3.リリアたんの進級
短い春休みが終わってしまいました……。
宿題もなく、仕事にあてる時間が多くとれるこの休みほどありがたいものはないですが、その分終わった後の焦燥感はハンパないですね……。
今日からわたしも五年生です。
この小学校では進級するごとにクラス替えがありますが、どちらにしろ友達がいないわたしには毎年関係のない事です。
しかし今回は厄介なことに違いました。
始業式の後のホームルームで、転校生が来る事を告げられたのです。
担任の先生に呼び掛けられ、教室に入ってきたのは女子でした。
褐色の肌に茶色い髪でやや吊り目がち、身長はわたしよりも高いですね。
まぁわたしは今学年で一番身長が低いのですが。
それよりも全身から気品というか、お金持ちオーラが出ています。
教壇の隣に立ち、腕を組んでいるところから見ても気が強そうですね。
マンガやアニメならキャラを立たせる為、ツンデレ属性を持たせるといったところでしょうか。
ただわたしが彼女に対してどうこう思うのは、今この瞬間が最初で最後です。
今までがそうだったように、今後関わる事はないでしょう。
彼女はクラスメイトを見回し、口を開きました。
ここで「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人うんぬん……」と言ってくれれば面白いのですが……。
「五竜神田聖羅よ! この学校に来てやったこと、感謝なさい!!」
絵に描いたようなツンデレゼリフを、現実で言ってしまう頭の痛い人でした!
お近づきにはなりたくありませんね……。
「あたくしがこの学校に来た目的はね…………」
あれ? 何かわたしの事を睨んでませんか?
「じゃあ、五竜神田さんはあの窓際の席ね!」
「ちょっと待ちなさいよ! まだあたくしの紹介終わってないわ!! こっからでしょうが!!」
五竜某さんがまだ何か喋ろうとするのを、先生は空気を読んでぶった切りました。
「くっ…………」
クラス中がシラけムードの中、先生に席に座るよう言われた彼女は、やり切れない表情でこちらに向かって歩いてきます。
それにしても席が空いているのはわたしの隣だけというのは、悲劇以外の何でもないでしょう……。
さすが神に見放されたわたし、運の悪さがずば抜けてます……。
――全く何て日だ!!――
……わたしが脳内で孤独にスベっていると、彼女が隣までやってきました。
終始彼女から目を反らしていたのですが、彼女はわたしの耳元に顔を寄せ、小さな声でこう囁きました。
「……ようやく会えたわね、青天目詩音! もう絶対逃がさないから!!」
彼女の口から放たれたのは、わたしの本名ではなくペンネームです。
おかしいですね、わたしの正体を知っているのは編集さん達だけのはずですが……。
自分の席に座った彼女はまだわたしの事を睨んでいます。
今まで直接攻撃された事は無かったのですが、いよいよイジメが本格化してくるのでしょうか。
…………憂鬱ですね…………。
ようやくホームルームが終わり、放課後となりました。
わたしは一目散に逃げ帰ろうとしたのですが、隣の方がそれを許してくれません。
「ちょっと待ちなさい! 今日はあたくしと一緒に帰るわよ! あ、いえ帰って下さいませんこと?」
? 何か情緒不安定な人ですね。
高圧的なのか、低姿勢なのか、どちらかはっきりして欲しいです。
「すみません。今日は用事があるので……」
まぁどちらにしろ、断るのですが。
自己紹介の時、明らかに敵意を向けてきた人と帰る勇気は、わたしにありません。
春休みのお陰で、今回分の原稿は出来上がっており、後は提出するのみとなっています。
これからは次回分の構想を練り上げるのが、用事と言えば用事でしょうか。
つまり、ウソは言っていません。
「そ、そう残念ね……。超売れっ子だし仕方ないか……。あ、明日はどうなの?」
?? ますます分かりませんね。
キャラ的にもっと強引に誘ってくるのかと思いましたが……。
「売れっ子だし仕方ないか」の部分は周りに聞こえないよう小声でしたし、案外分別のある人なのかもしれません。
ちょっと断りづらくなってしまいました。
明日はありったけの勇気を振り絞って、一緒に帰ってあげましょうか。
ペンネームを知っている事も気になりますし。
「明日なら構いませんよ」
「やた♪ や、約束したからね!」
そういうと彼女は、嬉しそうにスキップしながら帰っていきました。
イマイチ掴めない人です。
結局わたしの事は好きなのでしょうか、嫌いなのでしょうか?
