vr.2
「なるほど、不動産がMAPに表示されてるのはお前が聞き込みをしてくれたからか、サンキュー。」
「効率的なPTプレイはこうじゃなきゃな。」
後ろを付いて来るジュンが殆ど真っ白なMAPを確認しながら先導するツカサに礼を言うと、ツカサは得意げな顔で答えた。
「本音は?」
「スタートが病院で、いきなり5,000C持って行かれたから悔しくて頑張った。」
長い付き合いから嘘である事を見抜いたジュンがにやけながら聞くと、ツカサはつまらなそうな顔であっさりと答える。
「ご愁傷様。実を言うと俺の方も移動中に小型のミュータントに襲われてな。さっきジャグリングをしていたのも、怖がってたチビスケ達の元気づけが理由だ。スーツも武器も無く、いきなり戦闘だから焦ったぜ・・・・一応予備の銃を貸してもらって戦闘したが、体験版の経験が無かったらキャラバンに死人が出てたな。」
こっちも色々あったぞと苦い顔をして答えるジュンに、ツカサは同情の視線を送る。
PCはいくら死んでも生き返れるが、NPCは一度死ぬとそこまでなのだ。
誰も好き好んで知り合いが死ぬところを見たいとは思わない。
「さすがに街まで来て苦労したくなかったから正直助かったよ。」
「金銭だけで解決出来た俺はまだマシだと考えなきゃな・・・・すまない、かなり楽した。」
疲れたと苦笑するジュンにツカサは溜息を吐いて謝る。
「気にすんなって、俺からしたら、今回の役回りが逆じゃなかったって安心してるぐらいなんだからさ。近接主体のお前じゃ、どうしようもない場面も多かったし、これで良いんだよ。」
ジュンはそう言いながら右手で銃の形を作り顔の前で軽く振る。
それを見たツカサは頷く。
「わかった。代わりと言っては何だけど、昼飯は俺が奢ってやるよ。美味くて手頃な店をいくつか聞いてるから、その中から選ぼうぜ。」
「お、マジか! 実はそろそろ腹が減って来てさ、助かるよ。」
時刻もいい時間だったのでツカサがそう提案するとジュンが二つ返事で頷く。
それから2人は街の飲食エリアへ向かうまでに漂う、美味しそうな匂いの誘惑を何とか断ち切り、話を聞いていた店で舌鼓を打つと、少しだけ休憩してから不動産へと向かったのだった。
「うーん・・・・こっちはどうだ? 多目的ハンガーが2つあるぞ。」
「この容量なら片方に俺達の機体を入れて、もう片方に輸送用の機体が入るか・・・・悪くないな。人間用がプレハブだけど、そこは後々手を加えて行けばいいし、良いんじゃないか? とりあえずは保留だ。」
手元のディスプレイに投影された見取り図と写真を見比べて2人は悩む。
プレイヤーは大型のロボットを扱う為、街の外や中にある保管所を借りる必要があるのだ。
其々に長所と短所があるのだが、彼らの好みは街の外に家と機体を保管できるスペースがあるものなので、今は真剣に物件を検討している。
その力の入りようは他のプレイヤーも引くほどだが、この辺は特に女性プレイヤーが拘るので明らかな変人のレッテルを張られることは無かった。
結局、先程の物件に決めた2人は街の外に案内してもらう。
移動時間は車で1時間ほどだが、速度規制が無いのでアクセルはべた踏みだった。
「ツカサ・・・・頼むから、あと20kmは速度を落としてくれ・・・・うっ。」
「すまん、地平線まで広がる荒野なんて胸が躍り過ぎて我慢できなかった。」
『こちらがお客様のご指名された物件、H-F×××××××です。こちらは―――』
土の色と陽の光が合わさり、赤く燃える舗装されていない大地を最高速度で走り抜いた衝撃は、ジュンの体を大きく揺さぶり続け顔色を青く変色させることに成功した。
もともと重量級で近接戦闘を行うツカサは、体に掛るGと跳ね回る車体に我慢が効かなくなり、レンタカーのアクセルを踏み込んでしまったのだ。
物件紹介用の球体ロボットは何事も無かったように空を飛び、商品を紹介しようとする。
最低のFランクを紹介するのに優しさのあるマシンは用意されないのだ。
「球体ちゃん、ちょっと待って、5分だけ休憩させて。」
『はい、ではハンガーに向かいましょう。あちらでしたら日影もあり、居住施設よりも涼しいので快適にお休みいただけると思います。』
ぜぇぜぇと息を吐くジュンが何とか紹介ロボットにお願いすると、ロボットは説明を中断し、ハンガーに案内しようとする。
日差しが強い事から日影に行けるのは助かるので、ジュンは頷きツカサの肩を借りながらそちらへと移動した。
「なあツカサ、もうプレハブ要らねえんじゃね? 熱すぎるって。」
「夜になると冷えるって事だろ? こんなでかい空間を温めるって、どんな大型暖房機器だよ。あ、機体の冷却装置を外して暖機運転すれば行けるのか?」
「コスパ悪ぃ・・・・プレハブ要るわこれ。」
その後、調子の戻ったジュンはツカサと一緒に球体ちゃんから施設の説明を受け、もう一度ハンガーに戻って来てから相談していた。
他にも当たりを付けていた場所をジュンの運転で数カ所回り、2人はここを借りる事に決定し、契約を結ぶと機体等の搬入作業を業者に依頼。
最低限の家具は元々付いていたのだが食品や水の搬入だけでなく、自家発電ユニットを動かす燃料の有無もあるので、すぐに使うことは出来なかった。
