転生女神のお仕事 物語は私が作る! ~ ダンジョンマスター編 ~
皆さまこんにちわ。
僕は転生の女神に仕えるゴ・コウと申します。
コウとお呼び下さい。
僕は忠実なるご主人様のしもべです。
体は直径40センチの球体。
主な仕事は、ご主人様を後ろから照らすことです。
これは、僕のご主人様のお話。
地球の転生ものが大好きで、コネを捏ね繰り回して念願の転生神になった女神のお話。
今回も僕が語り手を務めます。
至らぬ点もあるかと思いますが、精一杯頑張ります。
よろしくお願いします。
ここは真っ白で境界が曖昧な部屋です。
ご主人様と二人きりな職場です。
「物語は私が作る!」
転生者の人生でストーリーを描こうとする、作家きどりな方。
これが僕のご主人様です。
名前や容姿は秘密です。
知らない幸せというのがあると思います。
今、僕は真っ白な壁にネット小説を映しています。
僕プロジェクター機能があるんです。
「今の流行はダンジョンマスターね!」
研究熱心な方なのです。
「人、スライム、竜、蟻……かなりやり尽くされてるわね」
新しいことが好きなんです。
「新しいチート能力を創ろうかしら」
前職が創造神で、色々自作できちゃう凄い方なんです
因みに僕は喋れません、心の声も届きません。
「ドリルは男のロマンよね」
珍しく意見が合いますね。
ドリルパンチはいいものです。
「ドリルに転生」
目回しそうですよ。
「ダメよ、ドリルにラブロマンスは期待できないわ」
ドリルにしか貫けない愛もあるかもしれないじゃないですか。無機物も良いものですよ。
「それにドリルだとアノ有名作を超えられる気がしないわ」
隙間産業の三流作家ですもんね。僕も毒されてますね。
ご主人様は死者を転生させるのが生業な転生神です。
「降りてこないわ」
普通が一番です。
「私が降りようかしら」
降臨ですね。
ちょっと待ってください、すぐに支度しますから。
「私がダンジョンマスター」
転職ですか、広い部屋がいいですね。
「ダンジョンマスターな転生女神」
転生者の方が迷うんでやめましょう。
迷える子羊が量産されます、今更ですか?
「ん?……ピンと来たわ!」
僕はご主人様の忠実なるしもべ。
僕が諦めちゃダメですよね。
ピンと立ったフラグをボキッと折ってやりますよ。
え? ヒップホップな曲ですか? ちょっと待ってくださいね。
僕音楽プレイヤー機能もあるんです。
「チェケラ―!」
ダボダボなTシャツに帽子を被って、上下に体を揺らすご主人様。
ノリノリでB系なご主人様、可愛いですよ?
あ、他の神様に連絡するみたいです。
アップテンポな曲が流れる部屋に男女の声が響きます。
「ヘイ、ボビーボーイ! ネクスト転生アナタの世界!」
『オーマイゴッー』
オー迷子。
「地球の神は! 私のマブダチ!」
『オーイエー?』
オーホーム。
「私服で至福なメイドなヒトトーキ! 拙者と接写で記念に一枚!」
ウエルカムバッーク、ご主人様ー。
「からぶる左手、あらぶる相手、トラブル起こして来店拒否!」
『オーノー』
「動画を投降、貴方は投降?」
『オーイエス』
ラッパーなご主人様も素敵ですね、音楽止めまーす。
「……ゴホン、分かってくれて嬉しいわ。必要書類送っておくから印お願いね」
『イエス、マイロード!』
迷子に道を指し示す、流石ご主人様です。
その後、ご主人様はマブダチから条件に合う転生者リストを送ってもらい犠牲者を選びました。
数日後、一人の男性が現れました。
彼の名前はスドウ・リュウタ。
身長は170センチ程度、癖が強い黒髪に細い眉毛、顔立ちは普通。
夢破れて殻に閉じこもった方で口癖は、
「俺の方が上手くやれる」
最近地球でよくみられるタイプのカタツムリさんです。
「ここは?」
いらっしゃいませ、本日はお越しいただき誠に申し訳ございません。
「……白い」
はい、ご主人様の頭の中と同じお色となっております。
「貴方にはこれから別の世界へと旅立って貰います」
もちろん片道切符、拒否権はございません。
ご主人様の澄ました声が部屋に響き渡ります。
「俺は……」
「貴方にはこれから別の世界へと旅立って貰います」
ごめんなさい、話を合わせてあげてください。
「女神様?」