明日、全てが分かればいいのですが……。
マンションの自室で構想を練っていると、わたしのスマホが震えました。
わたしに電話がくるのは珍しくありません。
と言っても友達のいないわたし、かけてくるのはだいたい担当編集さんです。
確認すると案の定、担当さんからでした。
「はい、青天目です」
『あ、詩音先生元気? 先生には社運がかかっているんだから、風邪とか引かないでね』
開口一番、プレッシャーをかけてくるとは流石わたしの担当さんです。
「大丈夫ですよ。それよりどうしました? 〆切にはまだ早いはずですが……」
わたしは〆切を破ったことはありませんが、提出するのはいつも〆切の一日前です。
今回はもう仕上がっており、提出できるのですが、しないのには理由があります。
わたしはBLを描いている時よりも、妄想している時の方が好きなのです。
一人部屋で妄想しつつ、気持ち悪くほくそ笑んでいる時間こそが至福なのです!
……かなりイタい人になっていることは否定できませんが。
今提出してしまうと、担当さんから違う仕事を頼まれる可能性があります。
わたしはそれを避けたいのです。
『あの、ゴメン!』
「はい?」
担当さんは何を謝っているのでしょう?
『詩音先生の正体、あたしが担当してる作家さんにバラしちゃった。てへ♪』
「マジですか……」
何故かこの時点で、ほんのりある人物の顔が思い浮かんできましたね……。
『うん、その子先生と同い年でね、友達が死ぬほどいない先生と仲良くなれればいいと思って。先生のお母さん心配してたし』
「……そうですか……」
余計なお世話感ハンパねぇですね……。
「ちなみにその人の名前は?」
『鳳龍院カグナ先生よ!』
わたしは本名を聞いたつもりだったのですが……。
……あれ、鳳龍院カグナ?
「鳳龍院カグナ先生ってあの伝説の?」
『そう、あの伝説の……よ』
鳳龍院カグナ先生はほんの一時期、わたし青天目詩音と売り上げトップを争った方です。
ただ、ある出来事のせいで一気に落ち目になってしまったのですが……。
『今日から先生の学校に転校しているはずだけど……』
「はぁ、確かにそれらしき人が来ましたね。名前は思い出せませんが」
ホント、何て名前だっけ?
『ハハハ、あたしもよ。何かどっかの主人公みたいな名前だったっていうのだけ、覚えてるわ』
「担当さんが忘れてるのはマズくないですか?」
ちゃんと覚えといてあげて欲しい……。
『あたしの仕事はペンネームさえ覚えておけば平気だもの。下手に本名覚えている方がダメなのよ。ふとした時本名で呼んじゃうと他人にバレる事だってあるし』
「まぁ、そうですね……」
わたしも本名がファンの方にバレるのは避けたいです。
『そんじゃ、その子と仲良くしたげてね。彼女、あの事で気を落としているはずだから』
「あまり、わたしに期待しないで下さいよ……。こういうのは苦手です……」
コミュニケーション能力が絶望的に低いわたしですからね!
『そう言わないで。あたしじゃダメなのよ……。アレって半分あたしのせいでもあったし』
最終的にOKしたのは担当さんですしね。
「分かりました、善処します……」
『ホント、お願いね』
担当さんとの通話が終わりました。
それにしてもあの方が鳳龍院カグナ先生だったとは。
同じBLマンガ家として、仲良くするべきでしょうね。
まずはそうですね……、本名を思い出すところから始めましょうか!
