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くらい井戸の底から  作者: イヌスキ
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オオカミと少年

     ○オオカミと少年


 井戸の口から光が差して、ゆらゆらと波打つ水面へと飛び込んだ。さらさらと澄んだ水の中を楽しそうに泳いでいく。そして、ゆっくり、ゆっくりと、潜ってゆく。


 光達はそれぞれに繋ぎあって、帯の様にくらくらと井戸の底へと反射しては空へと楽しそうに帰って行く。


 そんな小さな光達の不思議な歌でオオカミは目を覚ました。


「へんてこへんてこオオカミが〜魚じゃないのに井戸で寝る〜おめざめおめざめ寝ぼすけは〜風邪引く前にお帰りお帰り〜」


 見上げた空はポツンと小さく、丸く切り取られていて、ずうんと重たいお腹は食べ過ぎた時の様にパンパンで、ちくちくと痛みました。


 オオカミはなんで自分が井戸の底で寝ているのかが思い出せません。

 頭がジンジンと痛むので、手を頭へやってみると丁度、自分の握りこぶし位のたんこぶが出来ていました。


「きっと落っこちた時にぶつけたんだ」


 オオカミはそう思いました。でも、それ以外は何にも分かりませんでした。

 井戸に落っこちた拍子に記憶も落っこちてしまったようです。

 とりあえずは外に出ないとどうしようもないので、オオカミは助けを呼びました。


「おーい、おーい、誰かー!助けてー!」


 ウワンウワンとオオカミの声は井戸の中で四方八方に跳ねて、勢い良く外へと飛び出して行きます。


 井戸の口から飛び出した声は気持ち良く原っぱを跳ねる野ウサギの横を通り過ぎました。


「オオカミの声だ!」


 野ウサギは驚いて巣穴へと飛び込み奥の方でガタガタと震えてうずくまります。


「怖くて悪くてズルいオオカミの事だからきっと罠に違いない」


 野ウサギはさらに巣の奥へと潜って、長い前歯をカチカチと鳴らして、ぷるぷると小さく丸くなりました。


 オオカミの声は尚も原っぱを駆けて行きます。原っぱを横切って小高い丘を越えるとそこには羊飼いの村がありました。


 村の外れでは羊飼いの少年が羊に草を食べさせています。

 ふわふわと綿飴わたあめのようなふかふかの毛を蓄えた羊達は風に吹かれたタンポポの綿毛の様に草原に点々と散り、めえめえと草を食んでいます。

 その横を颯爽さっそうとオオカミの声が駆けて行きました。


「オオカミの声だ!」


 羊達は一斉にめえめえと大きな白蛇のようになって村へと駆けて行きました。


「オオカミだー!オオカミが来たぞー!」


 少年は大声を上げて羊の後を追って村へと駆けて行きます。


「なんだってぇ!そいつわ、一大事いぢだいじだぁ!」


 村の大人達は大慌てで村の外へとクワやスキを持って集まりました。


「おい、羊飼しつじかいよぉ、オオカミはどこに居んだ?」


 村人達はだっぺだっぺ言いながら村の周辺をみんなで探しました。


「なんも居ないでねぇか」


 大人達はオオカミを探しましたが、そんなものは何処どこにも居なかったのでうごうごと時間を持て余しました。それもそのはずです、だって狼は井戸の底に居るのですから。


「なーんだい、何も居なかったべ、お前は少し心配すんぱいし過ぎなんだー」


 と言い、皆んなだっぺだっぺと帰って行きました。


 羊飼いの少年は「本当に聞こえたんだ」と、村人達に訴えましたが、誰にも信じてもらえませんでした。


 しかし、タイミングの悪いことにオオカミの声は、毎回大人達が居ない時に聞こえてきます。

 その度に羊飼いの少年は「オオカミだ!オオカミが来たぞー!」と叫ぶので、五回目くらいからは何故か少年は殴られました。


「嘘ばっかついてっと川さ流しっちまうぞ!」


 それから大人達は、少年の話しを嘘だと決めつけて誰も真剣に話しを聞いてくれなくなりました。