彼はこちらを向きつぶやくと、顔を伏せてしまいました。
きっと自分が死んでしまったことに気付いたんでしょう。
落ち込んでいる暇はないですよ。
「貴方にはこれから別の世界へと旅立って貰います!」
「えっと、別の世界ってこれ……」
「ええ、異世界転生よ。私が貴方をこれから転生させます」
知っている方ですね。
良かったですね、ご主人様。
「じゃあ……」
「前世の記憶と知識ありで、行ってもらう世界は魔法あり魔物ありよ。特別な体に魔法もあげます。鑑定もできるし、知識チートも制限しません。他に知りたいことは?」
大盤振る舞い、転生の数え役満。
上手い話には裏がある、気をつけましょう。
「特別な体?」
「ええ、どんなに動いても疲れないのよ」
「お、俺の膝は!?」
「安心して。むしろ以前よりよく動くと思うわ」
生まれるまでが転生です。
気を抜いてはいけません。
「もしかして人じゃないとか?」
グッジョブ! 攻めていきましょう。
「そんな意地悪しないわ。ちゃんと貴方の生前の体をベースにしています」
「俺の体で疲れなくしてあるだけってことで合ってますか」
確認大事! その調子でドンドンいきましょう。
「だけって言われるとさー頑張って作ったのに……疲れない体って画期的なんだからね!」
「あ、はい。なんかすみません」
あーリュウタさん優しい人だ。
「……」
「あ、ありがとうございます」
空気も読める人だ。
「別に気にしてないわよ、私神様だし」
「さすが神様、心が広いですね」
よいしょ! もう一声!
「楽しみだなー新しい体。俺ひざ痛めてから全然動けなかったんで、本当に楽しみです!」
「うんうん、知ってたわ。だから貴方にしたのよ。夢を叶えなさい!」
「はい!」
リュウタさん本当に嬉しそうですね。
いい話が心に沁みます。でも……
「最後に貴方に授ける魔法の説明をするわよ」
「はい、お願いします」
完全にペース握られましたね。
「授ける魔法は空間系魔法です」
「おおー」
「まず、魔法の適用範囲を決めます。自分を中心とした球体を頭に描くのよ。そして『セット』と詠唱して範囲を決定します」
「なるほどー」
いい観客ですね。
「次に、『オープン』と詠唱して魔法を起動させます。『セット』で指定した空間が特殊な空間へ変わるわ」
「特殊な空間ですか?」
台本の途中です。質問は受け付けられません。
「最後に『クローズ』と詠唱して魔法を終了させます。魔法の適用範囲の広さや継続時間によってMP消費率が変わるから気をつけてね。あ、MPはマジックポイントで魔法を使うのに必要なエネルギーよ」
「えっと質問いいですか?」
「わかっているわ、百聞は一見にしかず。私がやって見せるわね』
有無を言わせない。
ご主人様はオレオレ系なんです。
ご主人様は、右腕を体の斜め前に伸ばし手のひらを地面へ向け唱えました。
『セット』
伸ばした腕を肘を中心に回転させ垂直にします。
その際に手の形は、人差し指と親指だけを伸ばすように変え、人差し指は天を指すようにします。
『オープン!』
ご主人様から光の膜が生み出され広がっていきます。
光の膜はリュウタさんを飲み込み、ご主人様を中心とした光のドームが出来上がりました。
このドーム内が魔法の適用範囲となるわけです。
テスト時に様々なポーズを取り一人叫ぶご主人様、それはもう凛々しいお姿でしたよ。
あ、説明が終わったようです。
左手を体前で右から左へ閉じながら振ります。
「『クローズ』。こんな感じ、理解、できた、かしら?」
「は、はい。なんていうか女神様まじですごいですね」
でしょーうちのご主人様すごいんですよ。
「フフッ本当だったら貴方死んでるわよ。大事なのはハートよ。挫けたら負けよ」
僕はご主人様の忠実なるしもべです。
何も言いません。
「あの、この魔法が効かない相手っていますか?」
「いないわ!」
後ろにいるのでご主人様の表情は見えませんが、きっと愛らしい顔をしているのでしょう。
見えなくて残念です。
「あのドーム外からの攻撃って」
「それでは有意義な異世界ライフを!」
「え、ちょっと待って」
転生者さんの会話も意識もブツッと切る、いつものことです。
―――――スドウ・リュウタ 視点――――――
雨の降りしきる暗い森の中で俺は目覚めた。
