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『グギャ!?』
ターンと乾いた音の後に、羽の無いヴェロキラプトルの様な見た目のミュータントが悲鳴を上げて倒れる。
それを確認したツカサはゆっくりと近寄り、首に斧を落として確実に止めを刺した。
死んだラプトルの隣で屈み、緑色の光を宿すランタンを近付けると、死体が消えて光に変わり、ランタンに吸い込まれる。
ログ画面に記載されている情報を読み取ると、今回吸収したエネルギー量はなかなか悪くない。
立ち上がろうとしたツカサの耳に、またターンと乾いた音が響く。
慌てて辺りを見回すと、100mぐらい先に、先程まではいなかった別のラプトルが倒れている。
「ジュン、もしかして危なかったか? どうぞ。」
ツカサは腰に下げたトランシーバーの送信ボタンを押しながら、耳に掛けているイヤホン一体型マイクに語りかけると、後ろを振り返った。
そちらの方から、街でレンタルしたオープンカーが土埃を上げて近寄ってくる。
『ああ、めちゃくちゃ危なかった。本当は音だけで気が付いてもらう予定だったんだが、当たっちまったよ。どうぞ。』
運転席に座っているのはジュンで、助手席には狙撃用ライフルが立てかけてある。
ジュンはツカサを狙っていたラプトルへ牽制の為に狙撃をしたら、運良く当たった様だ。
「やるじゃないか、さっきの場所なら400mぐらいあっただろ? どうぞ。」
『完全にまぐれだっての、次は絶対に外すよ。やっぱり俺は中距離でばらまくのが良いぜ。装備の補正があっても狙撃は苦手だ。どうぞ。』
2人が話していると車はツカサの近くに到着し、ジュンは車から降りてライフを手に取る。
彼はツカサの隣で伏せながらライフルを構え、痛みに悶えるラプトルをもう一度狙う。
また乾いた音が一度だけ響き、弾丸は倒れたラプトルの胴体へと吸い込まれ、衝撃でビクリと跳ねて絶命した。
それを確認したジュンはライフルの上部後方に着いたレバーを上に押し上げ、後ろへと引く事で弾を排莢すると、逆の手順で再装填を終える。
「お見事。」
「さすがに、この距離なら何とかなるか・・・・だぁーっ、ミリオタの連中め! オタクならオタクらしく、こういうロマンに溢れた武器を使えよ!! ボルトアクションは格好良いけど、自分で使うのは趣味じゃねえんだよ!! どいつもこいつも効率を優先しやがって!!」
叫ぶジュンを見てツカサは苦笑した。
2人は今日の朝装備を借りに行ったのだが、プレイヤーがジュンの得意とする中距離用の火器に集中し過ぎて、在庫が壊滅していたのである。
元々近接型のツカサは、ロマン溢れる中折れ式の散弾銃と片手斧を問題無く借りたのだが、『1人ぐらいは別のレンジに対応できる武器を持っておけ』と言う店長さんの勧めからジュンは狙撃用ライフルになったのだ。
ちなみに2人はロボットが好きでこのゲームを選んだので、借りた装備は完全に店員さん任せである。
武器やフレームに関しては練習用の特殊なエリアで、プログラムに沿った基礎練習が出来るので、3時間ほどみっちりと練習してきた彼らの基本的な取り扱い技術に問題は無い。
この1日も借りないレンタル銃器に対する真摯な姿勢がNPCの店長とPCの店員の心を熱く動かしたのだが、彼らは気が付いていなかった。
「俺の銃と弾って、もっとランクが上がると、100m以内ならグリズリーを止められるって店員のプレイヤーさんが笑ってたけど、リボルバーとマグナム弾最強説が崩れて凄いショックだったなー。」
「ああ、あれは本当にショックだったな。お前んちのおじさん達が持ってた、バイオハザ○ドとかダ○ティハリーでマグナムこそ最強だと思ってたのに・・・・」
店舗内でサンタさんの正体を知ってしまった時の様な喪失感を味わった2人だったが、狩りに関しては恐ろしく順調だった。
理由はお店の人に勧められた装備品のお蔭である。
ジュンの装備には命中率と狙撃適正に、ツカサの装備にはミュータントから得られるエネルギー量を若干上昇させる効果が付いていたのだ。
「あいつでこのタンクも一杯だな。回収したら一旦街に帰ろう。」
ツカサはランタンの様に見えるエネルギータンクを指でトンと叩いてみせると車の運転席に乗り込む。
立ち上がったジュンは助手席に乗り込むと2人は最後の獲物を回収に向かった。
「あ、おかえり。随分早いけど、何かあったのかい?」
「ただいまですメイヤーさん。装備のお蔭で予想よりずっと早く狩りが進みまして、溜まった分を売りに来ました。」
回収が終わった2人は街に戻ると、真っ先に武器を借りたお店に向かい、ツカサは一杯になったタンクを渡した。
彼はPCで2人とは違い、SFガンスミスになりたくてこの店に弟子入りしたプレイヤーであり、年齢は30代ほどの男である。