翌日の放課後になりました。
鳳龍院カグナ先生こと隣の席の方は、本日終始ご機嫌で、休憩時間のたびに鼻歌を歌っていました。
ふむ、これなら一緒に帰ったとしても何かされる危険はないでしょう。
そう考えていると、彼女がわたしの方に振り返ってきました。
「ね、ねぇ、今日は一緒に帰れるのよね?」
「はい、大丈夫ですよ」
「そ、外に車を待たせているから、早く行きましょう!」
彼女と一緒に校舎を出ると、校門の前で場違いにも程がある、黒塗りのリムジンが停まっていました。
……やっぱり彼女、お金持ちのお嬢様ですね。
「……な、何か飲む?」
車に乗り込むと、何やら緊張気味の彼女は、冷蔵庫らしきものを開きながら尋ねてきました。
中にはジュースやらお茶やらミネラルウォーター等、様々な飲み物が入っています。
今日は少し暑いくらいでしたからね。
何か頂けるのでしたらありがたいです。
わたしが何を飲もうか悩んでいると、しびれを切らしたのか彼女がこう言い出しました。
「ど、どれでも大丈夫だからね! ○ん○なんて入っていないから!!」
「………………やっぱりいいです………………」
すっかり飲む意欲がなくなったわたしは、彼女の申し出を断っていました。
こんなところで、彼女の持ち味を出さなくても……。
しかもこれ、わたしが全く受け付けないものです……。
……ふと思ったのですが、この車はどこに向かっているのでしょう?
一緒に帰ると言うことから、てっきりわたしのマンションに向かってくれるものだと思っていたのですが、明らかに道が違います。
マンションの場所も聞かれてないですしね。
不安になってきたので、さっきからわたしをチラチラ横目で見てくる彼女に聞くことにしました。
「あの~、今どこに向かっているのでしょう?」
「つ、着けば分かるわ!」
と言って教えてはくれませんでした。
ソワソワする彼女の態度も併せて、わたしはますます不安に駆られます。
かといって、走行する車から飛び出す訳にもいかず、わたしは成り行きに身を委ねるしかありませんでした……。
リムジンが停まったのは、人里離れた普通の一軒家です。
ここは彼女のお家でしょうか。
だとしたらちょっと親近感が沸きますね。
「あ、あたくしの仕事場に着いたわよ!」
……前言撤回です。
やはりお金持ちの方はやることが違います。
家は二階建てで、一階部分は台所に、お風呂とトイレ、仕事部屋となっていました。
二階はまだ行ってないのでよく分かりません。
何よりわたしをここに連れてきた理由が分かりません。
「ね、ねぇ……ちなみにあたくしの事、担当さんから何か聞いてる?」
彼女は心細そうにわたしに尋ねてきました。
「はぁ……。鳳龍院カグナ先生、ですよね」
「そう、あたくしの名は鳳龍院カグナ!! さぁ、今日こそあたくしの原稿の感想を聞かせてもらうわよ、青天目詩音!!」
「はい?」
ことごとく言葉に詰まっていた先程までとは打って変わり、わたしへの態度が強気になっています。
彼女にどういった心境の変化があったのでしょうか?
「アナタ、編集部で担当さんとの打ち合わせのたび置いてあった、あたくしの原稿全く見ないでしょ!?」
そう言われてみれば、ありましたね。
何の嫌がらせなのか毎回。
ただ一応言い訳させてもらいましょう。
「いえ、読ませてもらいましたよ。サラッと!」
「ガッツリ読みなさいよ!! ガッツリ読み込んで思わず感想を洩らしなさいよ!! こっちはアナタがどう感じたか知りたかったのに、何も言わないだなんて!!」
「ちゃんと感想も漏らしましたよ。『うへぇ……』と!」
「だってそう担当さんからそう聞いて……って、それをどう参考にしろってのよ!! もっと具体的に言いなさいよ!!」
「それは無理ですよ、最後の数ページなんて完全に読み飛ばしましたし……」
「一番肝心要のフィニッシュシーンを読み飛ばすなんて、どういう了見よ!?」
「だってわたし、受け付けないですもん……」
「何がよ!?」
「………………排泄物」
「○○○ロって言いなさいよ!!」
いやいや貴女も言えてませんよ、伏せ字まみれです。