「ひでえな、こんなとこに転生させるとか」
口の中に入った泥と一緒に悪態を吐いた。
起きあがり自分の体を確認する。
「よかった。ちゃんと俺の体だ」
答えをぼやかされた気がして心配だったのだ。
「膝も……ちゃんと動く」
屈伸やジャンプをしながら確認した。
「うわ、何年ぶりだ」
トラックに轢かれて両足が満足に動かなくなってからだから……。
ちょっと泣きそうになった。
夢中で色々動いてみた。
最初は少しぎこちなかったが、すぐに昔の感覚を思い出すことができた。
「まじだ、昔より動けるわこれ」
頭で描いた通りに体が動いた。
興奮してまた体をがむしゃらに動かす。
「やば、大事なこと忘れてた」
異世界転生ものは大好きでよく読んでいた。
これは失態だ。
「俺としたことがお約束を忘れるなんて、よし」
周りに誰もいないことを確認し、気合を入れて唱える。
「ステータスオープン!……出た!」
視界の端にゲーム画面のようなものが現れた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
スドウ・リュウタ Lv 1 人族
HP :50(疲労による減少なし)
MP :50
AP :5
DP :20
スキル:
【DW構築】、【鑑定】、【人語翻訳】
称号:
【転生者】
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
攻撃力が低いな、防御力はチートな体のおかげで少し高めなのかな。まあとりあえず、
「普通のヤツは疲労によってHPが減るってことだろ、負ける気がしねー!」
女神様から貰ったチートな魔法に疲れない体、間違いない俺は、
「俺TUEEE系主人公だ!」
泥だらけの体もどしゃぶりの雨も気にならない。
最高だ。
暗闇の中、軽やかな足取りで歩き始めた。
30分ほど歩くと家が見えた。
雷光によって時折みえる家は、錆びた鉄の柵に囲まれた古ぼけた洋館だった。
灯りはついていない。
「なんかホラー映画に出てきそうな洋館だな。まあよかった、この世界にも人はいるってことだろ。泊めてもらえるかな?」
インターホンは……ないな。
「失礼しまーす」
鉄柵よじ登って越え、敷地内に入る。
辺りを警戒しながら館の入口と思われる扉まで近づいた。
一応ノックするか。
扉に付いていた鉄の輪を二回ぶつける。
コンコン
返事はない、扉に手をかける。
「空いてる」
少しだけ開けて中を覗く、室内は淡い光で思ったより明るかった。
天井には豪華なシャンデリア、中央奥には二階へ繋がる大きな階段。
そして目前のホールに緑色のモンスターたちが見えた。
「……ゴブリンか、結構いるな」
15体くらいのゴブリンが玄関ホールを徘徊していた。
思ってたよりも上背があるな俺と同じくらいか、まあ関係ないな。
俺は魔法の適用範囲を頭に描く、右手を伸ばし『セット』と唱えようとした。
その瞬間、一番手前にいた足が長くやけにスマートなゴブリンが叫んだ。
「ギャーーーーーー!」
全てのゴブリンがこちらを向いた。
いつの間にかスマートなゴブリンを頂点とした三角形になって整列している。
ヤバッ気づかれ……
目の前の光景に唖然としてしまった。
全てゴブリンが曲げた左腕を胸の前に突き出し、中腰がに股状態で、首を振り跳ねながら近づいてくる。
向い風を受けているようで、腰に巻いているボロイ茶色の布が後ろへはためいている。
「ギャ」
右腕を地面にたたきつけるそぶりをし右に移動して体を起こす。
首を右に傾け右腕を斜め上に伸ばし、左腕は振り子のように動かす。
その後、ヤンキー座りになり、体を上下に揺さぶりながら地面を殴るように力強く腕を振る。
ターンをしながら立ちあがって、体を左に向け俯いた状態で伸ばした左腕と左足を同時に跳ねさせた。
今度はこちらを向き左腕を肩かけに置いているかのように固定し、右手は右腿に乗せ地面を強く踏みしめる。
ダンダンダンダン
床を鳴らしながら近づいてきたと思ったら、スマートゴブリンがまた叫んだ。
「ギャーーーーーー!」
スマートゴブリンは叫びながら、前蹴りをし何かを上に投げるような仕草をした後、華麗にターン。
右足を一歩前に出しながら地面を踏みしめる。
ダン!
