二十日目
「過程と結果、どっちが大切なんだろうね?」
これは、カウンセリングを始めて二十日目の話だ。
「結果、ですかね」
と、答えて僕は少し後悔した。
僕の仕事は彼女の話を聞く事であり、僕の意見を出す事じゃない。
会話を成立させるために、僕の意見を出すのも当然だが、それをするのは彼女の意見を聞いた後だ。
彼女がよく口に出す、抽象的な質問に比べて今回の質問は、僕の中で明確な答えが出ていたため、つい即答してしまった。
「うーん、本当にそうなのかな?」
「どういうことですか?」
ほっとする、どうやら彼女の話はここからのようだ。
「例えば果汁100%のリンゴジュースがあったとして、そこから水分を全て抜いてリンゴの粉末を作ったとするでしょ。そのあと、別のところから持ってきた水分を加えて同じ量、同じ成分のリンゴジュースを作りました。果たしてこれは果汁100%のリンゴジュースと言えるのかな?」
「……なるほど」
作ったリンゴジュースに含まれる水分は、木が吸い上げてきた水ではなく、別の場所から持ってきた水だ。だが、成分(結果)は全く同じとなる。
「構成しているものは同じでも、これはリンゴの水以外の成分+水で果汁とは言えないかもしれない。もしそれが100%リンゴジュースと言えないなら、これは過程のほうが大切、という結論を揺るがすことができるよね?」
「そうですね。でもやはり、それは100%のリンゴジュースです。たとえば、その元のリンゴジュースと作ったリンゴジュースを別々のグラスに入れてシャッフルした場合、その二つの見分けはつかなくなります。結果が同じなら過程を調べる事は出来ない。つまり、過程を気にしても意味がないという事ですね」
「うーん、なるほど。でも逆に、元のリンゴジュースと作ったリンゴジュースを別々のグラスに入れて、見分けがつくように名札を付けたとしよう。好きな方を飲んでいいと言われたら、元のリンゴジュースを飲むよね?」
「そうかもしれませんね」
「それに、作ったジュースを100%のリンゴジュースとして売って、もし過程がばれたらきっと怒られるよ」
「……そうかもしれませんね」
彼女は食い下がる、食い下がる。
僕と彼女の意見を総合すると、結局、結果だけでも過程だけでも完璧ではないというところにたどり着くのだろうが、今の問題はそこではない。
今回の質問の本当の意味が掴めてきた。
おそらく、リンゴの粉末は彼女の記憶で、水は彼女の肉体なんだ。
彼女は一年ごとに粉末になり、水を入れ替えている。それでも、彼女は彼女であるのか? という質問なんだ。
以前にも似たような会話をした記憶があるが、その時彼女はあくまで中立を保っていた。
だが、今回は無意識にかずいぶんと『過程』に偏っている。
彼女は元のリンゴジュースと作ったリンゴジュースを別のものと見ている。つまりは、彼女は転生前の自分と転生後の自分が別人だと思っている。
結論からすると……。
彼女は転生すると、死ぬと思っているのかもしれない。