 そして、嘘つき呼ばわりをされた少年は悔しくなって、声のする方へとオオカミを探しに行くのでした。



 小高い丘を越えて少年は原っぱを行きます。

 ずんずんと進んで行く少年は途中で野ウサギの巣の前を通りました。すると、巣の奥から「カチカチカチ」と不思議な音が聞こえてきます。

 少年が巣の奥を覗き込むとそこにはぷるぷると震える野ウサギの尻尾が見えました。


「おーい、そんなに震えてどうしたんだい?」少年は野ウサギに問いかけます。


 野ウサギはその声に驚いて「きゃっ」と呟くと、さらにぷるぷると震えて歯をカチカチと鳴らしながらこたえました。


「原っぱの向こうの森からオオカミの声が聞こえるんだ、ズルくて悪いオオカミのことだからきっと僕を食べようと呼んでいるのさ」


「それで怖くて震えてたんだね、でもそんなに歯をカチカチと鳴らしたんじゃすぐに見つかってしまうよ」


 尚もカチカチカチカチと歯を鳴らす野ウサギに少年は、部活のラグビーで使っていたマウスピースをあげました。


「前歯に当ててうんとかじっていればカチカチ鳴らないで済むよ、そしてタックルは膝から下だよ」


 少年は名フランカーでした。


「ありがとう」


 そう言って野ウサギはマウスピースを付けて、ぷるぷると「タックルは膝から下、タックルは膝から下」と呟き震えました。


 少年は野ウサギに聞いた通りに原っぱの奥にある森を目指して歩きます。

 すると、オオカミの声が森から聞こえてきました。


「オオカミの声だ!」


 少年は声のする方へと走りました。するとそこには、大きな古井戸がポツンと淋しそうにあるだけでした。


「あれ、間違えたのかな…」と、少年が呟くと少しして声が井戸の中から聞こえてきました。


「おーい、おーい、誰か居るのか?助けてくれー!」


「さ、さ◯子?」


 少年はホラー映画鑑賞が趣味なので、井戸=さ◯子の方程式が今ガッチリと脳内で成立しました。


 呪いにかかる要素は一切ないはずの少年ですが、いざ井戸からさ◯子が出てくるのかと思うと怖くなってしまいました。

 それでも、リ○グの大ファンだった少年はサインが貰えるチャンスはここしか無いと腹を決めて井戸へと駆け寄ります。そして勇気を振り絞って言いました。


「さ、サインく、くださぁい」


「え?」


 オオカミは大変驚きました。


 生まれてこの方サインを求められた事などなく、しかも助けを求めているのにどういう事なのか?と、今やっと助けに来た者は一体全体どう言うやつなのかと。


 オオカミは生まれて初めて「怖い」と思いました。が、しかし、助けてもらえるチャンスは今しかないとオオカミも腹をくくります。


「よ、よし分かった!サインするから助けてくれー!」


「本当ですか!やったー!」


 ここで普段の少年ならば、自力で上がって来れないさ◯子はおかしいと気付いた筈です。しかし、少年はミーハーな田舎者だったので、初めて見る芸能人へと想いを馳せ、しかも、ゆくゆくはこれを皮切りに「銀幕スターへとのし上がり、アッチコッチでチヤホヤされる」と言う希望的観測で頭が一杯でした。


 そして、「怖がる演技をコッソリ練習しててよかった」などと思いニヤニヤしました。


 なので、少年はノリノリで井戸に付いていた桶をオオカミへと放ってよこしました。


 ヒューと、落ちて行く桶が「コーン」と音を立てて、続け様に「ぐえぇ」と声が聞こえ、バッシャーンと水を叩く音が聞こえました。


 その後に少年は桶を放った事を思い出し、ハッとして、「桶を放りましたよー!」と声をかけました。


 だが時既に遅く、ぼけっと上を向いていたオオカミのアゴに当たり、オオカミは気絶したのでした。


 薄れ行く意識の中でオオカミは不思議な夢を見ました。

 それは、サラリーマンをしているというヘンテコなヤギが、日々お風呂を広げようと努力をするも報われず、仕事では同期に抜かれ、さらには迷子になり、挙句には食われそうになると言う何ともかわいそうで面白い夢でした。