「もうかい? 私がチュートリアルで集めた時はもっと時間が掛ったんだけど、これが戦闘職との差かな・・・・少し待ってて、今店長を呼んでくるから。」
メイヤーはそう言うと、2人を残してカウンターの奥へと歩いて行く。
その姿を見送ったツカサとジュンは腕を組んで唸る。
「途中で囲まれたり、4~5体の群れを何度も壊滅させたからだろうな。後は素材にしないで全部エネルギーにしたし。」
「近くに来たのはツカサが処理して、中・遠距離は俺が受け持つ構図が綺麗に嵌ったからなぁ・・・・個人的には、しっかりと練習していた事が一番大事だったと思ったけど。」
彼らは自分達のステータスを確認しながら笑っていると、カウンター越しに店長から声が掛けられた。
「お疲れさん。大量だったようだな。」
「ええ、貸してもらった装備のお蔭ですよ。狙撃はやっぱり苦手ですが、今回は大正解でした。」
ジュンが店長に答えると、彼は笑って手続きを済ませて行く。
エネルギータンクの中身を全て換金してもらうと、借りていた装備を全て返して店を後にする。
「命を賭けているだけあって流石に儲かるな。ジュンの狙撃様様だ。」
「囲まれた時に、お前が銃で2体を確殺しなければ死に戻ってたさ。金額については純粋に数を稼いだのがでかいな。明日のホーム起動をちゃんと祝えるぐらいには余裕が出来たけど、これからどうする?」
「昨日までの仕事が祟ってそろそろ辛いわ。」
「そうだな、今日は宿とって落ちるか。」
ゲーム内時刻は15時を少し過ぎたくらいなので、まだ時間に余裕はあったのだが、現実の時間では日を跨いだ時刻であり、純粋に集中力が落ちている事を感じていた2人は狩りを中止してログアウトする事にした。
翌日の8時に2人でログインすると、それぞれの端末にNPCが運営する会社から電話が掛る。
ツカサに来たのは水と発電機の燃料搬入についてで、ジュンが受けたのは機体の搬入についてだ。
「さてツカサさん、ついに来ましたな。」
「ええジュンさん、長い2日間でした。」
「準備が終わったら早速行きましょう。」
「そうしましょう。」
彼らは顔がにやつくのを抑えきれずに、どんどん準備を終わらせる。
まだレンタルしている車に乗り込むと2人はジュンの運転で愛しのホームへと向かった。
ホームに到着して1時間ほどで、生活用水の詰まった大型タンクに発電機器等を動かす燃料を満載した中型タンクが届く。
初回はタンクごと購入し、次回からは中身だけ購入する形になる。
お金が溜まれば増設も出来るし、中身のランクを上げることも出来るシステムだ。
設置工事が必要な事からホームの起動までには業者の立ち合いが必要になり、2人は書類にサインなどをしながら設置を眺めている。
「では、起動させますね。」
「ええ、お願いします! 」
発電機の前で工事責任者の方が微笑みながら聞くと、ツカサがとても楽しそうに答える。
ジュンも笑顔が絶えず、撤収作業をしている業者さん達は温かく見守っていた。
NPCだが感情のある彼らにとっては、この時が何よりも楽しみなのだ。
責任者がスイッチを入れると、ユニットから低い駆動音が響く。
それを聞いたツカサとジュンの体にも熱いものがこみ上げた。
発電機に設置されている計器類が全て問題ない事を表示すると、責任者はトランシーバーを使い、離れた所で作業をする者達と連絡を取る。
「分かった、ありがとう。そっちも引き上げてくれ・・・・お待たせしました、起動点検が無事に終了しましたので、これで作業は終了になります。もうこのホームはいつでも使えますよ。こちらが機器のマニュアルになります。それでは、我々はこれで失礼します。」
責任者がそう言うと2人は『ヘルプ』の項目が増えたシステムメッセージを受ける。
お礼を言って街へと帰る彼らを見送ると、ツカサとジュンはハイタッチをした。
『H-F××××××× がPCツカサ PCジュンのホームとして認定されました。』
マイホームの完全起動を告げるメッセージを受け取り、2人は笑い合う。
「ヘルプの確認と、施設の軽いチェックをしたら俺達も食料を買いに街へ戻ろう。」
「ああ! 機体の搬入は夜だから、その前にユニオンを覗いて来ようぜ。」
登録したホームはゲーム内時間で2週間は襲われないので、彼らは子供の様に燥ぎながら次の予定を話しあう。
遂に本格稼働するゲームを前に、ツカサとジュンはワクワクが止まらないのであった。
・エネルギー
燃料になる。
・素材
生活用品や装備品になる。
・ツカサの装備
武器 : レンタル散弾銃
使用可能弾薬 : 12ゲージ
総弾数 : 2発
弾薬 : 初心者用スラッグ弾
特記事項 : 水平2連 中折れ式
・ジュンの装備
武器 : レンタル狙撃銃 店長カスタム
総弾数 : 4発
弾薬 : 初心者用ライフル弾
スコープ倍率 : 2倍 4倍
有効射程距離 : 500m
特記事項 : ボルトアクション