館の中が静寂に包まれた。
ゴブリン達は最後の踏みしめたポーズで止まっている、その顔は『どうよ』と言いたげだった。
俺はそっと扉を閉めて、森へ向けてダッシュした。
なんだこれ、意味分かんねえ。
「ゴブリンがモンスターって、いやモンスターなのは合ってるんだけどそうじゃなくて」
簡略化されていたけど、アレは『キング・オブ・ポップ』の人が作った『幽霊』って映画のワンシーンだった。
バックで流れていた曲も『怪物』とそっくりだったから間違いない。
「アイツらめっちゃキレッキレッだったぞ、どんだけ練習してんだよ」
森の中を走った。
女神様から貰ったこの体は本当に疲れないようで、走り続けることができた。
どれくらい走っただろうか、土で出来た壁の前で足を止めた。
壁沿いに進むと縦横3メートル位の穴が見えた。
「洞穴か、ありだな」
さっきは動揺して逃げだしてしまったが、まあ戦っても俺が勝っただろう。
問題なのは、魔法を発動させる前の不意打ちと発動中の外部からの遠距離攻撃だ。
洞穴なら入口を警戒すれば不意打ちは防げるし、戦闘中横から攻撃されることもない。
それに狭い通路を作ってそこで戦うようにすれば一対一の状況に持っていける。
最強系主人公の俺は団体相手でも無双できる。
しかし、不確定要素はできるだけ失くした方がいいだろう。
だから、俺はこれからも団体とは戦わない方針でいく、囲まれて野次飛ばされるのが怖いわけではない。
洞穴か、住むと考えるとどうだろうか……隅っことかすごい落ち着く気がするな。
「決めた! 洞穴に引きこもる。俺は異世界でも引きこもる!」
世界が変わったくらいで俺は変わらねえよ、ぶれない俺まじでかっこいい。
「よし、いざ行かんマイホームへ!」
左手を壁につけ真っ暗な洞窟内を慎重に進む。
10メートルくらい歩いたとき、突然奥が光り、その後すぐ体を光の膜が通過していった。
「やっぱりか」
女神様は言っていた『特別な体に魔法もあげる』と。
「つまり、魔法が特別とは言ってないってことだろ!」
真っ暗だった洞窟内がほのかに明るくなる。
「灯り付いてないのに明るかったもんな、ゴブリンの館も!」
こうなったら、とりあえず……逃げる!
来た道を全力で戻る、光の壁が見えた。
光のドームから出ようとしたとき、体が弾き飛ばされた。
「痛っ、まじかこれ逃げれないのかよ。ゴブリンのときは範囲外に居たってことか」
アップテンポな曲が聞こえてきた。
「やるしかないか」
覚悟を決めて振り返ると、黄色いゼリー状の物体がいた。
平べったい直方体、角を全部落とした消しゴムのような形をしている。
高さは80センチくらいで、一番面積が狭い部分を下にして器用に立っていた。
「こいつスライムだよな? そうだ! 【鑑定】」
『DW内では使用できないスキルです』
脳内で女性の声が響いた。
「まじかよ使えねえ」
【鑑定】を諦め敵である四角いスライムを見る。ヤツは曲に合わせて体を上下に揺らしていた。
何か変な音が聞こえてくる。
プニプニプニプニ
四角スライムが真上にジャンプした。
ビョーン
左右に体を揺らした。
プル
体を捻った。
プリ
華麗にターンを決めた!
クル!
動きに合わせて音が出る仕様らしい。
四角スライムが不敵に笑った、気がした。
「なるほど、今のはわざと俺に見せつけたのか……何連続技だと!?」
プニッ、プニッ、プルプルプルプル
プニッ、プルー、プニッ、プルー
プニ―――ッ、ビョーン、クルクルクル、プッリーン!
下に潰れてためた後のトリプルアクセル、回転の勢いを殺さず最後は体を捻ってフィニッシュ。
捻った後に揺れてた体が徐々に止まっていく演出が憎いぜ。
「ぐっくそ、少しダメージ喰らっちまった」
プルプルプルプル
「その腰フリ……お前完全に舐めてるだろ」
プル―ンプル―ン
「この粘体風情が! いいぜ、やろうぜ、ダンスバトル!」
―――――ゴ・コウ 視点――――――
リュウタさんが異世界へ転生された後、ご主人様の命令で彼の様子を映しました。
プロジェクターとして真っ白な壁に転生者の様子を映す。
これも僕の仕事です。
「いいわーリュウタくん、想定通りよ! そのままダンジョンマスターになりなさい!」
鼻息荒くご主人様が叫びます。
「貴方は、ダンスマスターなダンジョンマスターになるのよ!」
チェケラ。
僕のご主人、転生マスター。
お洒落な天性で、ダジャレな転生。
「つまり、ダンマスなダンマスって訳よ! どうよ!」
流石はご主人、素晴らしい感性! どうよ!