 オオカミはお気に入り登録をして、コメントを書き込みました。


「広いお風呂に憧れて、広いお風呂に憧れて…」


 と、オオカミはうわ言を繰り返し、ぶくぶくと沈んでゆく最中に目を覚ましました。


 間一髪です。


「ぶはぁ!!変な夢見た!!オエッ」


 そして水をたくさん飲んでしまったようです。


「どうしたんですかー?大丈夫ですかー?」と、少年の呑気な声が聞こえてきます。


 オオカミは命の恩人にパンチする事を心に決めました。


「捻り込むようにして打つべし…」


 オオカミは繰り返しぶつぶつと呟き、桶のロープを腰へと巻き、「おーい、引っ張りあげてくれー!」と叫びました。


「あいあいさー!」


 少年の陽気な掛け声と共にグイグイとオオカミは上へ上へと登って行きます。

 そこでふとオオカミは自分がオオカミである事を思い出し少年に向かって声を掛けました。


「おーい、そう言えばいってなかったけど、俺は凄く怖いんだぞ!驚いて落とさないでくれよ!」


「知ってますよ、毎日見てます!大ファンなんです!」


「え?」


 オオカミは困惑しました。が、これで驚いて落とされる心配は無くなったので安心しました。ですが、オオカミの方が逆に怖くなりました。


「毎日見てます」と言うフレーズが何とも言えずブルッときました。


 しかし、それでも小さく切り取られた空がゆっくりと近ずいて来るその光景は、心底落ち着くものでした。


「おお、今回はフォルムを一新してオオカミなんですね!」


井戸から釣り上げたオオカミを見て感嘆の声を少年は上げました。


 もう既に少年は村からオオカミを探しに来たことをすっかり忘れています。


少年はちょっとアホなのでした。


「ええ、ああ、まぁ、そんなもんだ…」


 オオカミは苦笑いで少年に合わせました。


 助かったのが嬉しい反面、なんだか気持ち悪いこの少年はパンチしたらきっとなんか喜ぶと言う野生の勘が働きました。なので、オオカミはパンチしませんでした。


 すると少年はシャツをまくり上げ声高らかに言いました。

 「ここにサインして下さい、一生洗いません!」


 オオカミはさらに少年が怖くなりました。


 とりあえず少年の腹にサインを書いたオオカミは少年にどうしてここに来たのか訪ねました。


 すると少年はリ◯グの感想をこれでもかとコッテリと話し、あれはよかったとか、これはもっとよかったなどと、永遠とホラー映画の話しをし出したので、オオカミは眠くなってしまいました。


