲の心で忘れないでと叫ぶからだ。

…いや、そんな一途に思い続けた咲だから竜斗は咲との記憶より両親との記憶を先に欠落してしまった。

だから竜斗の記憶は咲と自分との思い出だけになってしまった。

そして、その時は来た。



「竜斗♪ご飯だよ♪」

咲が竜斗のご飯を盆に載せて極めて明るく近寄った。

そして窓から射し込む光を受けた竜斗を見て涙を流した。

咲は動く事も声を出して泣く事もなくただ涙を流した。

「うっ…あ?…」

竜斗が返事の変わりにうめいたからだ。

「竜…斗…私の…事…分かる?」

咲は泣き出してしまいそうになるのを堪えながら言葉を紡いだ。

「あっ…うっ〜…」

竜斗はうめきながらも動かし難そうに咲の涙を拭い微かに笑って見せた。

竜斗は自分が覚えた記憶よりも咲と過ごした記憶を選んだ。

だから言葉が解らなくても体が動かし難くても目の前で泣いている咲を慰めたのだ。

しかし咲は涙を止めなかった…いや止まらなかった。

「バカ!バカ竜斗!なんで私なのよ!最後は自分を選びなさいよ!」

咲の記憶の分だけ竜斗は死期を早めたのだ。

「う……る……し、しぇ……だぁ……れ……がぁ…わ……す…れ……る…かぁ」

泣きながら叩いてくる咲に竜斗はまだ完全に消えていない記憶から言葉を出し掠れた声でゆっくりと答えた。

その言葉を聞いて咲にはもう止めれなかった。

涙が溢れ…声が漏れ…溢れた声は掠れていった。

竜斗が眠りに着くと不思議なことが起きた。

それはもしかしたらあまりにも二人が報われないから神様が寄越した使いなのかも知れなかった…いや、きっとそうなのだろう。

狭い部屋の中に一滴の光が落ちて辺りを照らし光と声が部屋を満たした。

「桜の願いを知ってますか?」

咲はこの事態をいぶかしがりながらも竜斗の側を離れなかった。

しかし声は原稿を読み上げるように咲の返事を待たずに続きを話し始めた。

「貴女が桜に成るのならば貴女の涙は花弁になり願いは叶います。

桜に成るならば光の元へ…

成らないならばその場で…」

咲は竜斗の顔と反対側で眩しいぐらい光輝く光を見つめた。

少し躊躇いがちに光に歩み寄ろうとする咲の手を竜斗は弱々しく握り立ち上がった。

一瞬、咲の脳裏に『竜斗は私から竜斗の記憶を消そうとしている』とよぎったのだ。

二人はお互いに優しく微笑み合った。



アレから幾度目かの春が過ぎ幾度目かの春が訪れた。

大学生二人が話しを弾ませながら歩いていた。

「…今日花見だけどお前どうすんだ?」

「………」

「毎年付き合いわりぃな?コレか?」

片方の大学生が小指を立てながらもう片方に聞いてきた。

しかしもう片方は返事を返さずに歩いていった。

「ちぃ…マジで付き合いわりぃな…」

誘いを断られた大学生は歩いて何処かに行ってしまった。

断った大学生は丘を登っていた。

なぜなら毎年この時期に行くと一本の桜からとても大切だった人を感じる事が出来るからだ。

大学生が展望台に辿り着くと少女が風を浴びていた。

「久しぶり♪竜斗♪」

大学生は…竜斗は我が目を疑った。

ずっと感じるだけしか出来なかった大切だった人がいたからだ

「あぁ…久しぶり…咲」

竜斗がそう言うとぶわっと風が舞い咲が消えた。

幻影だったのかもしれない…

それでも…

たった数秒の再会でも…

竜斗は咲と再会した。

「桜の花弁は美しい女の人の涙…か…」

竜斗はひらひら舞い落ちる桜の花弁を手で掬いながら桜の木を見つめた。

桜の花弁は止まること無く落ちていた。

竜斗にはそれが悲しみや憂いでは無く純粋な嬉しさから出る涙に見えた。


アナタならどうしますか?

欠落してやがて死ぬ人と共に逃げずに歩めますか?

ちなみに作者は歩めません

だからそこまでの強さのある人を尊敬します

…捉え方は人それぞれです

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