なんてね。
「なんでゴブリンやスライムが踊るのかですって?」
あー何でですか?
「あの世界の生物は例外なく『踊らにゃ損々』遺伝子を持っている、生まれつきのダンサーだからよ」
『踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら』ですか、つまり皆アホってことですね。
酷いなボビーさん、なんて世界創ってるんですか。
「昔の私もいい仕事してるわー」
昔のご主人様も流石です。
ボビーさんは世界を管理する『管理神』でしたね、色々ごめんなさい。
「リュウタくんが警戒していた通り普通の戦闘もないとは言えないけど、基本はダンスバトルで雌雄を決するのよ」
当時のご主人様が目に浮かぶようです『ダンスは世界を救う、ダンス&ピースなのよ!』とか言ってたに違いありません。語呂が悪いですよご主人様。
「ダンスバトル中は一切の暴力行為ができないわ。勝つためには、ダンスで相手の心を折らなきゃダメなのよ!」
ダンスは凶器だったんです。相手のダンスに感嘆してもダメージ受けるのはいかがなものかと。
「あとねあとね」
はいはい、どうしましたかご主人様。
「あの世界のAPとDPは、実はアピールポイントとダンスポイントなの」
へえー攻撃力と防御力じゃないんですね、すごいですねー。
「APを使うとダンスバトル中に特殊効果がつけられるのよ。ドーンとかバーンとかピカ―とか」
ゴブリンが使ってた『向かい風』がそうですね。
「DPはダンスレッスンやバトルで得られるわ。経験値のようなものよ。一定以上溜まるとレベルが上がるの」
まあ、何年も稼動している世界ですし、色々修正済みでしょうし、問題ないですよね。
「リュウタくんのDPは使用することでダンジョンを拡張できるの。そうDPはダンジョンポイントでもあるの!」
天才かこの女神は!?
「あの世界の仕様は頭に入っているわ。これくらいの改良、お茶の子さいさいよ! いい仕事したわー」
僕には菓子折りを贈る機能もあるんです。ボビーさん甘いもの好きだといいな。
一緒に『拙者と接写』動画も送っておきましょう、他意はありません。
「リュウタくんならきっと上手くやってくれるわ! なんてったって口癖が『俺の方が上手くやれる』ですもの!」
悪意はないんです、ちょっと天然なだけなんです。
天然な女神というだけなんです。
「すごいじゃないリュウタくん! 何それもの凄く回ってるじゃない。流石私の目に狂いはなかったわ!」
ウィンドミルからトーマスでAトラに繋げますか、最後はチェアーでフリーズ。
ごめんなさいリュウタさん、できる人だったんですね。
よかったーなんとかなりそうで。
「あら? この四角スライム、キングじゃない。スライムキングでブレイクキングな訳ね」
え、なんですかアレ? どうやってるんですか? なんか複雑に回ってますよ。
うわ、遠心力で黄色い粘体が飛び散ってるじゃないですか……なんか綺麗ですね。
あ、飛沫スライムたちが踊りながら本体へ近づいて合体していきますよ。
すごいですね! ご主人様見てます? すごいですよね!
「これはすごいわね」
ですよね! きっとここまでが一セットなんですよ! 良く出来てますよねー。
なんか僕も踊りたくなってきました!
ご主人様一緒に踊りませんか?
前踊ってたのでいいですから、ご主人様もあの遺伝子持っているはずですよね。
ほら、あのご主人のねじ穴みたいなクネクネしたダンスでいいですから、シャルウィダンスですご主人様!