「あー、そう、ふーん。そうなの?マジで!へー、ふーん」


 適当な返事の合間を縫ってマシンガンの様に物凄くコアな話しが怒涛の勢いで耳に迫って来ます。流石のオオカミもノックアウトでした。


「で、ですね、あれはこうで、これもこうで…あーもう、口下手で申し訳ないです…あれ?」


 流石の少年も眠っているオオカミに気付きました。しかし、そこは少年です。


 ナチュラルな演技で僕を試しているんだと勘違いをしました。


「何か演技をしなくては、何か演技をしなくては…」とぶつぶつ呟き、キョロキョロと辺りを見渡しました。


 すると、オオカミのへその下に蝶々結びのひもを見つけました。


「こ、これは!」


 自分なりの迫真の演技に身を任せ、ぷるぷると震える手でひもを引っ張り上げる少年の目に、オオカミの腹から大量の小石が現れました。


「ぎょえぇええ!!」


 迫真の演技の少年は仰け反り、ただコロコロと溢れる小石を見つめました。


「カーット!君いいね!主役だね!もうハリウッドだね!」


 勢いよく掛けられるカットの声、鳴り乱れる拍手の嵐、スタンディングオー、田舎者の少年はこれを機に銀幕の世界へと飛び込んだのでした。


 そして突如として始まるシンデレラストーリーに…なる筈もなく、アホっぽくまた「ぎょえぇええ」と繰り返し叫びました。


「マジかよ、えっと、とりあえずもっかい結んじゃおう…」


 そして少年は何事も無かったかのようにオオカミを起こしました。


 そうです、少年は全てを無かったことにしたのでした。


 目覚めたオオカミは何故だかお腹がスッキリとしていたのでお腹をさすると、さっきまでパンパンだったお腹が治っていました。

 そして、目の前には大量の小石が散らばっていて、ギョッとしている顔の少年が「大丈夫ですか?大丈夫なんですか?」としきりに声をかけてきます。


「ああ、何だかお腹がスッキリだ」


 オオカミは爽やかにこたえました。そして尋ねました。


「この小石は?」


 すると少年は目を泳がせながらこたえました。


「実は、オオカミさんの腹からひもが出ていたので引っ張ってしまったんです。そしたらコレがドバッと出て来ました」


「な、何だって!」


 オオカミはさらにさらに恐怖しました。


「こんな猟奇的な犯行はソウでしか見たこと無いですよ…」


 そう言って少年はハッとなり、また目をキラキラと怪しく輝かせました。

 しかし、その後おとずれると思われた猟奇的な展開がある筈もなく、少年は物凄くがっかりしました。


 そうです。だってこれは童話なのですから、そんな展開ははじめからないのです。

 めげるな少年、ハッピーエンドへと向けて進め、進め。


 とりあえず色々とたくさんの事があり過ぎて、お腹も減るし、石なんかお腹に詰められるし、なんか怖いので、森からオオカミは離れる事にしました。

 しかし、一人では心細いのと、やや不気味ではあるものの、助けてもらった少年への恩があるのでオオカミは少年と一緒に村へ帰ることにしました。


 ふたりは原っぱをスイスイと進み、野ウサギの巣を通り過ぎ、小高い丘を越えて村へと辿り着きました。


 村の入り口には羊達がめえめえと草を食んでいます。


「おーい、おーい」


 少年は羊達に声をかけました。


「あ、少年だ!少年が帰って来たぞ!あっ!」


 羊達がめえめえと村へと逃げて行きます。


「え、え?ま、待って!なんで逃げるんだよ」


 少年が羊の後を追って駆けて行きます。


「お、おい、少年!待ってくれよ」


 その後をオオカミが駆けて行きました。

 羊、少年、オオカミの順に村の中を駆けて行きます。


「な、なんだんべー!」


 驚いたのは村人達です。


 怒涛の勢いで駆けてくる羊の群れに村は阿鼻叫喚の地獄と化しました。


 村人、羊、少年、オオカミの順にぐるぐると村の中から外へ、そして外から中へと走り回ります。遂には村人がオオカミの後ろへと追い付きました。


「お?お!オオカミだ!オオカミが入って来だぞ」


「クワだ、クワさ持て!」


 オオカミに気が付いた村人達は大慌てで農具を手に取ります。


「おい、スキだ!」


「えっ!」


「だから、スキだって!」


「な、なんで、こんな時に」


「こんな時だから、スキなんだよ、なあ!おい!スキだよ!スキだって!ああ、スキだ!スキだ!スキだー!」


「えぇ!だ、ダメだ!オラは嫁さんも息子も居んのに…で、でもっ。お、オラもスキだ!」


「え!」


「え?」


「ち、違ぇよ…スキは農具の方だ…」


「あっ!え…あー!知ってる、知ってるよ!冗談だ!冗談だよ」


 香ばしい会話からは気まずい沈黙が怒涛の勢いで流れ出し、その流れを鮭のように遡上する混沌の群れが村に訪れました。今年は混沌が豊作のようであり、村の隅々まで混沌が蔓延はびこりました。


 そんな気まずい沈黙を打ち破るため、先程のホモセクシャル気味な村人が雄叫びを上げてオオカミを追い駆けます。


「あぁぁぁー!」


 それを口火に村人達も声を上げました。


「ク、クサオに続け!続けー」


「きゃー!」


 オオカミは得体の知れない迫力の村人達に追い立てられ、きゃあきゃあと悲鳴を上げました。そして少年にこの場を乗り切るために助けを求めます。


「おい、おーい少年!た、助けてー」


「え?えぇ!」


 振り向いた少年の目にはものすごい勢いで走るオオカミと、それを追う村人達が飛び込んできました。


「ぎょえぇぇぇー!」


 少年の叫び声に気づいた村人達が怒声を上げます。


「おっ!」


「お?」


「おい!羊飼しつじかい!これはおめぇの仕業かー!」


 咄嗟とっさの事で頭が混乱した少年は適当に答えました。


「ち、違う、違うけど…そ、そうです」


「なんだとー!もう許さんオオカミ諸共もろともぶっ殺してやっかんな!」


「頭をクワでかっつぁいて(カチ割って)やっかんなー」


「きゃー!」


 少年とオオカミはきゃあきゃあ言いながら村の外へと飛び出して行きます。しかし、村人達の勢いは止まる所を知らず、どこまでも追い駆けてきました。


「あいつら、どこさ行ったんだ」


「きっとまだここいら(ここら辺)にはいるはずだんべ」


「んだんだ、よく探せ」


 村人達の追跡を逃れるために少年とオオカミは村外れにある河を泳いで進んで行く事にしました。

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