真夜中の“彼女”
ふらり、ふらふら。
「もう、嫌になっちゃうわ!」
深夜、郊外、女の声。
淡く頼りない細月の光を受けて、街灯一つない黒の夜道に、白と金とがぼんやりと浮かび上がる。
「誰がサダコよ、誰が! 私はテレビ画面からは這い出て来ないわ! まず第一、国籍が違うじゃないの!」
涼し気な白のワンピース。腰まで流れる髪は金。実に流暢な日本語を話してはいるが、その外見から見るに、彼女が外国人の血を引いているのは確かなようだ。少なくとも、生粋の日本人には見えない。
では、彼女は一体何者か。
周囲には店どころか、一件の民家すらない。うら若い女性が一人で、その上着の身着のままで徘徊しているのは、明らかに可笑しかった。
「挙げ句の果てに、悲鳴だか雄叫びだかよく分からない奇声上げて、勝手に気絶するし! まったく、折角顔を合わせるなら、もっとましな人が良いわ!」
彼女は苛立たし気に片手を振り上げる。
その指先が真っ赤に見えたのは錯覚だろうか。それとも、マニキュアか何かをつけているのだろうか。
「本当に、早くアメリカへ帰りたいわ! 姉さん達も、何も私をこんな島国に送らなくても良かったでしょうに……。」
べろり。
ああ、やはり錯覚ではなかった。それに、マニキュアでもない。
指先だけではなく、手全体を染める、濃い赤色。ぬらぬらと濡れているのは、今彼女がしているように、その赤に舌を這わせていたからか。それともーー
ぴくり、彼女の動きが止まった。
夜闇を通じて、何処かの誰かの呼び掛けが、彼女の元へと伝えられる。
ブラッディ・マリー
ブラッディ・マリー
ブラッディ・マリー!
「違う、違う、違うでしょう!?」
彼女は、狂ったように首を振る。
金糸が闇に踊る。
翻った白の端々に散る、鮮やかな赤。
血の如き緋の瞳が、見開かれた。
「私の名前は、」
血まみれメアリー
ーーさあ、今宵も浴びましょう。
恐いもの知らずの愚者の血を。
ブラッディ・メアリー…アメリカの都市伝説。真夜中、鏡の前に一人で立ち、三回名前を呼ぶと現れると言う、若い女性の幽霊(呼び出し方は、他にも何通りかある)。肝試しとして行われる事が多いらしい。呼び出した人間は、“引っ掻かれて気絶する”から“発狂”“死亡”まで様々なパターンがあるが、少なくとも何かしら怪我を負わされるという点では共通している。
因みに、名前は“ブラッディ・メアリー”と“ブラッディ・マリー”のニ説あるらしい(wiki先生は“ブラッディ・マリー”)が、作者が初めてこの都市伝説を知ったドラマでは“ブラッディ・メアリー”と呼ばれていたので、本作では此方を採用しました。