え、いやだなーそういうんじゃないですよ、ただの現実逃避です。
僕はご主人様の忠実なるしもべ。
菓子折りを贈る機能はあってもフラグを折る機能はありません。
愚者の従者は光を照射するだけです。
転生者の未来へ届くように……なんちゃって、お粗末様です。
皆さまこんばんわ。
転生の女神に仕えるゴ・コウです。
今回は追伸がありません。
もう少しお付き合い頂けると幸いです。
初日のバトルは、僕の予想通り、生物特性やAPを上手く使った所謂あの世界での戦い方を熟知している四角スライムが終始見事なダンスを披露して圧倒しました。
ただ、リュウタさんの『俺の方が上手くやれる』精神は中々折れませんでした。
四角スライムは意識がなくなるまでダンス空間を維持し続け、最後に倒れました。
リュウタさんの異世界初バトルは、相手のMP切れでの勝ちとなりました。
「まあ、初戦だし勝っただけでOKよね。これでダンジョンマスターよ!」
熱いバトルで友情が芽生えたのでしょうか、リュウタさんは森中を鑑定して周ってMP回復の薬草をかき集め、粘体ボディにねじ込んで治してあげました。
その後、彼は四角スライムに『シッカ』と名前をつけてあげました。
「いいじゃない! マスコットキャラとか最高じゃない!」
ご主人様と経過観察という名目でリュウタさんのご様子を見ているのですが、異世界での生活を通して、リュウタさんに変化があった気がします。
彼は以前の口癖を全く言わなくなりました。
『負けを認めなきゃ負けじゃないんだよ』
これが今の彼の口癖です。ダンスバトルに勝った後によく使います。決め台詞ともいいます。
心折られた段階で死んでしまう世界ですからね、当然といえば当然です。
彼はダンスで勝つのではなく、基本疲れない体を利用して相手のHPやMP切れを狙う戦法で勝とうとします。
「違うのそうじゃないの、ダンスに勝ちやすいように疲れない体にしたの! ダンスマスターていうコンセプトが……」
あるときのことです。
リュウタさんは森の中で7体のオークに襲われている女戦士を見かけます。
オークがダンス空間を展開しており、一糸乱れぬオタ芸で女戦士を襲っていました。
女戦士は心が折れそうになっていました。
後ちょっとで「くっ殺せ」と言っていたでしょう。
彼は見捨てることもできました。しかし、女戦士の元へ駆けつけダンスバトルに乱入します。
『負けを認めなきゃ負けじゃないんだよ!』
彼はいつもの口癖で女戦士を励ましました。
そして、敢えて相手の土壌で数段キレのある踊りをすることでオーク達の心をへし折りました。
その勇姿は非常にかっこいいものでしたよ。
「そう! そういうのよ!」
ご主人様も大満足でした。
他にも彼にはよく叫ぶ言葉があります。
『俺は引きこもりたいんだー』
残念ながら食料を入手する必要があって完全な引きこもりにはなれていないんです。
それで渋々街に買い出しに行くんですけど、必ずといっていいほどトラブルに巻き込まれます。
最初に街に行ったときは、猫耳幼女のお願いでパラパラを踊るドラゴンを退治する羽目になっていました。
中々に主人公体質な方です。
『俺は引きこもりたいんだー』
「ダンジョンマスターていうコンセプトがー」
主人公なリュウタさんですが、基本的にはのんびりダンジョンマスターライフを楽しまれています。
相棒のシッカくんと仲良く過ごしています。
ご主人様の希望通りです。
ただリュウタさんの影響なのかシッカくんも滅多に本気でダンスすることはなくなりました。
『お前も頭を使って勝つようになったか』
リュウタさんが語りかけていたのが印象に残っています。
そんな二人ですが、たまに本気を出すときがあります。
それがすごいです、二人のコラボ技がすごいんです。
リュウタさんが足を広げて頭で回っているときにタイミングを合わせて、シッカくんが頭と地面の間に入って上空へ打ち出す『ヘリコプター』。
リュウタさんが逆立ちでリズム刻んでいるときに上空へ打ち出す『空飛ぶ兎』。
リュウタさんを打ち出す『リュウタ砲』。
お二人は今日も仲良くダンジョンを守っています。
『プルル―ン、プルル―ン』
幸せそうな転生者さんの姿を見るのは本当にいいものです。
僕のご主人様だってやるときはやるんです、すごいでしょー。
え、ご主人様が手を加えたリュウタさんのDPについてですか? 特に問題はありませんよ。
リュウタさんがDPを使ってダンジョンを拡張する度に世界が歪んでいるだけです。
管理神のボビーさんが都度修復しているので、問題なんて見当たりません。
今回、ご主人様に過失はなかった、そういうことです。
本件なんとかなっておりますのでご心配なく。
「まだかしら? いやもっと引っ張った方が……そうよ、絶体絶命のピンチのときに気付くのよ。一発逆転は胸踊るわー。でも早く見たいわ!」
既存の魔法をご主人がテストするわけないですもんね。
本件まだなんとかなっておりますのでご心配なく。
お読みいただきありがとうございます。