昼食の為に2人は一度ログアウトすると、30分ほどでまた合流する。
その後、街の目ぼしい所を回り、彼らは観光を楽しんだ。
「ホームの正式稼働と機体や装備の搬入は明後日か・・・・早く狩りに出たい。」
「プレイヤーが一斉に依頼を出す中で2日なんだから十分に早い方さ。」
結局、街の宿に数日の間滞在する事を決めた2人なのだが、ツカサはベッドに転がりながら溜息を吐く。
それをシャワーから上がったばかりのジュンが宥めて、冷えた缶ジュースを渡した。
「酒は高いから、ホームに引っ越した時な。」
「それは良いんだけどさ、明日はどうする? スーツも武器も無いんじゃ、生身で動くのは無理だぞ?」
このゲームは機体の修理代に燃料代に弾代など、とにかく経費が掛るので最初から持っている所持金は多い。だが、金は生活すれば少しずつ無くなるし、家やハンガーを借りればすぐに蒸発するのだ。
髪をタオルで拭いていたジュンが『そうなんだよなー』と困った様に言い、目の前に浮かぶ緑色のディスプレイを眺めている。
「俺達だけじゃなくて、他の国の連中も似た様な感じだな。皆1日だけ仕事が欲しいって言ってるよ。例外はトラッシュランドの連中ぐらいだな。さっそく娼婦プレイとか始めてる女性プレイヤーもいるらしい。」
「初日から逞しい連中だな。」
ジュンの報告にツカサは苦笑する。
トラッシュランドとは最初に選択できる5つの国の1つで、力さえあれば何でも手に入ると言うコンセプトの国だ。
実際治安がぶっちぎりに悪く、聞いた話やネットに挙げられるスクリーンショットでは完全に世紀末世界と化していた。
始める前に注意が3回入り、NPCから心配そうに説明された上に、最終確認を4回聞かれるほどの無法地帯である。
その代り、金さえ出せば残り4つの国が製造した機体やパーツが手に入る事から、一部の狂人共と解析班には熱い支持がある。
そして体験版で掘られて帰って来た連中も大勢いた。
ツカサとジュンも2人で行った事があるのだが、明らかに正気じゃない数人の大男に囲まれて、上半身を剥かれた時点で他のプレイヤーに助けられた経験がある。
2人は泣きながら何度もお礼を言い、いくつものアイテムを譲渡したのだが、その時の経験から2度と近付かんと決めた忌まわしい国だ。
「ジュン、俺達は俺達の出来る事をしよう。もうあんな恐怖はお断りだ。」
「そうだな、俺、未だにあの時の事を夢に見るよ・・・・」
辛い記憶を心の底に封印するとツカサはベッドから立ち上がってシャワーを浴びに向かう。
ジュンはその間にもう少しだけ掲示板で情報収集をするのだった。
「さて、それじゃあそろそろ明日の予定を立てますか。」
「立てますか。」
シャワーを浴びたツカサがベッドに座った所で、ジュンが声を掛ける。
彼の顔はだいぶ明るいので、思ったよりもいいニュースがあるのだろうとツカサは当たりを付けていた。
「集めた情報の中に俺達好みに仕事があったぞ。どうやら装備品のレンタルショップがあるらしい。そこでいくつか装備を借りて、外へ狩りに行くってのはどうだ?」
「悪くないけどさ、同じことを考えるプレイヤーが多くて商品が回らないとかって可能性は無いよな?」
話を聞いたツカサは、すぐに頷こうとしたのだが、一瞬だけ考えて確認をする。
mmsは流通もあるゲームなので一気にレンタルへなだれ込むと、たった数日の事でも何が起こるか分からない事から待ったをかけたのだ。
「いや、どうやら装備を借りるには条件があってさ、チュートリアルの軍曹殿から、生身の中級試験で合格を貰ってないと駄目らしい。だから参加できる奴は少ないぜ。」
「決定だな。ホームを見に行くだけでも少し奥の方にはミュータントがいたし、最低条件として赤字にさえならなければ良いから、何とかなるだろう。」
ツカサは体験版でプレイヤー達の教官を務めてくれた軍曹殿の事を思い出す。
妻子持ちの優しいオジサンだ。
チュートリアルには初級から上級までが実装されており、それぞれに生身とフレームの部門がある。
初級はこのゲームの基本操作なのだが、生身の初級をクリアしていないと街の外に向かう事が出来ず、フレームの初級をクリアしていないと、機体の操縦・購入ができない。
なので殆どのプレイヤーが初級は両方をクリアするのだが、中級に入ってからの難易度は一気に上がる。
その為、中級をクリアできたものは初級の半分ほどに下がるのだ。
ちなみに上級に入ると軍曹殿は鬼軍曹殿に進化し、凄まじい精度の試験レベルへと変貌する。
ツカサとジュンは上級の途中までは進んだのだが、クリアするまでに正式サービスが開始してしまったのだ。
「オマケ要素かと思ったら、意外な所で活躍したな。」
「あー、そうなると無性に上級をクリアしたくなる。」
2人はその後もいくつかの情報をまとめて、明日の行動計画を作っていくのだった。
・ミュータント
この世界のモンスター。
食材にも素材にもなる。
共存できるものもいる。
・感情移入派 非感情移入派
VRに対して現実の延長と考える者と、作り物だと考えるかで未だに決着がついていない。
メーカー側の対応は、ゲームの作り分けと最初からどちらの層向けかを発表する
ことによる棲み分け。
ユーザー側もお互いに付き合い切れないので納得済み。